第23話 伝統と改革の天秤
会議場には、すでに人が集まっていた。
宰相ベンヤミン・フォン・メクレンブルク。
長年にわたり帝国を支えてきた名宰相。沈着冷静で目端が利く。
他にフリードリヒ様、クリームヒルデお祖母様、エックハルトお祖父様。
そして私、ハインリヒ。
エリーザベト陛下の到着を待つ間に、殿下がマリアの魔力について説明をしている。
「マリアちゃんの魔力がそこまであったなんて。別邸では危ないわね……」
「ああ。領都の屋敷ならまだしも、別邸は守るには向いていないのう……」
お祖母様たちも状況を理解できているらしいな。
「皆、待たせた。状況はフリードリヒから聞いているな。マリアの処遇について話し合いたい」
「まず、陛下はどのようにお考えですかな?」
宰相閣下の声は低く、それでいて鋭い。国を長年背負ってきた貫禄だ。
「我としては……フリードリヒとの婚約を考えている」
当然そうなるだろうと思っていた。というより、そう導いたつもりだ。
「母上!私は反対です!」
「フリードリヒとしては、これはチャンスだと思うが?逃せば次は無いと思うぞ?」
「それはわかっています!ですが、マリア嬢の気持ちを無視しての婚約は認められません」
「では、クリームヒルデ。そなたは?」
「ナッサウ家の先代当主として考えれば、喜ばしいことだと考えます」
「そなた個人としては?」
「わかりません。殿下とマリアちゃんが出会ったのも昨日のことですので」
「そうだな。ではエックハルトは?」
「私も妻と同じ考えです。ここは現当主であるサンドラが決めることかと」
「そうだな。サンドラをまずは帝都に呼び戻そう」
そう言って、人を呼ぼうとした陛下を止める。
「それには及びません。すでに母上には早馬を飛ばしてあります。緊急と書いた文を持たせております」
「ハインリヒ、行動が早いな。そなたはこの事態を想定していたのか?」
「ある程度は。私の妹なので、もしかしてと準備しておりました」
実際は、魔力測定が始まる前に早馬は出発していたがな。
「そうであったな。そなたも皇族級の魔力保持者だったな。ナッサウ家にはなにかあるのか……?」
苦しい言い訳であったが、一応は納得しただろう。
フリードリヒ様だけはまったく納得していないようだが。
「して、一番状況を理解していそうな、そなたの意見も聞きたい」
フリードリヒ様、いや、真さんには悪いが……押し切らせてもらう。
「私は賛成です。マリアにとってもフリードリヒ様にとっても、最良だと思います」
「ハインリヒ!お前……」
「フリードリヒ!少し黙っておれ」
とりあえず、今のところはいい流れだ。あとは……宰相閣下か。
彼の意見はかなりのウェイトを占めるだろう。はたして……。
「今までの話を聞いて、ベンヤミン、お前はどう考える?」
「サンドラやマリア嬢本人の考えを聞いていない以上、答えづらいですな」
「それでは聞き方を変えよう。宰相、お前はどう考える?」
「ずるい聞き方ですな、陛下。ですが、直答はしかねますな」
「その理由は?」
「メリットとデメリット。どちらから聞きたいですか?」
「では、メリットから頼む」
「はい。まずは強大な戦力を手元におけることです」
「宰相!その言い方はマリア嬢を兵器として見た言い方だ!撤回しろ!」
激昂したフリードリヒが吠える。
「殿下、為政者としては避けられぬことです。貴方もわかっておいででしょう」
殿下は苦々しさを飲みこんで、黙り込んだ。
そして、続きを促す。
「なにより殿下の立太子の可能性が高まります」
「そうだな……。では、デメリットは?」
「国が割れる可能性があります。皇女派と皇子派に」
まず間違いなく対立が起こるだろう。
保守派と改革派。現状では保守派が優勢になるだろう。
「そうだな。後継問題は頭が痛くなる問題だな」
「戦になるとは申しませんが、どちらが勝ったとしても遺恨は残るかと……」
「ままならぬものだな。最善の一手であっても、それを歴史と伝統が邪魔をする」
たぶんだが、陛下はすでに決めているだろう。
殿下とマリアの婚約を。痛みを伴う改革を……。
「今回ばかりは我が帝国の伝統を恨んでしまいそうだ。選帝侯という制度も含めてな」
大国の歴史を塗り替える。面白い。
やりきってやろうではないか!私の贖罪を……。
「皆の意見はわかった。最終判断はサンドラの到着を待つつもりだ。それまでは、マリアにこの話は伏せておくように。解散」
『ハッ』
各自、部屋を出ていく。が、納得いっていないフリードリヒ様に呼び止められる。
「ハインリヒ、私は言ったはずだ。マリアと私の新しい関係を築いていくと」
「はい。だからこそです。貴方もマリアも、前世とは立場も環境も違うのです」
フリードリヒは黙り込んでしまう。
「それに、貴方の夢は、民を豊かにすることでしょう?そのために皇帝を目指すのでしょう?」
「そうだ!だが、マリアは……なっちゃんはそれで幸せになれるのか!?」
「それは私が決めることではないですよ。幸せに出来るか、出来ないかは貴方次第ではないですか」
「そう……だな。私は逃げようとしていたんだな。私の夢からも、マリアと向き合うことからも……」
覚悟を決めた顔で、フリードリヒは、殿下は宣言する。
「私は皇帝になる!そしてマリアを幸せにする!走りぬいてやる。だが、また私が迷ったら、道を示してくれるか?」
「私でよろしければ。ですが、貴方ならもう迷うことはないのでしょうね」
二人は強く手を握りあった。
――――――
別邸に戻ったハインリヒは部屋で一人考えていた。
これで真さんの気持ちは決まっただろう。母様も反対はしないだろう。
問題は夏美さん、いやマリアの考えが読めないことか……。
記憶を取り戻して、もっと取り乱すと思っていたが……。
女心は難しいってことか?




