第61話 聖女の決断
私は、フリードリヒに目配せする。フリードリヒが、頷いて答える。
それをゴーサインだと判断した私は、聖女様の問いに真っ向からぶつかる。
「この話を聞いて、より一層頑張らなければいけないと思いました」
「何故じゃ!?お主らが頑張ると、あの未来が早まる可能性が高いのじゃぞ?」
「それは、あくまで可能性ですよね?お兄様の話を聞いたうえで、何故最終戦争が起こったのだと思いましたか?」
「……人の心の弱さじゃ。醜さとも言えるな」
「聖女様が同じ立場であったなら、同じ選択をしましたか?兵器を発射していましたか?」
「するわけがなかろう!妾がその程度の事で、狂うわけがあるまい!」
そう。前世の私の時代に、ナノマシンは存在していなかった。不治の病もたくさんあった。
なので、長寿大国と言われる日本でさえも、八十歳そこそこが寿命だった。
だけど未来の世界では、ナノマシンや医療技術の進歩で、急激に人間の寿命が延びた。心が追いつかないほどに……。
「それでは……今の世界はどうですか?すべての人達に、多かれ少なかれナノマシンが宿っているこの世界では」
「長い生が当たり前なのじゃから、人の心もそれ相応に育っているじゃろう」
今世の世界では、人間の寿命が長い。平民であっても五十歳は当たり前。貴族に至っては、魔力次第で百歳まで生きる人も珍しくない。
前世の同じ頃、いわゆる中世の時代の平均寿命は三十歳ほどだ。そこから徐々に、伸びていき八十歳の時代に到達した。
今の世界の人々が、医療が発達し、食糧事情が改善して寿命を延ばしていけば、どうなるだろう?
「それでも人々の可能性を信じられませんか?同じ過ちが繰り返されると?」
「信じたい気持ちは……ある。じゃが、恐いのじゃ……。未だに、初めて地上で見た光景が、目に焼き付いておる……」
「それではこのまま、歪な形で過去の歴史の焼き直しを続けるのですか?」
「歪じゃと?確かに、取捨選択はしておるが……それを悪し様に語るのは許さぬぞ!」
間違いなく歪だ。都合の良い出来事は起こし、都合の悪い出来事は起こさない。
結果、宗教は一つのみ。前世であった十字軍遠征なんて起こりようがない。
きっと、東西分裂だって起こさせないし、宗教改革だって同じだろう。完全に別の歴史だ。
「お忘れですか?前世の私たちが、存在するか存在しないかだけで未来が分岐したことを……」
「あっ……ああ。そうじゃったな。じゃがそれは、取捨選択することがおかしい事というのを、証明するわけでもないのじゃ」
「そうですね。ですが、都合の悪いことを排除するのが、より良い未来につながることも証明できませんよね?」
「それはそうじゃ。ならお主は、どうすべきだと思うのじゃ?」
そんなの簡単だ。今を生きてる人たちに選んでもらえばいい。あるべき姿に戻すだけだ。
「聖女様が、人々を愛しているのはわかります。ですが、いつまでも保護し続けるべきだとは思えません」
「自立を促すということか?」
「そうです。私たちは道を示すだけ。多くの道を用意して、みんなに選んでもらえばいいと思います」
「妾が見守り続ける時代は終わったと言いたいのか?」
「見守ることを否定するつもりはありません。ただ、過剰なまでに干渉すべきではないのでは?」
「そうじゃな……。いつの間にか妾は、目的を見失っていたのかもしれんな。皆のためと言いつつ、皆の可能性を断っていたのかもしれん」
「かもしれませんね……。ですが最初は、生きていく希望になるために始めたことなのですよね?今も気持ちは変わっていませんよね?」
「ああ。変わっておらんのじゃ」
聖女様はもう大丈夫だ。誰よりも民の事を考えている人なのだから……。
後は、貴女が幸せになるだけだ。これだけ頑張ってきたのだから。
「では……聖女様、いままでお疲れさまでした。貴女のおかげで人類はここまで復興できたんだと思います」
「ああ、ありがとう。妾も子離れする時期なのじゃな……。ティエラ教の体制も、少しずつ変えていこうかのう」
「それが良いと思います」
「では、お主らに伝えることがある。今後ティエラ教は、フリードリヒに協力することとする」
かなり無理をしたけど、なんとか当初の目的を果たせたようだ……。
フリードリヒに目配せし、交渉権を返上する。
「ありがとうございます!今後は、民のために手を取り合っていきましょう」
「そうじゃな。よろしく頼むぞ。それにしても、お主の嫁はとんでもないのう……」
「えっ?マリアは嫁ではなく婚約者でして……」
「大した違いもないじゃろう。興味本位で連れてこさせたが……まさか、妾の考えを変えさせられるとはな!」
あれ?私はただのおまけで呼ばれたの?警戒して損した……。
「やはり、協力は断るつもりだったのですね」
「そうじゃ。すべてお主の嫁のおかげじゃよ。マリア程の女は、世界中探したとしても他にいないじゃろう。世界を旅した妾が保証しよう」
「ですね……。マリアに愛想を尽かされないよう、努力の日々ですよ……」
「ははは。大国の皇子であってもその様か!尻に敷かれんように頑張るのじゃぞ!」
こうして朗らかな空気の中、会談は終わった。
正式な協力関係の発表は、ティエラ教会内での情報共有後に行われることとなった。
――――――
一週間後、改革派とティエラ教の共同声明が、帝国を駆け巡った。当然、協力関係になったという内容だ。
中立派貴族をはじめ、一部の正統派や新道派貴族も改革派への合流を申し出た。
その結果、改革派の勢力は正統派と肩を並べるまでとなり、革新派としては正統派を越える勢力となった。
そのため新道派貴族からは、改革派との合流の声も聞こえてくるようになった。
「マリア、フリーデ姉様の周辺がきな臭い。何事もなければ良いのだが、いちおう警戒はしておいてくれ」
「武力行使の可能性があるのですか?」
「約束が守られるのならば、無いはずだが……。追い込まれたフリーデ姉様が、どう動くかわからん」
「お兄様はどうお考えですか?」
「闇討ちあたりは仕掛けてきそうです。特にマリアは狙われそうですね……。徹底的に叩き潰してあげなさい」
やっぱり……私を狙うよね。フリードリヒもお兄様も、賊討伐などの実績がある。
私には、実戦経験は無い……。派閥の中枢で狙うなら、私一択だろうな……。
「護衛の数を増やすか?」
「いえ、大丈夫です。身を護るための訓練は続けてきました。返り討ちにしてみせます!」
「そうか……。私としては心配だが……マリアの意思を尊重しよう」
「ありがとうございます。と言っても、さすがに襲ってこないとは思いますが……」
「そうだな。そこまで愚かではないことを祈ろう」
「マリア、知っているか?そういうのをフラグと言うのだよ?」
「お兄様、そのようなものはゲームや漫画の話ですよ!」
「そうですね。考えすぎですかね」
今にして思えば、迂闊だったと言わざるを得ないだろう。以前も、侍女がフラグを立てていたではないか……。




