第80話 東部貴族の集い
アンスバッハ辺境伯家の別邸前で、お母様と合流する。
馬車の中での出来事を感づかせないよう、私は自然な様子を心掛けた。
「辺境伯様の別邸は、思っていたより質素ですね」
「マリアちゃん、帝都に来るのが珍しい人の別邸なのよ?必要以上に豪華な必要ないでしょう」
そうだった。辺境伯様は、ほとんどを領地で過ごしている方。
特別なことが無い限り使うことのない別邸が、豪華なわけがなかった。アンスバッハ家主催の夜会だって、下手すれば十年以上ぶりの珍事だろう。
先ほどの衝撃的な一件で、私の頭は混乱中なのだろう。夜会の開始までには、平静を取り戻さないと……。
「そろそろ我が家の番ね。二人とも、準備はいいかしら?」
入場の順番が回ってきたようだ。お母様の問いに、私たちは頷く。
私は、入場のためにお兄様と腕を組む。以前までなら自然とできたことが、今回はとても難しく感じる。
お兄様が私を女性として見ているように、私もお兄様を男性として意識してしまう……。
そんな様子を見ていたお母様は、なにか言いたげな様子ではあったけど、黙って歩き始めた。
お兄様の言うように、ほとんどの人がお兄様の気持ちに勘付いていたのだろう。当然、お母様も……。
会場に入場した私は、急いでお兄様のエスコートから逃れる。心臓の高鳴りが抑えきれないからだ。
フリードリヒと比べて、お兄様は細身に見える。でも、組んだ腕は間違いなく男性の腕だった。
私の中のお兄様は、私に甘く、優しく見守ってくれる人だ。だから、鍛えられた腕にも昔は気付かなかった。
でも、今ならわかる。私を護るために、鍛えていたのだと。だから……こんなにもドキドキしてしまうのだろう……。
「二人とも?どこかぎこちないようだけど……なにかあったの?」
「母様、なんでもありません。私がなんとかしないといけないことですので」
お兄様……それはなにかあったと言っているようなものです。
その言葉にお母様は、寂しげな表情を浮かべた。母として、相談に乗りたいという気持ちがあったのだろうか?
「……そう。あなた達のことだから大丈夫だとは思うけど、困ったのなら私に言いなさい?わかった?」
私たちは、二人して頷いた。それを見てお母様は、優しく微笑んだ。
しばらくして、参加者が揃ったようだった。周囲を見回した私は、不機嫌そうなリューネブルク侯爵様を発見した。
あの表情からして、今回の目的の噂を知っているのだろう。だとすれば、侯爵様にとってここは……敵地。
あの人の性格からして、なにかしら嫌がらせでも考えているかもしれないな……。巻き込まれないように注意しないと。
そんな考えをよそに、会場内がざわつき始めた。辺境伯様が姿を現したようだ。
「皆様方、今夜は我がアンスバッハ家の夜会へようこそ。私が当主のカミラ・フォン・アンスバッハ」
私たちナッサウ家と同じように、東方系の血を色濃く映した風貌。黒髪のショートヘアに、高身長。
なんというか、イケメン系美女だ。武門で名を轟かすアンスバッハ家らしいと思う。
「私の代になり初めての夜会の開催だ。至らぬところも多いと思う。だが、精一杯の準備を続けてきたつもりだ」
確か、カミラ様が当主になったのが十年ほど前。なのでやはり、十年以上ぶりの夜会のようだ。
最後に帝都に来たのも、当主就任の報告以来だと思われる。社交界とは無縁の家が、一変して夜会を開く。
それだけ、この夜会には強い想いがあるのだろう。
「長々と話すのも無粋だろう。なので、ここに夜会の開始を宣言する!」
夜会が始まった。私の考えでは、このタイミングで選帝侯への意思を示すと思っていたけど、考えが外れたようだ。
なので、私たちは辺境伯様に挨拶に向かうことにした。侯爵様も、同じように辺境伯様のもとに向かったようだ。
「二人とも、どうする?お馬鹿さんも向かっているようだけど」
そういえば、アマラが侯爵様をそう呼ぶようになったのも、お母様のせいでしたね……。
鉢合わせになると、色々面倒そうではある。けども、侯爵様と辺境伯様の話も気になる。
「侯爵様の後ろにこっそりついていきましょう」
「そうね。あの人の後ろをついていけば、道も勝手に出来上がりそうだしね」
こうして私たちは、侯爵様の後ろから二人のやりとりを観察することにした。
「カミラ様、久しぶりね。まさか、貴女が帝都にいらっしゃるとはね。なにを企んでいるのかしら?」
「ゲオルギーネ様(侯爵の名前)、ようこそいらっしゃいました。別に、やましいことは考えていませんよ」
「そう……。では、やましくないことは考えているのね?」
「そうですね。夜会に来てくれた皆様との挨拶が済んだら発表するつもりです」
「わかったわ。その発表とやらを楽しみにしておくわ。高貴なる血に歯向かうこと、後悔させてやるわ」
うん。すでに侯爵様は臨戦態勢のようだ……。高貴な血ねえ?亡国の王族なのにね。
それに、ワーグ王家の血筋にしては、侯爵様の風貌は西方系に染まっている。黒髪じゃなくて、金髪だし。
血筋に誇りを持つのなら、私たちや辺境伯家のように東方の血を多く入れるべきだったと思うのだけど……。
まあ、現当主の侯爵様にそれを言っても、意味がない事ではあるのだけど。ご先祖様たちの話だからね。
「楽しみにお待ちください。ゲオルギーネ様を退屈にはさせませんよ」
「ふん。選帝侯の座は渡さないわ。貴女なんかにね」
そう吐き捨てた侯爵様は、苛立ちを隠さぬままに人混みをかき分けて去っていった。
選帝侯の話だという勝手な決めつけで、一方的に不満を述べる姿のどこに、高貴な血を感じればいいのだろう?
周りで聞いていた人たちも同じ考えだったようで、懐疑的な言葉を口にしている。
そんなことはさておき、家格的に私たちの挨拶の順番だ。東部貴族ばかりのため、私たち伯爵家はかなり上位に位置している。
お母様を筆頭に辺境伯様に近づくと、あちらから先に声をかけてきた。
「ナッサウ伯爵家の皆様、ようこそいらっしゃいました。サンドラ様、お久しぶりです。マリア様、遅くなりましたが殿下との婚約おめでとうございます」
私とお兄様は初対面のため、軽く自己紹介を行う。辺境伯様は社交慣れしていないはずなのに、それを感じさせない貫禄がある。
前世の武士のような精悍な雰囲気だ。某女性歌劇団の男役トップとか狙えそう……。
「カミラ様、先ほどの話を聞いていましたが、大事な発表があるということは……我が子たちに何か伝えたいことがあるのではないですか?」
「そうですね。発表が終わった後に、お二人と話す機会を頂いてもよろしいですか?」
辺境伯様の提案に、私たちは頷いて返す。陣営入りの打診か、それとも……。




