第74話 帰ってきた日常と変わる日常
通学中、ふと私は呟いた。
「留学……。ありかも」
その呟きを聞いていたフリードリヒが、私に問う。
「留学?なにか思いついたのか?」
「ええ。ルスト王国から魔法学校へ、留学生を迎えてみるのはどうでしょう?」
公爵家の夜会が終わった後、私は考えていた。どうすれば、イザベルさんの助けになれるかと。
色々考えたけど、東部貴族である私は、西の隣国であるルスト王国とのつながりは無い。
諦めていた私だったが、学校に向かっているうちに、学校を活用できないかと考えていたのだ。
「確かにいいアイデアだな。最近は、他国からの問い合わせも多い。魔法学校は、世界的に認知されているからな」
「だったら、他国への開放の下準備として、同盟国のルストから試験的に留学生を募ってみては?」
「そうだな。アンリ王子も皇城に滞在している。まずは、母上と王子に打診してみよう」
これが上手くいけば、ルスト王国との結びつきは強まり、魔法学校や帝国の魔法技術の宣伝にもなる。
そしてその功績は、責任者であるフリードリヒのもの。いいこと尽くしでは?
なかなかの名案に心の中で自画自賛しながら、校門に近づく。
生徒会メンバーに加え、テレーザを越える長身のたくましい女性の姿が目に入る。アリーセお姉様だ!
「マリア!久しぶり!一年半ぶりだな!」
大きな身体で、手をぶんぶん振るお姉様。私は駆け足で、お姉様に近づく。
「お姉様、お久しぶりです!今日から臨時教師ですか?」
「そうそう。それにしても、こんな立派な学校の教師が、あたしなんかで大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ねえ?ローズ?」
突然話を振られ、驚くローズ。
「そ、そうやで!アリーセの実力なら、なんの問題もあらへん」
「オネストの会長様が言うなら、大丈夫そうか。とりあえず、今日から一か月よろしくな!」
その後、エントランスで別れた私たちは、教室に向かった。イザベルさんの事を考えながら……。
教室に着いた私。イザベルさんは……来ない!悩みがぶり返した!?
慌てて教室内を見回す。人だかりができている。その中心はイザベルさん。
噂の真偽を確かめたいクラスメートたちに、四方八方から質問を浴びせられているようだ。
困惑顔のイザベルさんが、私の到着に気付いた。
「あなた達。噂に踊らされるなんて、貴族としてたるんでいるわよ!さあ、席に戻ってくださいまし」
群がる生徒たちを散らし、イザベルさんが私のもとにやってくる。
「マリアさん、その……ありがとう……。貴女に気持ちを吐き出したら、すっきりしたわ。それと、わたくしの感謝に感謝しなさい!」
顔を赤くしての、ありがとうの言葉。言いなれてないであろう言葉に、イザベルさんは照れているのだろう。
調子が完全に戻ったようで安心した。それでこそ、イザベルさんだ。
「感謝に感謝を返していたら、終わりが見えませんね。そういえば、いつまでこちらにいられるのですか?」
「この学年の終わりまでね。上級学年進学は無理そうよ。予定では一年後、正式に結婚らしいわ」
「そうなのですか。では、基礎学年修了と共にルスト王国に向かう感じですか?」
「そうなりそうね。向こうに着いてからは、ルストの王族教育を受けたり、式の準備もあるからね」
教育に準備。ルスト王国までの移動時間も考えると、結婚式までは半年も無いくらい。忙しそうだ。
そういえば、私は式に招待してくれるのかな?友人兼ライバル枠で……。不思議な枠だけど、一番しっくりくる枠だ。
「結婚式の招待客は、もう決めているのですか?」
「大体はね。この国からは、わたくしの家からと皇族だけかしら。フリードリヒさんには悪いけど、上級学年の途中でも来てもらうことになるわね」
「ええと、私は?」
「えっ?呼んでも大丈夫なのかしら?学校の授業の邪魔になってしまわない?」
「是非呼んでください!上級学年は基礎学年と違って、大学のような方式なので、授業は問題ないです!」
「大学?それはよくわからないけど、呼んでもいいなら呼ぶわ。皇族の婚約者なのだから、問題ないはずよ」
あっ!興奮していて、前世の知識をこぼしてしまった。学校すら珍しいこの世界に、大学なんて存在しないからね……。
イザベルさんと話し込んでいるうちに、教師がやってきた。……ん?お姉様?商業科の臨時教師じゃ?
「みんな!席につけ!今日から一か月、算術の臨時教師になったアリーセだ。よろしくな!」
お姉様の声で、急いで席に着く私。そういえば、商業科専門とは聞いていない。私の早とちりだった……。
騎士科以外、算術の授業はある。算術の臨時教師なら、官吏科の授業をしてもまったく問題ないな。
お姉様の授業が始まると、実体験に基づく取引の成功談や失敗談、先を見据えた取引の工夫などを、面白おかしく語ってくれた。
今までの教科書をなぞるだけの授業と違い、生徒たちも聞き入るように授業を受けていた。
そんな楽しい授業を終え、放課後。いつものように、生徒会室にいる私たちのもとに、お姉様がやってきた。
「マリア!リヒ坊!ついでに、腹黒!このあと、うちの別邸に来れるか?」
「アリーセ嬢……。リヒ坊はやめてくださいと言っているではないですか……。ここにはフリードリヒ様もいるのですよ?」
「怪力商人!私は腹黒ではありません。いいかげんアマラと呼んでください!」
「ああ。殿下もリヒだったな。しょうがない。ハインリヒとアマラ。これでいいか?」
渋々、呼び方を訂正したお姉様に、三人で了承したことを伝える。
その様子を見ていたフリードリヒが、私とアマラに話しかけてきた。とても心配そうに。
「二人とも。帰りが遅くなりそうだから、馬車と護衛をモンベリアルの別邸に送っておく。必ず!必ずそれで帰ってきてくれ」
誘拐事件があった以上、備えるに越したことはない。必ずそれで帰るようにしよう。
フリードリヒを悲しませたくないからね……。私は、力強く頷いた。
隣で聞いていた侍女が、小声でつぶやいた。
「お嬢様ぁ。愛されていますね」
「そうね。否定はしないわ。ただし、その顔をやめなさい」
ニヤニヤ笑う侍女をたしなめる。よそ様の前では、しっかりして欲しいものだ……。
それにしても、お姉様の呼び出しか。リラスパッツを思い出すな……。




