第76話 アンリの心、イザベルの心
翌日、私は皇帝陛下から呼び出しを受けていた。フリードリヒが、留学制度を打診してくれたようだ。
私とフリードリヒは生徒会活動を欠席し、皇城の陛下の執務室に向かった。
侍女と従者を部屋の外で待たせ、執務室に入室した。中では、陛下とアンリ殿下が待っていた。
「フリードリヒ、マリア。呼び出して済まなかったな。アンリ殿下が、お前たちと話したいそうだ」
「ええ。まず、公爵家での夜会では全体への挨拶だったので、改めて名乗らせていただきます。ルスト王国第一王子のアンリです」
アンリ殿下へフリードリヒと私が挨拶を返す。アンリ殿下は心なしか嬉しそうだ。
「フリードリヒ殿下。貴方の手腕はルストでも有名です。是非一度、お話の機会を頂きたいと思っていました」
「アンリ殿下。私はそれほどの人間ではありませんよ。今の私は、マリアの支えがあってこそです」
「ご謙遜を……。そしてマリア嬢。帝国一の美姫という噂は、本当のようですね。それに、留学制度の発案は貴女だったとか?」
「それは……過分な評価に御座います。留学についても、フリードリヒやイザベルさんの助けになればと、提案しただけですので」
「そうでした。マリア嬢はイザベルの学友でしたね。その関係で今回、貴女の意見を聞きたいと思っていました」
アンリ殿下は、物腰柔らかな好青年だな。きっと、ルストでも人気がありそうだ。
イザベルさんの旦那様が、良い人そうで安心した。だけど、イザベルさん関係で私に聞きたいこと?
「イザベルさんについてですか?てっきり、留学制度のお話をするものと思っておりました」
「ああ。どちらもです。ですが、イザベルについては私個人の希望でして……」
「ええと、イザベルさんはとても素敵な女性ですよ。信念のもとに努力ができ、成績も優秀。少し勝気な性格なのは……愛嬌だと思います」
「あはは。貴女はイザベルと、本当に仲が良いのですね。そんな貴女だから聞きたい。イザベルは婚姻について、どう考えているのかを……」
そんなこと本人から聞くべきでは……?って、つい先日まで、イザベルさんは元気なかったっけ。
たぶん、アンリ殿下とイザベルさんは、数回しかあったことが無い。顔を合わす度、悩んでいるイザベルさんを見ていたのなら、心配もするか。
「イザベルさんは、吹っ切れていますよ。なので、本人と話し合ってみてください。きっと、悪いようにはならないかと」
「そうですか。そうですね!将来夫婦となるのですから、その第一歩として……しっかりイザベルと話し合いたいと思います」
アンリ殿下は、表情がコロコロ変わる人だった。私とイザベルさんが仲が良いと知ると、笑顔に。
イザベルさんの婚姻への気持ちを聞いてきたときは、心配顔に。そして、今は……今日一番の笑顔だ。
とりあえず、二人の悩みは晴れただろう。ここから先は、二人で考えていってほしい。
「さて、アンリ殿下の希望も果たせたようだ。我としては、留学についての話を進めたいのだが?」
「陛下、時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。私や我が国としても、留学制度は魅力的な提案ですが……」
少し悩んでいるようだ。それはそうだろう。魔法学校は未知の代物だ。それも他国の。
とても興味はあるけど、即決することが出来ない。そんな感じだろう。
「アンリ殿下。私から一つ提案があります。魔法学校に一日体験入学してみませんか?」
フリードリヒの提案に、陛下とアンリ殿下が驚く。体験入学。フリードリヒらしい考えだ。
他国の王族に帝国の魔法技術を見せつつ、一日とはいえアンリ殿下が通ったという実績を作る。
留学制度に抵抗がある人への説得材料になり、上手く話がまとまれば、フリードリヒの功績になる。
だったら、もう一押ししてみよう。
「私たちやイザベルさんは同じクラスです。ですので、私たちと共に学校生活を体験してみませんか?」
「あなた達やイザベルと一緒……。それは良いアイデアですね!明日では急すぎるので、明後日などどうでしょうか?」
アンリ殿下がノリノリだ。知り合いと婚約者がいるクラス。その上で、ハイレベルな教育を体験できるのだから。
「大丈夫です。ミリヤム学校長には私から説明しておきますので、マリアはイザベル嬢に連絡をお願いします」
その後、留学制度の話は保留し、体験入学の内容を詰めていった。
明日はイザベルさんも皇城に泊まってもらい、明後日は四人+護衛で徒歩通学することになった。イザベルさんには急な話だろうけど……。
軽く施設の紹介などもあるため、普段の通学より早めの出発だ。寝坊に気を付けよう……。
――――――
翌日、イザベルさんに事情を説明する。なんとも言えない顔だ。困惑と諦めが混ざったような。
「わたくしの意見を聞いてから決めて欲しかったですわ。今日、急に皇城に泊まれですか……」
「本当にごめんなさい!アンリ殿下が思った以上に乗り気で……」
「まあいいですわ。両国の友好の第一歩ですからね。協力してさしあげますわ」
「ありがとうございます!あっ、それとアンリ殿下、とてもいい人ですね。イザベルさんとお似合いです!」
それを聞いて、赤くなるイザベルさん。可愛い。頭撫でたくなるな……。
危ない、これではうちのヤバい侍女と同類だ。この衝動を抑えきらないと!
「そ、そうね。わたくしに相応しい婚約者だわ。フリードリヒさんほどではないけれど、ね……」
あっ……。そうだ。私がいなければ、イザベルさんがフリードリヒの婚約者候補だった……。
だから、イザベルさんが隣国に嫁ぐのも、私が原因だった……。
「ごめんなさい……。私が横取りしちゃいました……」
「貴女のせいじゃないわ。わたくしには皇族級の魔力が無かった。それだけのことよ」
「でも……私がいなければ……」
「貴女、馬鹿なの?前も言ったわよね?わたくしは貴族として負けたの。でも、今では良かったと思ってるわ」
なんで良かったの?負けたことは悔しいはず。他国に嫁ぐのも悔しいはず。
「もし、わたくしがフリードリヒさんの婚約者だったら、今回の同盟はどうなっていたと思う?」
「婚姻が前提だったのなら……私が嫁いだんですか?」
「そんなの無理に決まってるじゃない!貴女は伯爵家。しかも、莫大な魔力持ち。他国の王族に嫁げるわけないわ」
「そうですね。家格が低すぎるし、魔力が多すぎて帝国も手放せない」
「そう。わたくしがフリーだったから、今回の同盟は結べたの。だから、国にとって最良の結果よ」
やっぱり、イザベルさんは立派だ。貴族としてだれよりも誇り高い。自身すらも国の道具だと割り切っていそうだ。
だからこそ、アンリ殿下とは幸せになって欲しい。こんなに素敵な女性なのだから……。




