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閑話 アマラが侍女になった日

 私はアマラ・ツー・ドーナ。

 ドーナ女爵家の三女として生まれた。

 ドーナ家は平民であった母が、魔力を発現させ貴族として叙された新興貴族だ。

 平民から貴族に成り上がった母は、権力欲の塊のような人だった。

 そんな母からの教育は、常に厳しく、とても恐ろしい物だった。

 継承順位も低い私は、家を継ぐ可能性は低いだろう。なら何故ここまで厳しいのだろう?

 その答えの一端が見えたのは、今から七年前。私の魔力測定の時だった。


――――――

 

 ドーナ家は東部の辺境部にささやかな領地をもつ、いわゆる弱小女爵家だった。

 魔力測定のためにリューネブルク侯爵領に私を連れてきた母の目には、侯爵領の広大さや豪華さばかりが映っていたようだ。


「羨ましい……恨めしい……なぜ我が家はこんなにも小さいの……貧しいの……」


 馬車の中で母は、うわごとのようにつぶやき続けていた。

 聖堂に着き、測定の準備をしている私に、母はこう言ってきた。


「お前には多くの魔力が宿っているはず。期待している」


 その時の母の目はとてもおぞましかった。私を見ているようで、私を見ていなかった。

 その言葉も予言などではなく、願望や妄執のようなものだっただろう。

 だが、奇跡が起きた。いや、起きてしまった。


「アマラ様の魔力は子爵級でございます!」


 一階級上の魔力保有量だった。それも新興女爵家で。

 周囲はみんな祝福してくれた。一人を除いて。

 母は喜んでいた。とても良い道具が手に入ったと……。


――――――

 

 領地に戻った私は、母の指導のもと、着々と魔力の運用を覚えていった。

 姉さまたちを差し置いてまで、私の教育に力を入れ始めた母。

 その時の私は、考えが甘かった。次期当主に指名されるのだろうか?程度にしか考えていなかったからだ。


――――――

 

 およそ一年後。私が十三歳になった頃、私の人生の分岐点が唐突に突き付けられた。

 母の執務室に呼ばれた私は、愕然とした。


「お前には隣領のフンボルト子爵夫人と結婚をしてもらいます。出立は三日後です」


 フンボルト子爵家は、十年ほど前に当主であった子爵が野盗に襲われ、亡くなられている。

 そのため、子爵夫人が代理当主という形をとっている。

 運の悪いことに、子爵と夫人の間には息子しか生まれなかったため、正式な当主は空位のままだ。

 夫人は子爵のことを愛していたため、再婚の勧めを断り続けていたのも事態を悪化させていた。

 そこに母は目を付けたのだ。

 私の十歳の記念パーティで、私の姿に亡き子爵の面影をみた夫人は、再婚を了承した。

 私が嫁げば、すぐにでも当主の座につくだろう。子爵級の魔力を持っている私ならば。

 そして、母は同じ血筋なのだからと、合法的にフンボルト家とドーナ家の合併を申し出るのだろう。

 だが、妄執に取りつかれている母は、大事なことを見落としている。

 家格が上のフンボルト家がドーナ家を併合することはあっても、逆はないということを。

 なにより、私は三十も歳が上の男性と結婚するなどまっぴらごめんだ。

 私は、輿入れの馬車から逃亡した。


――――――

 

 いくつかの領地を流れ、ナッサウ領にたどり着いた。

 輿入れで持たされたいくつかの品を売りながらしのいできたが、もう手元には何も残っていなかった。

 仕方なく職を探そうにも、貴族として育てられた私が、平民の仕事をして慎ましやかに生活するのは許せなかった。

 そこで私は、自身の美貌と護身のために鍛えた武術を使って荒稼ぎしようと考えた。

 娼婦のように男性を誘い込み、殴り飛ばして金を巻き上げる。

 今考えると、恐ろしく無謀だったと思う。

 だが、このやり方は思った以上に上手くいった。

 私の美貌は平民を手玉に取り、私の武術は身体強化の魔法と相まって、大男ですら簡単にねじ伏せた。

 最初の頃は、労働者階級の平民しか狙わなかった。被害を訴えても大した調査は行われないだろうから。

 だが、気をよくした私は、どんどん大胆になっていった。

 小金稼ぎに飽きてきた私は、町の有力者や商人を狙うようになっていった。


――――――

 

 しばらくは上手くいっていた。

 だが、終わりは突然訪れた。

 私の被害にあった男たちは団結し、金を出し合って制裁を依頼した。

 町の暗部、ナッサウ領がいかに栄えていようとも存在する、後ろ暗い者たちに。

 追っ手をかわしながら逃げ続けた。

 いつの間にか領都エイゴスにまで来ていた。


――――――

 

 しばらく領都に潜伏していたが、どんどん状況は悪くなっていった。

 外に抜ける門には常に監視の者たちが目を光らせており、領都から出ることが出来なくなった。

 包囲の網はどんどん狭まっていった。

 そしてついに、私は追い詰められた。

 路地裏に逃げ込んだ私は、大勢の追跡者たちに囲まれてしまった。

 十人程まではどうにかなった。だが、包囲を突破する前に私は力尽き、倒れてしまった。

 羽交い絞めにされ、無理やり立たされた私の前には、鋭利な刃物をもった男が立っていた。


「恨むなら今までの自分の行いを恨めよ?じゃあな」


 男が刃物を私に突き立てようとした瞬間だった。

 私を捕らえたことで油断していた囲みの外から、一人の少女が飛び出してきて、私の代わりに刃物を腹部で受け止めた。


「私たちの……街で……このようなこと……許しません……」


 息も絶え絶えな様子でも気丈にふるまう少女を追ってきた一人の少年が、鬼の形相で囲んでいた追跡者たちを虐殺していく。

 すべての敵をあっという間に殲滅した少年は、少女のもとに駆け寄った。


「マリア!なんでこんな無茶をした!?」


 マリアと呼ばれた少女は、すでに声も出せないほど衰弱していた。

 少年はなにか呟いた後、自身の手首を切り裂き、その手首を少女の腹部に押し当てた。

 信じられない光景だった。マリアという少女の出血も、少年の手首の出血も止まっていた。

 気を強く持って保っていた意識も限界に達し、私は意識を失った。


――――――

 

 私はナッサウ家の屋敷のベッドで目を覚ました。

 事情を聴かれた私は、私の境遇、犯した罪、結果起こったことをすべて話した。

 裁かれるのを覚悟していた私に与えられたのは、ナッサウ家による保護だった。

 フンボルト家との縁談は白紙に戻され、被害にあった有力者には、ナッサウ家から損害の補填が行われた。

 私には、選択の自由が与えられた。家に戻るのも、市井で生きるのも、ナッサウ家で働くのも。

 なにも迷うことなどなかった。私は様々な知識を学び、腕を磨いた。

 お嬢様に、ハインリヒ様に、ナッサウ家に、命を懸けて仕えようと。

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