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第79話 馬車の中での告白

 数日後、アンリ殿下は国に帰っていった。来た時と違い、堂々とメインストリートを通って。

 本来の要件である同盟締結。独断で決めた留学制度。二つの成果を持ち帰るために。

 イザベルさんは、アンリ殿下の見送りのために学校を休んだ。きっと心配なんだろう。

 同盟が締結されたとはいえ、シバ国の工作員が襲ってくる可能性は高い。妨害ではなく、報復でだ……。

 私も、アンリ殿下が無事に帰国するのを祈っている。アンリ殿下もイザベルさんも、笑顔でいて欲しい素敵な人だから。


――――――

 

 そして、この社交シーズン第二の重要イベント、アンスバッハ辺境伯家の夜会当日を迎えていた。


「マリア、準備はできたか?」


 お兄様が、ナッサウ家の馬車と共に皇城前で待っていた。私は、それに乗る。

 走り出した馬車の中で、私はお兄様の顔を眺めていた。帝都に来てから、二人だけというのは珍しかったから。


「私の顔に何かついているか?」


 あまりにもまじまじと見すぎていたようだ。お兄様が、怪訝な顔をしている。


「いえ。ナッサウ領にいた頃が懐かしくて。こちらに来てから色々あったな、と……」

「そうだな。マリア……後悔はしているか?ナッサウ領に戻りたいと思うことは?」


 後悔はしていない。けど、ナッサウ領に戻れないのは少し寂しい。久々にお父様にも会いたいし……。


「私が決めた道です。引き返すことはできません。ですが、屋敷のみんなは元気なのか心配になることはありますね」

「そうか……。だが、あらゆる手段を使ってこの状況を作ったのは私だ。貴女の未来を勝手に決めつけ、私は贖罪のために動いていた……。それでも貴女が選んだ道だと言えますか?」


 お兄様には感謝している。フリードリヒ、いやマコト君と再会できたのは貴方のおかげ。

 婚約への道筋を作ってくれたのも、全て貴方。他の道があったとしても、私はフリードリヒとの婚約を選んだだろう。


「ええ。私は私の心で、フリードリヒの隣にいることを選びました。準備と心配をしていただきありがとうございました」

「そうですか。それならば……よかった。あなた達のためになったのであれば……」


 私は、お兄様のこの喋り方が嫌いだ。この他人行儀な喋り方が。

 今、この馬車内には私とお兄様だけ。兄妹らしい言葉遣いでいいじゃない?なんでそんなに畏まった喋り方をするの?


「お兄様の言う贖罪は、もう終わってますよね?であれば、私とお兄様はただの兄妹。家族やアマラの前では、兄らしく振舞ってくれませんか?」

「……それがマリアの望みなら、そうするとしよう。これでいいか?」

「全然駄目です!強制されたからやってます感を出さないでくださいよ。お兄様はお兄様らしく生きてください」

「だったら……私は二人に尽くす道を選ぶが?」


 お兄様の決意は伝わった。でも、それでも……私は昔のような仲の良い普通の兄妹関係に戻りたい。

 お兄様が正体を明かし、目的や前世の事情を明かす前の……。


「どうしてもお兄様は、昔のお兄様には戻ってくれないのですか?」

「戻れないさ……。それに、兄妹に戻りたくないと思ってしまう自分がいるからな。ただの現実逃避でしかないのだが……」

「それは……私なんか妹とは思えない、思いたくないということですか?」

「そうじゃない!そうじゃないんだ……」

「では……何故?」


 お兄様は、苦虫を嚙み潰したような顔で黙っている。長い沈黙。

 答えたくないことを聞いてしまった私が、質問を取り下げようとした瞬間だった。


「マリア……君を愛している。妹であるはずの君を愛している……。妹ではなく、一人の女性として……」

「へっ!?」


 あまりに衝撃的な発言に、私は変な声が出てしまった。

 お兄様が私を……愛してる?妹ではなく、女として愛してる……?えっ!?えぇぇぇぇ!?


「私は、マリアが夏美さんだと気付いた時、喜んだ。罪滅ぼしがしやすいと。だが、悩んだ……。愛する女性を捧げなければいけないことを……」

「お、お兄様。ちょっと待ってください!あまりの事で、理解が追いつきません!」

「理解なんてしなくていい。到底、理解など出来ないだろうからな……」


 お兄様の顔は、苦悩に満ちていた。それは、言ってしまった後悔からか?それとも、もっと別のことなのか?


「お兄様は、その気持ちをずっと隠していたのですか?」

「マリアの目には隠せていたようだな。多くの人には気付かれていたが……」

「えっ?私は全く気付いていないのに、例えば誰が気付いていたのですか?」

「アマラやフリードリヒ様だ。というより、気付いていないのはマリアだけだったと思う」


 ん?アマラはなんとなく理解できる。他人の色恋沙汰が大好物だろうから。

 問題はフリードリヒだ!とてもよろしくない気がする……。だって、私の婚約者だよ?

 婚約者のことを好いている、婚約者の実の兄。本当なら……修羅場では?


「フリードリヒは、なにか言っているのですか?」

「いや。なにも言ってきてはいない。兄妹だから、だろう……」

「そう、ですね……。ええと……お兄様はどうしたいのですか?」


 我ながら凄いことを聞いてしまった。愛の告白後に、どうしたいかなんて聞いてしまうなんて……。

 私は何様なのだろう……?凄く嫌な女なんだろうな……。


「マリアとフリードリヒ様を支え続けたい。それだけだ」

「お兄様は……それで良いのですか?」

「そうするしかないじゃないか!血のつながった兄妹なのだから!」


 声を荒げるお兄様。ここまで感情を表に出すのは珍しい。

 それだけ、深く悩んでいたのだろう。なんでも上手くこなしてしまうお兄様にだって、どうにもならない問題だから……。


「だから先ほど、兄妹に戻りたくないと言っていたのですね……。それでは、私になにか出来ることはありますか?」

「何もない。これは、私が解決しなければいけないことだ。マリアは普段通りにしていてくれればいい」

「はい……」

「すまない」


 私は、それ以上何も言えなかった。私が何を言っても無駄だろうから……。

 それにしても、今後私はどのような顔でお兄様と話せばいいのだろう?普段通りと言われても、非常に難しい。

 お兄様の顔を見ることすら、少し気恥ずかしい。というより、直視できない。

 それに、今日の夜会のエスコートはお兄様。フリードリヒが招待されていないためだ。

 リューネブルク侯爵様のパーティーの時は、なにも考えずにエスコートされたが、今回は状況が違いすぎる!

 どうしよう……ちゃんと社交モードに切り替えられるだろうか?隣のお兄様を意識せず歩けるだろうか?

 

 何とも言えない空気のまま、馬車はアンスバッハ辺境伯家の別邸に到着していた……。

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