第51話 パラドクス2
「私を先に消すのを、何故ためらったの?貴方にとっては、ただの曾祖母でしょ?」
「夏美さんは私にとって、尊敬する偉大な科学者でした。貴女の存在があったからこそ、私は心が折れずにいられた……」
未来、文明崩壊する頃は……恐ろしい世界だったの?絶望の中、お兄様は生きていたの?
「お前の生きた時代は、どのような世界だったのだ?戦争前夜のような状況だったのか?」
「いいえ。仮初の平和をぎりぎり保っていた世界でした。あなた方の生きた時代に二百ほどあった国が、数個の超大国に集約され、絶妙なパワーバランスで維持されていました」
「では、なぜお前は心が折れそうな中で生きていたのだ?薄氷の上の平和であっても、平和だったのは間違いないだろう?」
「世界は平和でした……。一部の人間たちは……。私の祖国日本。あなた方が良く知っている国は……隣の超大国に併合されました」
「併合ということは、戦争で負けて敗戦国として占領されたわけではないのだろう?」
「ええ。ですが、戦闘によってではなく、圧倒的な軍事力や経済力の前に屈した形です。扱いは……植民地のようなものでした」
歴史の時間に習った、帝国の時代。列強が植民地争奪戦を行った。それが、未来でも行われたということか……。
「そこでお前は、奴隷のように働いていたということか……。では、何故お前が時間跳躍を完成させることによって、大戦争がおきたのだ?」
言い方は悪いけど……一奴隷程度が画期的な技術を発明した。それだけのように感じる。
「それを説明するためには、あの時代の人間のことを説明しなければなりません」
「もしかして……今の時代の”それ”、魔力とも関わる話か?」
「そうです。あの時代、ほとんどの人間が”それ”、いわゆるナノマシンを体内に保有していました」
”それ”の正体はナノマシン。SFなどでよく聞く、ごく微小な機械のことだろう。
「ナノマシンのおかげで、人類の死亡率は激減し、老化は鈍化。長命化が進みました」
「現在の貴族がまさにそれだな。だが、そこになんの問題が?」
「長すぎる肉体的ピークとそれに伴わない精神。大国の指導者たちは、長く権力を持ち続けようと独裁化を進めていきました」
「数人の独裁者で世界は支配されたのか……。だが、下の者たちも黙ってはいなかったのだろう?」
「はい。クーデターや反乱が頻発しました。その結果、独裁者たちは疑心暗鬼の塊になっていきました……」
信じられる他人がいない独裁者……。少し可哀そう。孤独な中、長い人生を送るのは苦しいだろう……。
「その猜疑心にまみれた独裁者のもとに、時間跳躍技術の情報が届いたということか」
「はい。開発した私ですら、時間跳躍の結果起こることを把握できていませんでした。独裁者たちの心情は解りませんが……全てを恐れたと思います」
「独裁者たちは自分自身すらも恐れたと?」
「今の自分は、本当に自分自身の考えで生きているのか?過去が改ざんされ、今の自分があるのではないか?と考えたのではないでしょうか」
「そして……狂ったということか……」
この話を聞くと……お兄様にも責任なんてないと思う。不幸に不幸が重なった結果、世界が崩壊した……。ただそれだけだ。
「はい。そこからは早かった……。私が開発を成功した次の日には、世界は滅んでいた……」
「核兵器のようなものが使われたのか?」
「はい。独裁者のだれかが、発射してしまった……。それを察知した他の国も、当然発射した……。世界は滅びました」
”世界は光に包まれた。大地は抉れ、海や川は干上がり、光の後には淀みが残った”ということか……。
きっと……壮絶な状況だったのだろう。
「お兄様はどうやって生き延びたのですか?」
「私のいた研究施設は地下深くにありました。同様に、地下にいた人々は難を逃れました……」
「その後は……どうなったのだ?」
「わかりません。私はすぐに最低限の情報を集め、過去に飛びました。あなた達の存在を消すために……」
これで、私たちの現状につながるのか……。でも、タイムパラドクスは何故起きないのか?
「お兄様の状況や起きたことは理解できました。ですが、なぜ世界は救われなかったのですか?」
「ここからは推測になってしまいますが……未来が分岐したのだと思います」
「私たちがいる未来と、私たちがいない未来ってことですか?」
「はい。そう考えれば……失敗したことにも説明がつくと思います」
お兄様は私たちがいる未来か……。なら、私たちがいない未来は救われたのかな……。
いや、きっと私がいなくても技術は進歩して、遅かれ早かれ同じ結末に向かったんじゃないかな……。
そんな風に考えてしまう私は……ひねくれているのかもしれない。
「そういえば、お前が過去に戻った時は、お前の肉体のままだったのか?」
「はい。転生という形ではなく、転移という形でした」
「では、今私たちが転生しているのは何故だ?」
「これも推測になってしまいますが、過去は確定していますが、未来は確定していないからだと思います」
「先ほど言っていた、分岐した未来のような話か?」
「そうですね。なので、揺れ動く可能性の中で、肉体を失ったのだと思います」
ほぼ一方通行の時間跳躍技術。もし平和が維持されていても、普及はしなかっただろう……。
だけど、世界は滅んだ。もっと、人々がわかりあえる世界なら、結果は違ったんだろうな。
「では、何故この国に転生させた?」
「この土地が最終戦争の被害が少ない地だったからです」
「では、私が皇族に、なっちゃんがマリアに、お前がハインリヒに転生したのは、お前の意思か?」
「いえ、時間跳躍で指定できるのは、場所と時間だけです。場所も、未来へ送ったためなのか、ズレが生じてしまいました」
「そうか。なら、私が聞きたいことは以上だ」
「私もです。状況は把握できました」
だいたいの事情は把握できた。もし、他にも聞きたいことがあれば、別の機会でいいだろう。
「この話をした上で、あなた達に聞きます……。私は、どうすればいいでしょうか?」
死を要求すれば頷くであろう意思を感じる。お兄様は……断罪して欲しいのだろうか?
でも……その罪とは?世界の破滅のきっかけを作ったこと?それは結果であって、お兄様に悪意はない。
私たちをこの時代に飛ばしたこと?殺人とも思えなくもないけど……私たちは生きている。別人ではあるが。
私たちの人生を狂わせたこと?結局、マコト君と夏美の時と同じ、結婚というレールが用意されている。
姿形や状況は変わってしまったけど、やり直す機会は整えてくれてあった。お兄様によって。
だから私の考えは、以前と変わらない。
「以前も言いましたが、お兄様はお兄様です。貴方の思うままに生きればいいと思います」
「私も、色々と思うところはあるが……お前の思うように生きろ。ハインリヒ!」
お兄様は泣き崩れてしまった。その後、涙が止まった後のお兄様の顔は、とても綺麗だった……。




