とりあえず街に行くかパート3
前回のあらすじ
街の景色に見惚れていたオリバーは、メリアとはぐれ、ひとり迷子になってしまった。
(やべぇ……メリアと離れちまった……)
(どうしよう。とりあえず、ギルド行って彼女を待つか)
オリバーは悩みつつも、足をギルドへと向けた。
一方その頃――
サボンは門近くの兵士と話をしていた。
「昨夜、魔物の襲撃があったそうですが……」
「ええ。しかし、先に駆けつけた勇者様が見事に撃退したそうです」
「なるほど……」
サボンはひとつ、ため息をつく。
「ただ、門も一緒に破壊されたとかで」
「はは、さすが勇者様ですね」
兵士の軽口に、サボンは苦笑した。話を終えると、彼は城へと歩を進める。
通りを歩く途中、ふと視界に見覚えのある姿が映る。
(あれは……メリアさん? でもオリバーの姿がない。はぐれたのか?)
(……いや、先に王様に報告を済ませよう)
そう決めたサボンは、足を速めて王城へと向かっていった。
一方その頃――
オリバーはまだ迷っていた。
(う〜ん……ギルドに入って待つか、それとも外で……)
迷ってもじもじしていると、背後から誰かがぶつかってきた。
「うわっ、ごめん!」
「……あっ……だ、大丈夫。あの……私の方こそ……すみません……」
振り返ると、そこには黒と金が混ざったような髪色の少女が立っていた。その後ろには、赤と黄色を基調とした全身鎧の人物がついている。堂々とした体格と無言の存在感からして、並の相手ではないことがすぐにわかる。
「えっと……冒険者ですか? 冒険者登録ってどうすればいいのか……」
少女が、不安げに、だけど勇気を振り絞って尋ねてきた。
「いや、俺もまだ冒険者じゃない。でも、ちょうど今から登録するところだから、一緒にやる?」
「……えっ……あ……うん……その……いいよ……」
「ついでに一緒に最初のクエストもやろう!」
「……ふふ、それも……いいかもしれない、ね」
「そういえば君の名前は?」
「わ、私は……タツミっていいます。えっと……よろしくお願いします……」
「オリバーだ。よろしく、タツミさん!」
「よろしく、オリバーさん……」
「それで、彼は……?」
「あっ、アレックス、です。私のボディガードで……その……」
「へぇ……頼もしいな。よろしくな、アレックス!」
オリバーが手を差し出すと、アレックスは黙ってノートを取り出し、「よろしく!」と筆記して見せた。
「喋れないのか?」
「うん。彼は喋らないから……こうしてノートで会話をするの。……でも、……ちゃんと通じるよ」
(……まあ、彼は人形だから発声機能がないんだけど)
タツミはそう思いながらも、それを口にはせず、微笑んだ。
三人はそのまま、ギルドの建物の中へと足を踏み入れる。
(すげぇ……)
オリバーは周囲を見回して、思わず声を漏らした。壁にはクエストの張り紙がぎっしりと並び、受付には美しい女性が微笑んでいる。冒険者たちはベテランの風格をまとい、それぞれ装備にも威圧感がある。
「エルトード王国のギルドへようこそ」
受付嬢が優しく声をかける。
タツミが、おずおずと一歩前に出て答えた。
「あ、あの……冒険者登録をしたくて……」
「登録ですね。では、あちらのカウンターでお待ちください」
三人は隣のカウンターに移動し、待機することになった。
雑談しながら待っていると、タツミの目がオリバーの肩に止まる。
(……あれ? 妖精?)
「オリバーさん……あの……肩に……妖精さんがいますけど……?」
「ん?」
オリバーは視線を動かして、ようやく小さな妖精に気づく。
「おっ、いつの間にいたんだ?」
「ついさっき来たばかりよ」
妖精――メリアが涼しい顔で答えた。
「さっきはぐれちゃってごめんな」
「まったく……」
「あっ、そうだ。メリア、こっちはタツミとアレックスだ」
「私はメリア。よろしくね、二人とも」
「タツミです……あの、よろしくお願いします……」
アレックスもノートに「よろしく! 小さな妖精さん」と書いて見せた。
メリアは小さく頷く。
こうして、オリバーたちは新たな仲間とともに、冒険者登録の手続きを進めることになった。
奥から別の受付嬢が現れる。栗色の髪を後ろにまとめた、柔らかな雰囲気を持つ女性だった。
「冒険者登録をご希望の方、こちらの書類にご記入くださいね」
それぞれが紙を受け取る。オリバーには、なぜかメリアの分まで手渡された。
ざっと目を通すと、名前・年齢・身長・体重といった基本的な情報に加えて、最後にひとつだけ奇妙な項目があった。
『あなたは転生者ですか?』
(ん? こんなのもあるのか……)
オリバーは深く考えず、「YES」に丸をつけた。
書き終えると、メリアに用紙を渡す。彼女はすらすらと記入を進めるが、オリバーがちらっと覗くと、小さくため息をついて――
「見るんじゃないよ」
体で年齢と体重の欄を隠した。
「はいはい、わかったって」
苦笑しながら、オリバーは自分の書類を受付嬢に差し出した。
「では、登録カードをお作りしますので、少々お待ちくださいね」
一礼して離れると、オリバーはギルド内に設置された「クエストボード」に目を向ける。
板は二つに分かれていた。片方は木製の質素な作り。もう一方は金の縁で飾られ、豪華な装飾が施されていた。
(これが……クエストボードか)
近づくと、金縁の方にはこう書かれていた。
『紅蓮の竜の討伐』
『狂戦士ヴォルクスの討伐』
『異相の刻鏡者の討伐』
『沈黙の教会の解散』
(……読むだけでヤバさがわかるぜ、こいつら強そうだなー)
一方、木製の方には――
『山賊の討伐』
『薬草の採取』
など、初心者向けのクエストが並んでいた。
「ほぇー……クエストも色々あるんだな」
目を輝かせながら、オリバーは小さく呟いた。
その頃――
サボンは王都の城を訪れ、王の間へと通されていた。
玉座の前に跪き、静かに頭を垂れる。
「偵察隊のサボン、任務の報告に参りました」
玉座に座る男は、黒髪の青年――どう見ても二十代そこそこの若者だった。だが彼は真の王ではない。“代理王”としてこの王国を任されている人物だ。
その目は静かで、どこか憂いを帯びていた。
「うむ。何があったのか、聞かせてくれ」
サボンは一度息を整え、口を開く。
「……申し訳ありません。例の“アレ”は発見できませんでした」
代理王の眉がわずかに動く。
「そうか。他のメンバーは無事か?」
「不明です。任務中、緊急コードブルーが発動されました」
“コードブルー”。それは任務放棄と即時撤退を意味する最終信号。――つまり、何か致命的な異変が起きたことを意味していた。
代理王は短く唸る。
「……他に、何か気づいたことは?」
「はい。民の間で“高すぎる税”に苦しんでいるという声が多く聞かれます。意図は不明ですが、財政に何か異常な動きがあるのではと」
「……ふむ、なるほど」
顎に手を当て、考え込むように沈黙する代理王。
「わかった。もう下がってよい。ご苦労だった、サボン」
「はっ」
サボンは深く一礼し、静かに王の間を後にした。