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第60話 聖女の人生

「妾はEUの研究所で産まれたのじゃ。いや、生み出されたが正しいか……」

「EUですか!?ということは……あの時代に生きていたのですか!?」


 お兄様が驚いた顔で問いかける。もし、私の考えるEUが正しいのなら……欧州連合。


「そうじゃ。EUは、他の大国と違って、領土が狭く、人口も少なかった。その分、進んだ技術で対抗しておった」

「もしかして……超人計画ですか?」

「お主はそこまで知っておるのか!そうじゃ。足りない人口を補うため、個人の能力を高めることにしたのじゃ」

「それでは、聖女様は……その成功例なのですか?噂では、失敗したと聞いておりました」


 これは、前世の未来の話なのだろう。正直、私もフリードリヒも置いてけぼりだ……。


「妾を成功と言えるのなら……成功なのじゃろう。夥しい失敗作の中、偶然に妾が生み出されたことを成功と言えるのならじゃが」

「失敗作……。ということは、貴女だけが生き残ったのですか?」

「そう、じゃ……。皆、死んだ。ある者は、遺伝子改変の影響で人の形で産まれてこなかった。またある者は、ナノマシンの追加投与に耐えられず……」

「貴女だけが耐え抜いた。その理由が分からなかったので、失敗だと?」

「そういうことじゃ。おかげで最後のナノマシンの投与後、妾は老化が止まった。いや、身体の成長が止まったのじゃ」

「なのでそのように幼い姿のまま、今まで生きてきたのですね……」


 遺伝子改変?人の形をしていない?倫理はどこにいったの?未来では……それが当たり前だったの?

 以前お兄様は、一部の人達は平和だったと言っていた。それが……こういうことだったのか。


「そして妾は文明崩壊の瞬間、地下深くの研究所にいた。だから、生き延びたのじゃ」

「私と同じですね……。私も研究施設にいたため、難を逃れました」

「お主も、あの時代の生存者なのか……。じゃが、お主の存在を妾は知らぬ……何故じゃ?」


 お兄様が、時間跳躍のことやタイムパラダクスを起こそうとしたこと、そして失敗したことを説明する。

 聖女様がしばし考え込む。いろいろと思うところがあるのだろう……。


「お主らの事情は把握したのじゃ。ならば、崩壊の先の話を続けよう」


 お兄様と違い、聖女様は今に至る歴史を知っている。悠久の時を生き続けてきたのだから。


「妾は地上に出た。厳しく管理されていたはずの研究所じゃが、管理する存在が消え、脱走は容易じゃった」

「EUも消滅していたんですね……」

「ああ。妾が地上で初めて目にした光景は……無惨じゃった。大地は抉れ、海や川は干上がり、生きとし生けるものが消えた世界じゃった」


 その言葉を聞いて、ある物を思い出す。大図書館で読んだ文章の一部を。


「その表現は創世記の序文ですよね」

「マリアは創世記を読んだのか。それなら話が早いのじゃ」

「聖女様が書かれたのですか?」

「そうじゃ。妾が地上に出た後の行動を、ぼかして書いてある。あの中に出てくる神が妾じゃ……」

 

 ”これを悲しんだ神は、地上に多くの使徒を降臨させた”の神が聖女様ということは……。


「生き残った方々に、知識を教えて回ったのですか?」

「そうじゃ。淀みが世界に広がり、多くの人間は地下に隠れ住んだ。生きることに必死な人々は……知識を失っていっていたのじゃ……」

「そうでしょうね……。食料や水の確保に苦労していては……必要のない知識は廃れていくでしょうね」

「長い年月を妾は彷徨い、生存者たちに技術を残していった。いつか淀みが薄れた時に、地上に戻れるようにと……」

「淀みは……放射能汚染なのですか?」

「ほぼその認識で間違いないのじゃ。より悪辣ではあるがのう。この国にはほとんどないから、お主らが関わることも少ないじゃろう」


 確か、遥か西方や東方は淀みの地が多いと聞いた。前世で言うところのヨーロッパや中国、あとインドや中東も……。

 きっとお兄様は、そのことを考えて私たちの転生先を、中央アジアにしたのだろう。

 カージフ帝国は、カザフスタンを中心にウズベキスタン、キルギス、タジキスタンを合わせた地域に存在している。


「聖女様は……何故、淀みの中でも移動できたのですか?」

「妾は超人じゃ。遺伝子操作や特別製のナノマシン満載の、およそ人間を超越した存在じゃ」

「淀みすら克服しているのですか?」

「そうじゃ。妾のナノマシンであれば、体内に入った淀みは分解できるのじゃ」


 永遠に近い生に、人を越えた力。この人は……どれだけ苦しんだのだろう……。


「聖女様は……苦しくはなかったのですか?心が折れなかったのですか?」

「何度も折れかけたわい。じゃが、妾にしか出来ないことを放棄できなかった……。皆を救うことで、妾は人の心を保ったのじゃ」


 きっと、愛しているのだろう。この世界に生きている人々を……。


「だから、ティエラ教を作ったのですか?」

「そうじゃ。地上の淀みが薄まった頃、皆が地上に帰ってきた。その者たちを導くために、宗教の力を借りたのじゃ」

「ですが宗教の存在も、文明崩壊につながってしまうのではないですか?」

「そうじゃ。妾は悩んだ。じゃが、皆には必要だったのじゃ……。生きていく希望が!」


 聖女様は、文明崩壊とみんなの幸せを天秤にかけた……。そして、幸せを選んだ。

 それならば、今回の交渉も上手くいく可能性が残っている……。


「地上の皆さんを、正しく導こうとしたのですね?」

「そうじゃ。必要な分だけ知識を与え、争いのもとになる他宗教は排除した。繰り返すべき歴史は繰り返し、繰り返すべきでない歴史は、徹底的に阻止した」


 きっと、悲しかっただろう。目的のために、多くの人々を切り捨てなければいけなかったことが……。


「そして、今の世界があるのですね……」

「これが妾のこれまでの話じゃ」


 聖女様は恐れている。再度、世界が滅ぶのを。聖女様自身の体験から……。

 だけど、聖女様は気付いていない。過去の歴史と同じ道を歩んでいるわけではないことを。

 すでに未来は分岐している。このまま世界が進んでいっても、同じ末路を繰り返すかはわからない。

 それに、聖女様は忘れている。人々の強さを。いずれ人々は、聖女様の庇護下から飛び立っていくだろう。

 聖女様の慈しむ人々は、自立できないほど弱い存在ではない。その時、聖女様はどうするの?


「この話を聞かせたうえで問う。それでもお主らは、文明を進めていくつもりか?」


 私は民を、そして聖女様も幸せにしたい。そのためにはやっぱり、今回の交渉は成功させなければいけない。

 きっと、今がその時だ。この世界の人々が、この世界の未来を創っていく。自立するべき時だ。

 民を豊かにするため、聖女様を重すぎる使命から解放するために……。

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