閑話 幼き日
私、ハインリヒ・フォン・ナッサウは、前世の記憶を持っている。
本当なら転移、前世の身体を持ってきたかったのだがな……。
それが出来なかったため、あの二人より少し早く生まれるように調整した。
あの二人の転生体を探し当て、前世の償いをする。
このためだけに、私は転生した。なので、周囲の人間とは深くかかわろうとしなかった。
「ハインリヒちゃんって賢いのだけど……厭世的というか、達観してるというか……」
「そうだな。だけど大丈夫だろう。あいつももうすぐお兄ちゃんになるんだから」
「そうよね。弟か妹が出来れば変わるかもしれないわね」
私のことを心配し、母様たちはよく話し合っていた。
多少の罪悪感を感じつつも、私の心は変わらなかった。
目的を、贖罪を果たせば捨てるかもしれない命だ。余計な情はいらないと……。
だが、その考えが変わってしまうような出来事が起きた。母様たちの思惑通りに。
「サンドラ様!元気な女の子ですよ!」
「ええ。私やハインリヒに似て黒髪黒目なのね。またディートリヒが嫉妬しそうだわ」
マリアが産まれた。
前世の私に兄妹姉妹はいなかった。初めての妹だった。
必要以上に関わるなと自分の心にブレーキをかけた。だが、無理だった。
愛らしく、利発に成長していく妹の姿を見守るのが生きがいになっていた。
――――――
貴族の成長は早い。私が六歳、マリアが三歳になったころには、二人で街に遊びに行くことも増えた。
当然、こっそりと護衛がついている。安全を確保したうえでの散策だ。
両親の影響もあるだろうが、マリアは貴族や平民といった考えが疎いようだった。
露店の食べ物を平気で頬張り、平民の子供たちに混ざって遊ぶ。
およそ貴族らしからぬ行動だった。その様子は、街の人々から好意的に映ったようだ。
私もマリアの振る舞いに夢中だったのは言うまでもないな。
――――――
およそ二年後、ナッサウ家を揺るがす大事件が起きる。
私とマリアはいつものように街に出ていた。
だが、その日は街の雰囲気が少しおかしかった。ピリピリしていた。
領都エイゴスは基本的に治安が良い。なので、このような緊張感が漂っていることは少ない。
何事かあったのだろうか?街の人々に話を聞いてみることにした。
「なんでも、どこぞのお嬢様を後ろ暗い人たちが追いかけてるらしいよ」
「え?俺が聞いた話だと犯罪者を追いかけてると聞いたんだが?」
様々な噂が流れているようだった。それを聞いて、マリアに屋敷に戻ることを提案した。
護衛もついているし大丈夫だろうが、念のためだ。
だが、マリアは聞き入れなかった。
「女の人を寄ってたかって追いかけまわすなんて許せません!」
その女性が犯罪者かもしれないと説明しても、マリアは頑なに食い下がった。
仕方なく散策を続けることになった。後々、その判断を後悔することになるが……。
しばらくは普段通りに歩いていたが、急にマリアが路地裏に走り出した。
遠くから喧噪、いや、争うような声が聞こえてきたからだ。
私より頻繁に街に繰り出していたマリアは、路地裏まで熟知していたのだろう。
遥かに足の速い私ですらついていくのがやっとのスピードで、マリアは突き進んでいく。
しばらくして、争う声や音が止んだ。
それでも止まらない所か、さらにスピードを上げたマリアが見えなくなった。
なんとか追いついた私は、目を疑った。
血を流して倒れているマリア、羽交い絞めにされた女、取り囲む有象無象。
狂気に取りつかれた私は、隠し続けてきた魔法を躊躇なく使い、有象無象に飛び掛かった。
護身用に持たされていた剣で、一人また一人、斬り殺していく。
最大まで身体強化された私に、ただの人間が敵うはずもない。一方的な虐殺だった。
女を羽交い絞めにしていた男は、あまりの恐怖に腰を抜かしていた。
その男を斬り、あたりは静かになった。あの囚われていた女の事など忘れ、マリアに駆け寄った。
「マリア!なんでこんな無茶をした!?」
すでに声すら届かないほどに衰弱しているマリア。
私は、体内の”それ”を手首に集める。そして、手首を切り裂いた。
おびただしい程の出血が、マリアの傷口に降り注ぐ。ダメ押しに手首を傷口に押し付ける。
マリアの顔色が戻り始めた。
私も、残り僅かな”それ”を手首に集め、傷の修復を急ぐ。
傷もほとんど治り、落ち着いてきたころ、女の事を思い出した。
私と目が合った女は、我慢の限界に達したようで意識を失った。
追いついてきた護衛たちに後始末をまかせ、マリアを背負い屋敷に帰った。
――――――
屋敷に戻った私は、母様たちから説明を求められた。
あの惨状だ。あまり多くは隠しておけない。ある程度の秘密を打ち明けた。
魔法が使えたこと、不思議な記憶を持っていること。
魔法が使え、武術の心得が記憶としてあるのなら……あの虐殺も可能だから。
そこで一つ問題が起きた。魔法使用の目撃者が一人生き残っていること。
目覚めたあの女、アマラに私たちだけで話し合いに行った。
アマラの口から語られた彼女の事情。
これは使えると思った。母様にいくつかのことを頼む。
ドーナ家とフンボルト家の縁談に介入し、白紙に戻させた。
アマラから被害にあった者たちに損害を補償し、穏便に解決するよう求めた。
魔法使用の口止めをしつつ、選択肢を与えた。実際は、選択肢などないだろうことを見越して。
恩義を感じていたアマラは、迷うことなくナッサウ家で働くことを選んだのだった。
――――――
失血とショックで三日ほど寝込んでいたマリアが目覚めた。
だが、マリアは刺されたこと、前後の状況を覚えていなかった。
あまりの痛みと恐怖で記憶を閉ざしたのだろう……。
元気になった後、マリアは屋敷から出たがらなくなった。記憶は失っていても、本能的に恐怖を感じているのだろう。
その様子に、私は今まで以上にマリアを溺愛し、アマラは歪な忠誠心を深めていった。
――――――
しばらくしたころ、私はあることに気付いた。
マリアの口にする言葉の中に、この時代にはないはずの物が含まれていることに。
すっかり頭のおかしい侍女に成長していたアマラに、マリアの話を聞く。
訝しがりながらも、アマラも不思議に思っていたようで、様々な情報が得られた。
特に重要だと思ったのが、不思議な夢の話だった。
今までマリアから聞いた夢の話を全て話させた。そして、確定した。
夏美さんだ。こんなにも近くにいたなんて……。
嬉しい気持ちもあった。兄として面倒をみてきた。それは贖罪だと。
だが、苦しくもあった。前世の記憶を産まれてすぐに持っていた私にとっては……。
今世は前世の延長線上にあると認識している私は、妹が美しく育っていく様を見て、兄妹以上の想いがあった。
私のやることは決まっている。真さんを見つけ出し、夏美さんと結ばれるように仕向けること。
だが、マリアを手放すのが……自分以外の男の隣でほほ笑むマリアを見たくない……。
相反する気持ちに苛まれながら、私は成長していった。
そして、様々な情報を手にした私は、真さんの転生体候補を二人に絞った。
皇帝か第一皇子。年齢を考えると第一皇子が有力だった。というより、ほぼ確定だろう。
だが……、皇帝が真さんだったら、真さんが女性であれば。マリアを手放さなくて済むのではないか?
そんな、どす黒い考えを心に秘めていた……。




