第91話 聖女の呼び出し
突然の呼び出しだった。東部選帝侯戦の結果が届いた直後、ティエラ教会からの使者がやって来た。
聖女様が、私たちに話があるらしい。生徒会活動をローズたちに任せ、私たちは大聖堂に向かった。
聖女様からの呼び出し。フリードリヒ曰く、皇帝陛下からの呼び出しよりも重要とのことだ。
何故か?それは、聖女様の神秘性にある。本来、聖女様は誰とも会わない。聖女様は、常に部屋にこもっている。
教会内でも、枢機卿しか直接対面することを許されていない。なので、私たちは例外中の例外だ。
教会外の人間で、聖女様の素顔を知っているのは……世界中でも、私たちだけだろう。それぐらいレアらしい。
では、何故私たちは許されたのか?それは、前回の交渉の対価だったのではないか?
聖女様は、フリードリヒへの協力を断るつもりでいた。こちらの情報を聞いた上で、だ。
なので誠意を表すという意味で、私たちに姿を晒して交渉したのではないか。それが、フリードリヒの考えだった。
でも、私は違うと思っている。聖女様は、理解者を求めていたのではないか?
悠久の時を経て、旧文明を知る人間はいなくなった。孤独に戦い続ける聖女様だけを残して……。
寂しかったんだと思う。不老ゆえに姿を隠して生き続けることが。あまりにも不釣り合いな知識を持っていることが。
なので協力は出来ないけど、私たちと知己を得ようとしたのではないか?結果的に、協力も取り付けられたけど。
これが、私の考えだった。まあ、私もフリードリヒも間違ってるのかもしれないけど。
考え事をしているうちに、聖女様の部屋の前に到着していた。大聖堂最上階からの眺めは、今日も素晴らしかった。
前回同様、大司教猊下は部屋に入室を促した後、去っていった。少し羨ましそうな顔をしていた気がする。
そして私たちが入室すると、聖女様がにこやかに歓迎してくれた。
「三人とも、よく来てくれた。まずは、東部選帝侯戦おめでとうなのじゃ」
私たちは頭を下げ、聖女様に軽く挨拶をする。それにしても、教会の情報網は恐ろしい。
東部選帝侯戦の結果が出たのは、ついさっき。皇城からの速報が届いたばかりなんですが?
「なに、本題は別の用件じゃ。とりあえず、お主らも座るがよい」
勧められるがまま、ソファーに座る。そして、怪訝な顔のフリードリヒが口を開く。
「此度の呼び出しは、選帝侯戦の祝いではないのでしたら……一体どのような用件でしょうか?」
「そうじゃな。簡潔に言うと、シバ連合王国についてじゃ」
聖女様の口から、シバ国の話が出てくるとは思っていなかった。フリードリヒも驚いているようだった。
タイミング以外を考えれば、不自然な話ではない。ティエラ教は、当然シバ国でも信仰されているのだから。
ただ、私たちがシバ国の事で悩んでいるタイミング。そんな時に、わざわざ呼び出されたことに驚いたのだ。
「シバ国の上層部の動きに関してですか?」
「そうじゃ。お主らも知っていると思うが、強硬派が活発に動いておる」
「はい。ですが、聖女様となんの関係が?」
「大いに関係あるのじゃ。その前に、お主らの意思を確認したい。このままでは、北方紛争が起こる。お主らは、戦争を望むか?」
えっ?戦争をしたいかってこと?そんなの答えは決まり切ってるでしょ?
私たちは互いに目配せし、聖女様に返答した。
『望みません』
「マリアはそうじゃろうな。じゃが、フリードリヒとハインリヒ。お主らも、それでよいのか?」
ん?フリードリヒもお兄様も、戦争を望むような人ではないと思うけど……?
聖女様の意味深な質問に、まずはフリードリヒが答える。
「確かに、戦争が起これば私たちの陣営には有利に働くでしょう。ですが天秤にかけるには、人の命は重すぎます」
「よいのか?上手く立ち回れば、元帥の票が手に入るかもしれないんじゃぞ?」
ああ。そういうことか……。継承戦の最後の一押し。選帝侯の過半数に届くきっかけってことか。
戦争での武功。それを考えると、改革派は圧倒的に有利な立場だろう。
この国で大きな軍事力を持っているのは、国軍以外だと辺境伯家と公爵家。
西南北の辺境伯家と公爵家は、中立を維持している。唯一、東のアンスバッハ辺境伯家だけが私たち陣営に属している。
なので領軍兵団の中では、中立を除けば改革派が一番活躍するだろう。数の上では。
質の上でも、改革派の功績は飛びぬけるはず。だって……魔法学校はフリードリヒの功績だから。
戦争が起これば、貴族の多くは徴兵される。当然、学校在学中の貴族も例外ではない。
なので、先進的な魔法技術を持つ魔法学校の生徒や卒業生が活躍するのは間違いない。
それは、全てフリードリヒの手柄になるわけだ。質の高い兵隊を育てた、という評価をされるだろう……。
「それでもです。戦力増強という意味で、魔法学校を作ったというのを否定はしません。ですが、それは抑止力としての意味合いです」
「そうか。フリードリヒの考えはわかった。では、ハインリヒ。お主は?」
「私は、マリアに害をなしたシバ国は許せません。ですがその復讐を、多くの人が巻き込まれる戦争という形で行いたいとは思いません」
お兄様、やっぱり誘拐事件を根に持っているのね……。お兄様を怒らせるのは……絶対に駄目ね。
「じゃが、お主の魔力をもってすれば……シバ国の兵隊を殲滅するのも容易いじゃろ?」
「そう、ですね。ですが私の復讐対象は、無辜のシバ人ではありません。誘拐に関与した強硬派の者たちです」
「その者たちに、罰を与える算段はあるのか?戦争が一番手っ取り早いじゃろ?」
「時間はかかりますが、あります。私は、この国の宰相を目指しています。政治や外交の力で、強硬派の人間を叩き潰すつもりです」
以前、お兄様は皇城勤めが希望だと言っていたけど……。これが目的だったのだろうか?
たぶんだけど、それだけではないだろう。私やフリードリヒを支える。その手段が宰相だった。
ついでに、シバ国の上層部に干渉してやろうって感じだろう。いや、そうであってくれ……。
「そうか。お主らの意思は確認できたのじゃ。ならば、本題に入るとしようかの」
聖女様が、ここまで念入りに戦争に対する意思を確認したということは、戦争を回避できる可能性があるということ?
限りなく難しいことだと思うけど、聖女様なら可能だと思えてくる。だって、歴史を裏から操っていた人だから。
ティエラ教の世界的影響力。政治的情報すら即座に手に入れる諜報能力。それを使えばもしかして?
「妾なら、北方紛争を遅らせることができる。運次第じゃが、回避できる可能性もゼロではない」
その言葉に、私たちは色めき立つ。近いうちに開戦する見通ししかなかった私たちにとって、大いなる救いに感じた。
でも……どうやって?その疑問を、フリードリヒが代弁してくれた。
「教会の力はそこまでのものなのですか?一体、どのような手を使うのですか?」




