第44話 デビュタントボール2
ワルツの演奏が始まる。
フリードリヒの差し伸べる左手に、私の右手を重ねる。
その右手を横に開き、左手をフリードリヒの二の腕に置き、フリードリヒが右手を脇の下に添える。
前世で言う、クローズドポジション。ダンスの基本的な形だ。前世であれば、だが……。
周囲からざわめきがおこる。それはそうだろう。
この世界では、リード側が相手の腰に右手を回し、フォロー側は左手を垂れ下げる。
少しの違いだが、動きの躍動感や、表現力は全く変わってくるだろう。
「マリア、練習の成果を見せてやろう」
私たちは、LOD(反時計回り)方向に踊りだす。
基本に忠実に、確実にステップを刻んでいく。私と違い、フリードリヒはダンス初級者だから。
だけど、フリードリヒはリードを買って出た。男のプライドってやつだろう。
何回か練習で踊ったが……その時とは比べ物にならないほどに上手になっていた。
スイング(体を揺らす)やライズ&フォール(上下運動)もしっかりできている。
ターンもしっかりこなしている。そのたびに観衆から歓声があがる。
ゆらゆらクラゲのように揺れて進むだけのダンスとは違う、躍動感のある前世のダンス。
一か月でフリードリヒは完璧にものにしてしまった……。さすがだな。
フロアを一周したころ、陛下が声をあげる。
「フリードリヒ、マリアのダンスを以って、デビュタントボールの開会の宣言とする!皆、今日は楽しんでいってくれ!」
各々がフロアでクラゲダンスを始める。
私とフリードリヒは、それぞれ次のパートナーを探す。とは言っても、私たちは事前の打ち合わせで決めているけど。
私はレオン、フリードリヒはローズ。当然みんなは前世のダンスを練習してくれてある。
会場中の視線が、生徒会メンバーのダンスに集中したのは言うまでもないだろう。
そして、次が本番。フリードリヒがイザベル様をダンスに誘ったのを確認し、私はお兄様とダンスを始める。
当然のことだが、イザベル様はフリードリヒのステップについていけず、ばたばたしている。
私とお兄様は完璧なダンスを披露する。イザベル様の挑戦状への回答だ。
少し可哀そうに思えるが、ここでプライドをへし折らないと、いつまでも絡まれ続けそうだから……。
私は打ち合わせ通りの相手と踊り終えたため、逃げるようにフロアから去る。
ダンスも重要だが、挨拶回りはもっと重要だ。ずっと踊っていては、挨拶の時間が無くなってしまう。
そのため、まずは陛下のもとに向かう。デビュタントボールを主催してくれた感謝を伝えるために。
陛下は多くの人に囲まれていたが、私を見つけると道を空けるように指示してくれた。
陛下の前で、カーテシーを行う。
「陛下、この度はこのような素晴らしい舞踏会を開いていただき感謝いたします」
「我のほうこそ、そなたには感謝しているのだ。もっと我が儘を言ってもらいたいぐらいだ」
感謝?フリードリヒの立太子に必要だから?
「不思議そうな顔をしているな。息子を人間にしてくれた感謝だよ」
威厳に満ちた顔から、母の顔に変わる。謁見の時のように。
「フリードリヒは元々人間でしたよ?私はなにもしておりません」
「そうだな。人間ではあったが、人間らしくない人間だった。そなたと出会う前まではな……」
「以前おっしゃっていた話ですか?」
「そうだ。そんな息子が、今ではそなたのネックレスを作るために方々を駆け回っているのだからな」
「このネックレスですか?やはりいろいろ手を回してくれていたんですね……」
首元のネックレスに優しく触れる。フリードリヒに感謝しながら。
「その石はなかなか手に入らんからな。いくつかの商会に頼んでかき集めていたな」
「そうだったんですね。大切にさせて頂きます」
「そうしてやってくれ。今後もフリードリヒを頼む。またなにかあったら執務室まで来てくれ」
そう言い終わった陛下の顔は、また威厳ある皇帝の顔に戻っていた。
そして、私は近くにいた男性にカーテシーと共に声をかける。
「ヴォルフガング皇配陛下、ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。マリア・フォン・ナッサウと申します」
ヴォルフガング・イストリアス・カージフ。皇帝陛下の旦那様。フリードリヒのお父様。
アーティラ公爵家出身で現当主の従兄にあたる。イザベル様の言うしきたりの典型的な例だ。
あまり表にでることはなく、皇帝陛下の裏方を任されている。
なので、私はこの場で会うのが初めてだった。いや、お互い忙しくてね……時間がなかったんですよ。
「初めましてだね。フリードリヒがお世話になっているようで」
「いえ、こちらこそフリードリヒには頼りっきりで……」
「あいつは素直に人を頼るタイプではないからね。自ら頼られに行くような奴だ。さすがに心配になるよ」
皇配陛下はもっと暗い人だと、勝手に思い込んでいた。
裏方に徹する人なので、あまり人付き合いが好きではないのかと……。
「すいません。私ももっとしっかりして、フリードリヒの負担にならないように頑張ります!」
「君は今のままで大丈夫だよ。あいつに格好つけさせてあげなさい」
「えっ、でもフリードリヒも大変では……?」
「惚れた女の子のために頑張るのが苦になるわけないよ。ただ、あいつが本当に困っていたら助けてあげて欲しい」
惚れた……あらためて人からそれを指摘されると、とても恥ずかしい。けど、嬉しい。不思議な気分。
「わかりました!フリードリヒが困っていたら、私が頑張ります!」
「ははは、あいつが惹かれているのがなんとなくわかるね。また、機会を作ってお話しようね」
そう言って、手をひらひら振って、去っていった。
ほんと、実際に話してみると違うものだ。まるで、近所のお兄さんみたいなノリだった。
さて、次からが問題だ……。きっと歓迎されないだろうから……。
気が乗らない心を奮い立たせ、ある女性たちに向けて歩き出す。
陛下と同じ色の髪の毛の女性たちを発見し、カーテシーの後、声をかける。
「エルヴィーラ殿下並びにエルフリーデ殿下。マリア・フォン・ナッサウと申します。お見知りおきの程よろしくお願い申し上げます」
ストレートロングの女性がエルヴィーラ・イストリアス・カージフ第一皇女。私の六歳年上。
次期皇帝の筆頭候補。ただ、フリードリヒと比べると……能力的にね……。
そして、ミディアムウェーブの女性がエルフリーデ・イストリアス・カージフ第二皇女。私の四歳年上。
次期皇帝候補二番手。やっぱり、フリードリヒと比べると……。どちらも魔力は皇族級なので問題はないだろうが。
さて、お二人はどうでてくる?




