第77話 体験入学1
今日は、アンリ殿下の一日体験入学日。皇城前には、近衛兵も待機していた。シバ連合王国を警戒しての事だろう。
私たちは、普段の三倍近い人数で学校へ向かった。大企業の社長の、現場視察のような雰囲気だ。前世で経験は無いけども……。
「フリードリヒ殿下とマリア嬢は、普段から徒歩通学ですよね?何故馬車を使わないんですか?」
「ええと、馬車だと渋滞がひどいのですよ。それに、生徒会として徒歩通学を推奨してますし」
「ですが、貴女の誘拐事件のお話を聞きました。馬車であれば安全では?」
アンリ殿下が質問をぶつけてくる。少しでも多くの情報を得たいのだろう。
確かに馬車の方が多少は安全かもしれないけど、強引に襲ってこられたら、馬車だと初動が遅れて逆に危険だろう。
「そこまで安全性に違いは無いと思います。それに、事件以降は衛兵や警備兵が増員されていますし」
「ええ。マリアの言う通り、国としても帝都の治安向上を目指しています。貴族だけでなく、民にも平和に暮らして貰いたいので」
「民の事まで考えているとは、陛下もフリードリヒ殿下も素晴らしい為政者ですね。私も見習いたいものだ」
アンリ殿下は、通学だけでも学びを得たようだ。真面目な努力家のような姿勢に、好感が持てる。
ただ、イザベルさんを放置しているのはいただけないな。男性としては減点だ!仕方ないので、私が動くことにする。
「アンリ殿下、イザベルさん。あちらをご覧ください」
私は、紅葉している木々を指差す。二人がその光景を眺めている。
「イザベル嬢。歩いてみるのも良いものですね。馬車だと一瞬で過ぎてしまう景色を堪能できる」
「そうですわね。わたくしも知りませんでした。帝都の何気ない美しさを……」
よし。二人の会話へ自然に誘導できたようだ。その様子を見ていたフリードリヒが、私に耳打ちする。
「随分肩入れしているな。それは、イザベル嬢への罪悪感からか?」
「それも多少はあります。ですが、この二人には幸せになって欲しいのです。政略結婚だとしても、幸せになれると思っています」
「そうだな。だったら私たちも、もっと幸せになるべきだな。私たちも政略結婚だろ?」
そう言って、フリードリヒが手をつないでくる。確かに周りから見たら、私たちは政略結婚だろう。私の魔力を囲い込むための……。
でも、私もフリードリヒも、そんなことは考えていない。お互いの正体を知らなかった私たち。それでも初対面で惹かれ合った。
私の意思で、婚約を受け入れた。だから……このタイミングで手をつないでくるのは、ずるいと思う……。
つないだ手をほどけないまま、私たちは校門に到着していた。さすがに恥ずかしさの限界を突破し、フリードリヒの手をほどく。
だって、ここまで来ると生徒がたくさんいるじゃん……。それに、後ろから侍女の視線が刺さりまくってるし。
「アンリ殿下。ここからは、私に敬称は不要です。校内では、身分差の撤廃を進めていますので」
「思い切った制度ですね。わかりました、フリードリヒ。私にも敬称は不要です」
「ご理解いただけて感謝します、アンリ。とりあえず、学生寮へ案内しながら、校則について説明しましょう」
フリードリヒの口から、校則が説明される。身分差撤廃の意義、学ぶことに身分の上下は関係ないという言葉に、アンリは感服している。
最初の頃は、イザベルさんは納得してなかったな……。今でも、思うところがあるようだけど、完全には否定してこなくなった。
学校で、様々なことを学んだからだろう。勉強だけでなく、人との接し方とかも……。
「ここが学生寮です。留学生の方々には、ここで生活してもらうことになるでしょう」
「随分大きいですね。聞いた話では、生徒数は百五十人と聞いています。別邸を持っている生徒も多いので、ここまで大きい必要はないのでは?」
アンリが言うように、学生寮は三百人近く収容できる規模だ。理由は簡単。上級学年が開設予定だからだ。
上級学年の存在は、他国では知られていないのだろう。なら、研究棟は尚更知らないだろうな。
「来年度より、上級学年が開設します。私やマリアは進学予定です。なので、生徒数がさらに増えるのです」
「そうだったのですね。上級学年というのは初耳でした。であれば、この学生寮の規模にも納得です」
学生寮の説明をしながら、内部を軽く案内する。登校しようとする寮生たちの視線を集めながら。
そりゃあ、この国の第一皇子と婚約者、他国の第一王子と婚約者(公爵家)が、護衛を引き連れて歩いてればね。
朝っぱらからお騒がせしましたと、心の中で寮生に謝りながら……。
そして、学生寮の案内を終えた私たちは、基礎学年の校舎に向かった。
エントランスや廊下を進み、教室に到着する。その間、ぎょっとしながらも、多くの生徒が挨拶をしてきた。
畏まった挨拶ではない。会長、おはようございますって感じのやつだ。
「本当に、身分差撤廃が出来ているのですね……。半信半疑でしたが、この様子を見れば信じざるを得ませんね」
驚くアンリに、イザベルさんの隣の席を勧める。私たちは、一列後ろの席に座る。
そりゃあ、せっかくの機会。二人で並んで学んでください。邪魔者は、後ろに控えますよ。
そうこうしているうちに、お兄様も登校してきて、当たり前のように私の隣に座っていた。
「おはようございます。本日は、ルスト王国の第一王子殿下が体験入学しておられます。が、皆さんは普段通り生活してください」
教師が入ってきて、軽く説明する。いや、軽すぎでは?体験入学自体の説明もすっ飛ばしてるし……。
まあ、アンリも普段の学生生活を体験したいだろうから、これでいいのか。
その後、午前の座学が始まる。今日は、魔法座学と戦術の授業だ。
本日の魔法の授業は、風魔法について。アンリにとっては、完全に未知の領域だろう。
基礎学年も折り返し、新系統の魔法の授業が始まっていた。ついていけないアンリに、イザベルさんが教えている姿が微笑ましかった。
そして、座学間の休憩時間。
「アンリ。どうですか?魔法学校の授業は」
フリードリヒの問いかけに、アンリが興奮しながら答える。
「凄いです!このような魔法があったとは!入学から半年で、ここまでの教育を行っているんですね」
「はい。おそらくですが、すでにルスト王国の魔法研究者よりも、ここの生徒の方が実力が上だと思います」
「そうですね……。ここまでの差があるとは、想像もしていませんでした。留学制度……必ず必要になりそうです」
アンリの顔は、王族の顔に変わっていた。国の将来を真剣に考えている。そんな顔だった。
すでにこの様子では……午後の実技の時間には……。考えないでおこう。アンリ、心を強く待ってください……。




