第72話 アーティラ公爵家
公爵家の夜会会場。帝都にある公爵家の別邸。その大広間。
会場として開放されているのは、大広間とエントランスだけ。だけど大広間だけで、ナッサウ家の別邸よりも広いかもしれない……。
皇城を知らない人(いないとは思うけど)が見たら、ここが皇城だと言われても、納得してしまうかもしれない。
それぐらい大きく、豪華で、気品に満ちた建築物だ。これ自体が美術品だと思ってしまうほどに。
アーティラ公爵家が、どれほど別格の貴族なのかが窺い知れる。同時に、イザベルさんの最初の頃の傲慢さも、理解できてしまう。
この家に相応しい振舞いを……。それがあの態度だったのだろう。でも、最近のイザベルさんには、なにもない。
元気もない。誇りも感じない。覇気もない。意欲もない。ない尽くしだ。
きっと、この夜会で原因がわかるだろう。私が友達として、手助けできる事だったらいいんだけどな……。
私は、フリードリヒ、お兄様、そしてお母様と共にいる。周りを見渡すと、テレーザ一家やローズ一家もいた。
レオンだけは、家族と共にいない。北の辺境伯家だからだろう。シバ国は、常に帝国を狙っているのだから……。
そして、第一皇女様や第二皇女様の姿もあった。すべての陣営の主要人物が、勢ぞろいしている。
まるで、今の帝国の縮図ともいえる空間だ。まあ、すでに二百人ほど人がいるから、縮め切れていない縮図だけど。
すべての参加者が到着したようで、公爵一家と、見知らぬ男性、それと……皇帝陛下が姿を現した。陛下!?
公爵家現当主コンスタンツェ・アーティラス・カージフ様が、開会宣言のために、一歩前に出る。
「本日は、我がアーティラ公爵家の夜会にお集まりいただき、ありがとうございます。この夜会を始める前に、一つ大事なお話があります」
公爵様の声にあわせ、見知らぬ男性と陛下が一歩前に出る。あの男性は誰だ……?
「こちらのお方は、ルスト王国第一王子であられるアンリ殿下。アンリ殿下並びにエリーザベト陛下より、重要な発表があります」
ルスト王国。帝国の西の隣国。南北に長く広大な領土を持つが、北部は淀みが酷く、荒廃している。
カージフ王国時代からの交易相手であり、東西交易路完成後は、正式に通商協定を結んでいる。
帝国同様、シバ連合王国と国境を接しているが、南北に貫く山脈や北部の淀みの影響で、大規模な戦闘はほぼ無い。
「アーティラ公爵殿より紹介にあずかった、アンリだ。皆が楽しみにしている夜会の時間を奪ってしまい、申し訳ない」
流麗な動作で、軽く頭を下げるアンリ殿下。何故この場に、他国の王族がいるのだろうか?
「此度は、エリーザベト陛下との会談の結果を伝えたいと思う。陛下、お願いします」
そう言って、陛下に話を振る。陛下は頷き、全員を見回した。
「我がこの場にいることに、皆驚いていることだろう。今回の件は、シバ国に情報が流れぬようにと事を進めてきた」
シバ国関連の話……?情報漏洩が許されない案件。宣戦布告?さすがにそれは無いだろう。
「そして先日、正式に調印が行われた。ルスト王国と我が国は、防衛同盟を締結する!」
会場中が沸いた。防衛同盟と聞き、北部貴族は特に喜んでいるようだ。
私はその様子を、どこか他人事のように眺めていた。ルスト国との同盟は、とてもありがたいことだ。
だけど、イザベルさんの悩みとは、まだ結びつかない。きっと、まだなにかあるはず……。
そんな私の考えを見通していたかの如く、公爵様が声をあげた。
「皆さま静粛に!殿下並びに陛下からの発表は以上です。が、この夜会の本来の目的をお伝えしなければなりません。イザベル、前へ」
イザベルさんが一歩前に出る。遠目に見ても、最上級とわかるドレスを纏っている。
これは……婚約発表だろう。では、相手は?
私の頭に、侍女の言葉が蘇る。特殊な相手。ああ、アンリ殿下か……。
「同盟の交渉により秘されていたため、この場での通知となってしまいましたことを謝罪します。ここに、我が娘イザベルとルスト王国アンリ第一王子殿下の、婚約記念パーティーの開会を宣言します!」
また会場が沸いた。同盟関係強化のための、政略結婚。これで、同盟の強固さは間違いなくなった。
それと同時に、各陣営は胸を撫で下ろしたことだろう。他陣営に公爵家を取られなかったと。
だけど、私は気付いた。これで、どの陣営も公爵家は取れなくなったと……。
隣でフリードリヒも、同じ考えに至ったようだ。私は、フリードリヒに語り掛ける。
「これで公爵家は、中立を確立しましたね。最低条件は、勝手にクリアされちゃいましたね」
「そうだな。ルストの王族との繋がり。公爵家の地盤は完璧になったな。継承戦の最終局面まで、様子見を続けるだろう」
「公爵様は、隙のない方なのですね」
「恐ろしい人だ。誰にも損をさせず、中立を保ち切ったのだからな……」
誰にも?本当にそうだろうか?確かに、帝国はシバ国への対応が容易になった。ルスト国も同様だ。
各陣営も、公爵家の動きへの懸念が無くなった。公爵家は、盤石な権力を確立した。
だけど……イザベルさんは?相手は他国の王族。イザベルさんが嫁いでいくだろう。
誰よりも、この国の貴族であることに誇りを持っていた人が……。悩むのは当然だ。
貴族の義務だと、理解はしているだろう。でも、納得しきれていないのだと思う。
この決定を覆す力は、私には無い。それに、イザベルさんもそれは望んでいないだろう。
だったら、友達として何ができる?話を聞いて、寄り添ってあげよう……。
「フリードリヒ、私イザベルさんと話してきます!」
その言葉に、フリードリヒがほほ笑む。だが、周りを見回した後、私を制止した。
「今はまだ行かない方がいい。あれを見てみろ」
フリードリヒが、視線で公爵家一家の場所を示す。人混みで公爵様たちが見えない……。
主役たちが、幾重にも人に囲まれていた。今向かっても、落ち着いて話など出来ないだろう。
「そうですね。先に挨拶回りをしたほうがよさそうですね」
状況を把握し、イザベルさんとの話は、後回しにする。
陛下とアンリ殿下は、すでに退場しているようだ。だったら、序列的に両皇女様たちのもとに向かうべきだろう。
第一皇女様を探し、私たちは移動を開始した。途中、挨拶をしにくる貴族に対応しながら、目的の人物を見つける。
第一皇女様も私たちと同じように、貴族への対応に忙しそうだった。次期皇帝筆頭候補だからね。
そんな中、フリードリヒが近付くと、自然と第一皇女様への道が出来上がった。皇子様だからね。
「ヴィーラ姉様。挨拶に伺いました。少しお時間を頂いても?」
「フリードリヒ、よく来たな。無論だ。私も話をしたかった」




