第92話 戦争回避の策略
「まず、事の発端から話そう。穏健派の人間が次々に消える事件が起こった。お主らも知っておるな?」
「はい。周辺各国でも情報を共有しています。強硬派の仕業だと思っています」
私もアリーセお姉様から聞いている。それによって、ルスト王国との同盟の話が持ち上がったことも。
「実はな……最初の数件以外、全員が教会で保護されているのじゃ」
「えっ!?どういうことですか?そのような情報、母上ですら知りませんよ?」
「そうじゃろう。教会の情報統制能力を甘く見るではないぞ?強硬派の連中は不審がりながらも、穏健派が消えたことを喜んでいるようじゃった」
「では有力な穏健派の人間は、今も生きてシバ国内の聖堂に匿われているのですね?」
「そういうことじゃ。あとティエラ教徒たちに、反戦の声を上げてもらう準備を進めている」
さすが聖女様だ。強硬派の人達の何歩も先をいっている。
教会主導の反戦運動が起きれば、強硬派の国内掌握は遅れる。ということは、戦争も先延ばしになる。
「反戦の声が広がったタイミングで、消えていた人たちが戻る。そして、強硬派に命を狙われていると糾弾するわけですね」
「フリードリヒ。よくわかっておるの。そうじゃ。それが筋書きじゃ」
フリードリヒは、なにかを考えているようだ。私も、あと一押し必要な気がする。
これだけでも、強硬派の足元は揺らぐ。でも南下の意思が崩れない限り、北方紛争は起こり続ける。
だから、私たちも何らかの行動を起こさないといけない気がする。なにかないだろうか……?
「お兄様。シバ国が南下を続けるのは、凍えない大地が欲しいからですよね?」
「そうですね。暖かい寝床や豊かな食糧が目的でしょうね。マリア?なにか閃いたのですか?」
「はい。寝床は難しいと思いますが……食糧については、少し考えがあります」
国交がない以上、帝国からシバ国に大工さんを派遣することは出来ない。なので、寝床の確保は手が無い。
でも、私の記憶が正しければ……フリードリヒの公共事業が、食糧事情の解決に役立つかもしれない。
「フリードリヒ。以前から行っている穀物の備蓄制度は、順調に備蓄を増やしていますか?」
「ん?ああ。不作の年であっても、全国民が飢えることが無い分は確保できている」
フリードリヒは、帝都の水道工事や魔法学校建設以外にも力を入れていた。特に農業に。
帝国は、世界有数の小麦大国。特に、東部や西部では飽和する以上の生産量を誇っている。
なので余剰分や出来の悪い物を、国や貴族が買い上げる制度を作っていた。前世の備蓄米のような制度だ。
目的は二つ。一つ目は、不作や戦争に備えるという物質的な理由。
そして、二つ目が重要だ。農業生産力を上げる為だ。以前は大量に生産できる地域でも、必要以上には作らない。
その考えが根付いていた。理由は簡単で、自分たちが生活に必要な分を越えて作っても、廃棄してしまっていたからだ。
何故?それは、物流や経済の未熟さゆえだった。産地で消費しきれない分を買い取る商人は、かなり稀だったのだ。
輸送コストの割に利益が出ない小麦を、わざわざ扱おうと思う商人は少ない。なので農家は捨てないために、作り控えた。
そのためフリードリヒは、備蓄と称して余剰分を買い上げる方針を打ち出した。結果は、とても順調のようだ。
「ではその備蓄分を、シバ国に流すことは可能でしょうか?」
「……そういうことか。可能だな。備蓄分は、どんどん痛んでいく。食べられるが美味しくない分を放出するのであれば、かなりの量が自由にできる」
「では、聖女様。可食期間ぎりぎりの小麦を安価で提供できますが……教会で買い上げていただけませんか?」
私の考えはこうだ。正規の商人を通じて売れないような食糧を、二束三文で教会に提供する。
教会であればシバ国にも食糧を持ち込めるため、穏健派の帰還に合わせて食糧をシバ国に流通させる。
穏健派と教会は、食糧を帝国から融通してもらえるようになったと喧伝する。そうすれば、国民感情は大きく動くはず。
「可能じゃな。マリア、お主はかなりの策士よのう。これで、かなり成功率が上がるじゃろう」
「聖女様。それでは、輸送計画について詰めてしまいましょう」
フリードリヒと聖女様は、実務的な交渉に入ったようだ。そして、取り残された私とお兄様。
お兄様は、少しあくどい顔で私に尋ねてきた。
「マリア、この先の事も考えているだろう?シバ国の手綱を握るつもりか?」
「バレていましたか。お兄様の復讐にも役に立つかと思いまして……」
この策には続きがある。理想のみを掲げて戦争に向かう強硬派は、実利を与えてくれる穏健派に逆転されるだろう。
そうなれば、シバ国は帝国や教会に恩がある穏健派が復権し、あわよくば正式に国交を結べるかもしれない。
シバ国民は食糧事情が改善し、帝国はさらに農業生産の向上を進めることが出来るようになる。というのが、表の事情。
裏の事情は、シバ国の生命線を握ることになるということ。これで、シバ国は帝国に逆らえなくなる。
上級王がどれだけ戦争を叫んでも、国民は反発するだろう。だって、帝国と戦争になったら……ひもじい生活に逆戻りだもん。
結局、貴族がいくら力を持っていようと、国を支えているのは民なのだ。民の胃袋を掴んでしまえば、上層部は身動きが取れない。
「マリア。あくどい顔をしているよ……。まあ私としては、その顔も好みではあるんだが……」
「お兄様こそ。お主も悪よのうって顔してますよ」
しばらくして、フリードリヒたちの話し合いも終わったようだった。大枠は決まり、残りは宰相室と枢機卿で詰めていくようだ。
フリードリヒも、強かだな。宰相室に担当させることで、改革派の功績を宰相にアピールするつもりだろう。
「マリア、フリードリヒ。妾も戦争は嫌じゃ。何とか回避したかった。お主らのおかげで、より現実味が増したのじゃ」
「いえ。すべては聖女様のおかげです。聖女様がここまで手を回してくれていた。私たちはそれに乗っかっただけです」
「そうですよ。それに、我が国もシバ国も利益がある。マリアの案に利を感じたので、私は動いた。それだけです」
私たちの言葉に、聖女様は微笑んだ。普段の老成した雰囲気と違い、外見相応の可愛らしい顔だった。
「そうじゃな。これは、教会主導の大きな大きな慈善活動じゃ……。そういうことにしておこう」
呼び出しの本題も終わり、しばし聖女様と雑談した。本当に、良好な関係を築けていてよかったと思う。
今回の件は教会単独でも私たち単独でも、成しえなかったことだろう。だから……本当に良かった。
その後、私たちは大聖堂を後にした。皇城でお兄様と別れ、私たちは皇帝陛下に今回の話を伝えておくことにした。
国と国の関係性を大きく変える一件だから。それに陛下の後押しがあれば、スムーズに事が運ぶことは間違いないから……。




