第78話 体験入学2
休憩時間が終わり、戦術の授業が始まった。この授業であれば、アンリでもわかるはずだ。
シバ国の脅威は、両国の悩みの種。なので、ルスト王国でも軍事の教育は盛んなはずだ。
そのため、アンリも講義を熱心に聞き入っているようだ。体験入学のはずだけど、本当の学生のようだった。
そして、午前の座学の授業がすべて終わった。お待ちかねの昼休みだ。
「ここが食堂ですか。昼に食事を摂るのですか……?」
「そうです。午後は実技授業なので、栄養を摂って備えるためですね」
フリードリヒに説明を受けながら、アンリも食堂にやってきた。私は一足先に、席を確保して待っていた。
そこに、いつものように他の生徒会メンバーが集まる。ローズやレオンが少し緊張気味だ。
「皆、今日はルスト王国のアンリがいるが、いつも通り振舞ってくれ」
「皆さん、私はアンリ。今日一日お世話になっています。この学校の理念に従って、身分などは気にしないでください」
その言葉に、みんなが挨拶を返す。家名は出さず、生徒会の役職での挨拶だった。
「生徒会というのは、どのような組織なのですか?」
「教師陣や国のプロジェクトチームと協力して学校運営を行う、生徒の代表集団です」
アンリの疑問に、お兄様が答える。なんとも固い説明だ。
「では、ここにいる皆さんが、ある程度の自治権をもっていると?」
「そうやで。問題の解決やとか、イベントの企画とかやな」
「生徒が自ら動く……。とても興味深いですね。後々の領地運営などでも役立つ経験になりますね」
その後も、様々な質問を生徒会メンバーにぶつけるアンリ。有意義な昼休みを過ごせたようだ。
そして、この魔法学校の一番のアピールポイントである、魔法実技の授業が始まった。
アンリは貸し出されたジャージを着て、イザベルさんから基礎を学んでいる。その段階でも、ルストでは画期的な技術だろう。
他の生徒たちは、風魔法の練習を始めている。目に見えない大気に、魔力で干渉する。
口で言うのは簡単だけど、前世の知識が無い人たちにはとても難しいようだ。私たちも、教師に混ざって指導していく。
ある程度指導を終えた頃、私はアンリとイザベルさんのもとへ向かった。
「マリアさん、アンリ様の前で魔法を実演していただけませんか?」
イザベルさんのお願いを聞き入れ、私はいくつかの魔法を標的に放つ。
「ありがとうございます。アンリ様、いかがですか?これが、魔法学校一位の魔法ですわ」
「イザベル、貴女もここまでの魔法が使えるのですか?」
「マリアさん程ではないですが、これでもこの学校で四位の成績ですのよ」
「そうなんですか……。ここの卒業生で部隊を作れば、万の敵にも勝てるような戦力ですね。帝国と同盟を結べてよかった……」
きっとアンリは、留学制度に最大限の協力をしてくれる。アンリの顔を見て、そう確信した。
絶望と安堵。アンリのわかりやすい表情から、それらが伝わってきた。フリードリヒの目論見通りだろう。
そして、午後の授業が終わった。
私とフリードリヒ、そしてアンリは着替えを済ませ、学校を後にする。
「アンリ殿下、体験入学はいかがでしたか?」
「フリードリヒ殿下、貴重な体験をさせていただきありがとうございました。ただただ、実力の差を見せつけられました……」
ここまで落ち込まれると、ちょっと気まずい……。狙い通りの成果ではあるけど、罪悪感を感じる。
そんなアンリ殿下を連れて、皇城の陛下の執務室へ向かう。執務室では、陛下とベンヤミン様が待っていた。
「アンリ殿下、この者が我が国の宰相であるベンヤミンだ。必要になると思って、呼んでおいた」
ベンヤミン様が挨拶をし、何枚かの書類をアンリ殿下に渡す。
「留学制度に関する資料をまとめておきました。帰国した際に、必要になると思いましてな」
「宰相閣下、迅速な対応ありがとうございます。ですが、もう一枚用意していただきたい書類があります」
「どのような書類ですかな?」
「留学制度の契約書です。今ここで、私の責任の下に留学制度の契約を締結したいと思っています」
ルスト国内での審議を通さず?今回のアンリ殿下の来訪目的は、同盟の交渉だ。
留学制度についての交渉権は、当然与えられていない。私は心配になり、声をかける。
「独断で決めてしまって大丈夫なんですか?」
「あまり良くはないでしょうね。ですが、魔法学校で学ぶことは、必ず将来のルスト王国の利益になります。私が責められることぐらい、些末なことです」
その言葉を聞いたベンヤミン様は、契約書作成のために席を外した。残された私たちに、陛下が問う。
「魔法学校とは、それほどのものなのか?我は、報告書でしか知らないのでな」
「母上も視察に訪れると良いかと」
「陛下、我が国ルストも決して後進国ではありません。ですが、学校の教育を体験して、愕然としました。ここまで違うのか、と……」
「フリードリヒの努力の成果ですね。きっと、陛下も驚くと思いますよ?」
しばらくして、ベンヤミン様が契約書を準備して現れた。留学制度の具体的な内容を取り決め、契約は結ばれた。
ちなみに、来年度から十名の留学生を受け入れることになった。アンリ殿下は、帰国後すぐに候補者を決めるとのことだ。
もし、帰国後に審議を通していたら、来年度からの留学生受け入れは難しかっただろう。もう半年をきっているのだから。
だけど、色々な所から独断専行を責められるだろう。いくら王子と言えども、勝手に国同士の契約を結ぶのはまずい。
だから、将来アンリ殿下の決断は間違っていなかったと言われるよう、学校をさらに素晴らしい場所にしなければいけないな……。
――――――
「アマラ。留学制度が決まったわ!」
部屋に着くなり、侍女に報告する。が、侍女はどうでも良さそうな顔をする。
「そうなんですねぇ。そんなことより、殿下と手をつないでの登校はいかがでした?」
留学をそんなこと扱い……。結構大事な事のはずなんだけどな。
「普通よ普通!別に今更、手をつなぐくらい……」
「あら?お嬢様ぁ、普通って言う割には、お顔が赤いのですけど?」
「き、気のせいよ!それより、さっさと夕食の準備をしなさい!」
耐えきれなくなった私は、侍女を追い払った。こんな何気ない青春の日々が続けばいいんだけどな。
でも私の立場では、それも難しいことは分かっている。近々行われる、アンスバッハ辺境伯家の夜会。帝位継承戦はまだまだ続く。
シバ連合王国の上級王交代のような、国外の情勢も他人事ではない。フリードリヒの婚約者なのだから。
だけど、それを決めたのは私。イザベルさんのように、信じた道を進み続けよう……。




