第85話 第一皇子VS第二皇女2
「私が皇帝になったところで、諸外国に影響があるとは思えません」
「そんなわけないでしょう!我がカージフ帝国は大国よ。そんな国が男性君主を戴いてみなさい?世界にいらぬ火種をまき散らすわ!そして、その怒りは我が国に向かう……」
「ですが、私には実績があり、マリアのような女性もいるから可能だったこと。他国の王子や男性有力者が、同じ状況に持っていけるとは思いません」
「はあ?そんなの当たり前でしょう!重要なのはそんなことじゃないの。貴方という前例が出来てしまうことが問題なのよ。それを許してしまった我が国への風当たりは、とても厳しいものでしょうね」
まるで、前世のフランス革命やナポレオン後の欧州情勢のようだ。君主制の崩壊と男性君主の誕生を同列に語るべきなのか?
男性君主が出現したとして、多少の混乱は起こるだろうが、権力構造が崩壊することはないだろう。ただの女性有力者のプライドの話だ。
だったら、この国をさらに発展させて、我が国とのつきあいという利益とプライドを天秤にかけさせ、こちら側に傾けさせればいいだけだ。
「姉様こそお忘れですか?我が国は東西そして南北にも、世界の経済の中心であることを。そして、世界最高の技術を誇る国であることを。感情と実利。どちらを取るかなど明白ではありませんか?」
「男性君主の誕生が、ただの感情の問題だというの?フリードリヒ、貴方の見通しは甘すぎるわ!」
「ええ。くだらないプライドの問題です。ですが私なら、それ以上の利益を我が国や世界に与えることができます。姉様も、魔法学校はご存じでしょう?」
「し、知っているわ……。ルスト王国のアンリ王子が、たった一日で我が国の魔法教育に魅了されたと聞いているわね」
アンリ殿下の噂は、皇城内でも広く知られている。温和で理知的と言われている人物が、性急に留学制度案をまとめ、独断で締結まで踏み切ったと。
それほどまでに、魔法学校には価値があるのだと。他国との外交カードとして使えるものだと。
「私は、さらに先を目指すつもりです。学校で優秀さを発揮した生徒たちには、そろそろ完成する研究棟の研究員になってもらいます。そこでは、様々な技術研究を行い、我が国の発展を促進します」
「そう……。本当に貴方は優秀ね。だからこそ、貴方を皇帝にするわけにはいかない。貴方のような優秀すぎる男性の皇帝は……やはり危険すぎる」
「そうですか。では、交渉は決裂ということですね。それにしても、姉様がここまで国の事を考えているとは思いませんでした」
「私は私なりの方法で、この国を治めようと考えているだけよ。貴方のような賢君にも、お姉様のような仁君にも成れないでしょうけどね」
三者三様。私たち姉弟は、別々の方向を向いている。だが、この国を想って動いていることだけは、三人とも同じなんだろう。
私が勝つつもりだが、もし姉様のどちらかが皇帝になったとしても、この国は大丈夫だろうな。そこは安心できる。
「そういえば姉様は、何故私たちとの共闘を申し出たのですか?」
「たぶんだけど、貴方と同じ考えよ。お姉様陣営と勢力を均衡させて、その間に教会勢力を取り込む。そして、あなた達を吸収するつもりでいたわ。見事に先を越されたけどね」
「同じですね。ですが、訂正する箇所が一つ。私の考えではなく、マリアの考えですね。それに、聖女様を落としたのはマリアです」
「あの子、何者なの?私の仕掛けもことごとくかわすし、魔法技術では貴方より上と聞いたわよ?私も、いい男を探さないといけないわね」
本当に、マリアには助けられてばかりだ。皇帝への道筋を示し、魔法技術の発展に寄与し、なにより私の心を奮い立たせてくれる。
「マリアはマリアですよ。最愛の女性です。それとヴィーラ姉様も、似たようなことを言っていましたよ?」
「それはそうでしょうね。皇女の結婚相手となるとね……。ああ、ハインリヒなら良さそうね。顔良し、能力良し。私に相応しいわ!」
「私の腹心の部下を引き抜かないでください……。ですが、姉様が我が陣営に降るというのなら……話は別ですが」
「それは無理ね。私が降ったら、貴方の継承戦勝利が決まってしまうじゃない。だったら、お姉様が勝つ方がましだわ」
そこまで頑なだと、いっそ心地よくすら感じる。男性皇帝を認めないという一点については、正統派貴族よりも正統派らしい気がする。
「では、正統派へと鞍替えしてはいかがですか?すでに、私たち改革派との共闘関係は足かせでしかないようですし」
「貴方の目論見には乗らないわよ。約束を反故にして求心力が落ちた私たち陣営から、ごっそり勢力を削り取っていくつもりでしょ?」
「バレましたか。ですが、東部選帝侯戦が終わると、私たちの勢いは圧倒的になりますよ?」
「でしょうね。だけど、このタイミングで私に接触してきたということは……決め手に欠けるということではなくて?」
こっちもバレている。実際のところ、最後の一押しがない。この会談がまとまれば、それが最後の一手になったのだが……。
辺境伯が東部選帝侯になるのを仮定し、我が陣営の選帝侯は五席。過半数を超えるためには、あと一席が欲しい。
でなければ、確実な勝利は得られない。ヴィーラ姉様が二席確保しているため、宰相・元帥・公爵が全てヴィーラ姉様に票をいれる可能性がある。
そうなれば、五対五。そして、裏切ったフリーデ姉様の一席が、ヴィーラ姉様についてしまえば……私は負ける。
これは最悪を想定しているため、可能性としては低い。しかし、ここまで来て運頼みにはしたくない。
だが我が陣営に、東以外の選帝侯に仕掛けるだけの地盤がない上、中立三席は不動を決め込んでいる。正直、完全に行き詰った。
「そうですね。隠しても無駄でしょうから言いますが、選帝侯の奪い合いに関しては……しばらく打てる手がありませんね」
「私もよ。西も北も、取り込むのは無理そうね。可能性があるとすれば……宰相かしら?」
「そうですね。動かせる可能性があるとすれば、宰相でしょうが……あのベンヤミンが選ぶとするなら正統派でしょうね」
「そうなのよ。なにより、正統派は継承戦開始以降大きな動きを見せていないから、水面下で宰相と交渉していると睨んでいるわ」
私たちは、教会や東部選帝侯に。フリーデ姉様も、教会に接近していたようだ。
ヴィーラ姉様は、開始時点で圧倒的多数派だった。なので、接近する相手を手堅い相手にと考えた可能性が高い。
宰相であるベンヤミンは、この国の安定を第一に政務を行ってきた。考え方は、保守的だ。
だったら、第一皇女であるヴィーラ姉様が帝位を継ぐのが、最も混乱の少ない選択だと考えるはずだ。
「私もです。なのでしばらくは、おとなしくしているつもりです」
「そう。私は、一か八か宰相や元帥を狙ってみるつもりよ」
「なんというか、表面上は共闘関係となっている私たちが、初めて共闘しているような感じですね」
「そうね。お互い共闘どころか、取り込むことしか考えていなかったわけだし。まあ、今後も隙を見せたら噛みついてやるわ!」
「フリーデ姉様らしいですね。色よい返事をいただけなかったので、そろそろ私は退散させていただきます」
ここに来た時とは違い、私は一礼して東屋を後にした。
目的を達することはできなかったが、フリーデ姉様の考えを知ることが出来たのは大きな収穫だと思いたい。
まあ、私を意地でも皇帝にしたくないという考えなのは厄介だが……。そうとわかっていれば、今後の計画も立てやすくはある。
「マクシミリアン、フリーデ姉様の取り込みは失敗だ」
自室に帰るなり、従者に今日の結果を伝える。私の表情を確認した従者が、困ったような顔をする。
「殿下。失敗したという割に、すっきりした顔をしてますよ……」
従者の指摘に、私は困った表情をしてみせた。それを見た従者は、にこやかにほほ笑むのだった……。




