第32話 大図書館で
私とフリードリヒは大図書館に向かう馬車の中にいた。
入学一週間前、生徒会での開校準備も終わったため、入学まではお休みとなった。
そんなわけで、行きたかったけど行けずにいた大図書館に行くことにした。
「マリア、別邸に寄らなくていいのか?」
「ええ。今日は貴方の公務もない日。せっかくなので丸一日一緒にいたくて……駄目ですか?」
「駄目じゃない……。だが、君に気を遣わせてしまったようだ」
ハインリヒが照れている。最近は、いろいろな発見があった。
公の場や仕事中は皇子として振舞うことを徹底しているが、二人きりの時は素直に感情を表してくれる。
それに、天才なのだと思っていたが、そんなことはなかった。
皇族としての英才教育と、わからないことをそのままにしておけない負けず嫌い。努力の人だ。
転生しても根の部分はマコト君なんだな……。
「それにしても、城で生活してもらったままだがいいのか?」
「私のほうこそ、お世話になってしまい申し訳なくおもっています」
私は仮住まいだった部屋をそのまま与えられ、準皇族のような扱いを受けている。
保守派の貴族や他国の謀略から守るため、という名目だ。
実際は、私の魔力を手元に置いておきたい国と、家族に害が及ぶことを恐れた私の利害の一致なのだが。
「着いたようだな。久しぶりに来たな」
「私は遠目でしか見たことがありませんでした。大きな図書館ですね」
「そうだな。だが、ここの利用者の多くは貴族や上流階級の平民だけだ」
「識字の問題ですよね……。いずれは手を付けたい問題ですね」
「そうだな。そのための魔法学校プロジェクトでもあるからな。これが軌道に乗れば……平民向けの学校も検討していこう」
とても難しい問題だろう。家業の手伝いに忙しい子供を学校に通わせることになる。
労働力が減ることになる。そうなれば、税収も落ち込むことになるだろう。
貴族の反発も免れない。税収減だけでなく、学がある民は扱いづらくなるからだ。
立派な建物のわりに閑散としているのを寂しく思いながら、館内に進む。
フリードリヒの顔を確認した司書が、お探し物は?と声をかけてきた。
「マリアはどのような本を読みたいのだ?」
「皇城の蔵書に無いものを探しています」
「では、ティエラ教関連の書だろうか」
その話を聞いていた司書に案内され、宗教関連の本が並べられたエリアに到着した。
歪み無く並べられた多くの本棚に、年代ごとに整理された本が綺麗に並べられている。
「私もティエラ教絡みの本は読んだことがなかったな。これなんて面白そうだ」
年代順によると、かなり昔の本のようだ。タイトルは創世記。なんとも宗教系らしいな。
その本を読書用の机に持っていき、二人で読むことにした。
開いた本を読むために椅子を寄せ、肩が触れ合う距離で腰を下ろす。
「マリア……近くないか?」
「離れていては本が読めません」
「では、私は別の本を持ってくることにしよう」
そういって席を立とうとするフリードリヒの袖をつかんで止める。
「せっかくのデートなんですよ?一緒に読みましょ?」
「デート……。そうだな……」
観念したフリードリヒが再度腰を下ろす。触れ合う肩にぬくもりを感じる。
逃亡を阻んだ私は、本の内容に目を向ける。
”世界は光に包まれた。大地は抉れ、海や川は干上がり、光の後には淀みが残った。”
「この表現っておかしくないですか?」
最初の一文を読んでいた私は、フリードリヒに問いかける。
「確かにおかしいな。創世記というタイトルなら、最初はなにもない所から創世が始まるべきだろうな」
「ですよね。これでは元から大地も海もあったような書き方ですね」
”これを悲しんだ神は、地上に多くの使徒を降臨させた。”
”光に怯え、淀みに苦しみ、地に潜っていた人々は、使徒の尽力で地上に戻る決意をする。”
”ある使徒は農業を教え、またある使徒は建築を人々に教えた。”
”役目を終えた使徒たちは天へと還り、残された人々は安住の地を探し、彷徨った。”
「やっぱり人間も元々いたんですね。その人たちが散らばって、今のような国が出来ていったってことですか?」
「そうだろうな。もっと言うと、使徒様というのも人間のように感じるな」
「ある分野の知識や技術を研究していた人ということですか?」
「そうだ。地下に潜って生きながらえていた人々の中に、知識を劣化させないように継承していた人々がいたのではないだろうか」
「世界が光に包まれる前には、高度な文明が存在していたということですね……」
この本の内容が真実を伝えているのならば、その可能性は非常に高い。
ということは、光というのは世界を破壊させるほどの兵器だったということ……。
考え込んでいる私を見て、フリードリヒがほほ笑む。
「とても懐かしい気分だ。前世では、いつも立場が逆だったが」
「図書館で勉強をしていたのですか?」
「ああ。とある女性に教えてもらうばかりだったが……。今は私がマリアに教えることが出来ているんだな」
そうだった。私はマコト君=フリードリヒということを知らないことになっているんだった。
あの頃は、次のテストこそ絶対に勝つ!なんて言っておいて、私に勉強を教えてくれって頼んできてたな。
私と違ってこの人は、ずっと努力し続けてきたんだな……。
その後も、何冊かの本を読んでみたが、興味深い記述は見つからなかった。
そろそろ日が暮れ始める時間になり、大図書館を出て、馬車に乗り込む。
「デ、デートが図書館でよかったのか?服屋や宝飾店を回ったりとかでもよかったんじゃないか?」
「貴方にゆっくりしてもらいたかったので。それに静かに二人で過ごすのも素敵だなって思いました」
「そうか……。私も有意義な休暇になった。ありがとう、マリア」
馬車に揺られながら、緩やかな時間が流れる。
これまでの忙しない毎日とは違う、穏やかな時間の使い方だ。
フリードリヒは、明日から入学前日まで公務の予定が詰まっている。
今日のデートが息抜きになってくれていれば、私も嬉しい。
皇城に着いた馬車から降りた私たちは、部屋に向かって歩いていた。
「明日からの公務、頑張ってください」
「ありがとう、マリア。次に会うのは、入学の日だな」
「はい。一緒に登校しましょうね」
「ああ。……また君と一緒に学校に通えるとはな」
「……?何か言いました?」
「いや、おやすみと言っただけだ」
「はい。おやすみなさい」
それぞれの部屋に向かうため、挨拶を済ませて別れる。
部屋に着いた私をにやけ面の侍女が迎える。
「デートは満喫できましたかぁ?お嬢様ぁ」
「ええ。とても有意義なデートでした」




