第10話 パーティーという名の戦場
襲撃後は順調に馬車は進み、夕刻前にハイネスブルクに到着した。
門兵や街の人たちからの視線が馬車に、いや馬車の上の男に集まっていた。
そりゃあ目立つよね。私だって間違いなく二度見するよ。
――――――
ほどなくして侯爵邸に到着した。
屋敷の前には執事と数人の使用人が待機していた。
今までの家では家人総出で出迎えてくれたのでその差に驚く。
「さすがに侯が直々に出迎えるとは思っていなかったが……」
「ここまで露骨に冷遇するのは……いっそ潔いですね」
「お馬鹿さんに礼節などないのですよ!」
出迎えの執事がチラチラと馬車の上を見ている。
執事も襲撃の計画は知っていただろうが、生け捕りの上に屋根に晒して連行してくるとは思ってもいなかったようだ。
「道中で賊の襲撃に遭いましたので、首魁の男のみ捕縛し、残りは処理しておきました」
執事は努めて平静を装い、生け捕りの男の対応を使用人に頼み、私たちを主人のもとまで案内した。
「本日は宿泊を許していただき、誠にありがとうございます」
私たちは頭を下げた。
正直あんなことがあったあと頭を下げるのは癪だが。
「ええ、良いのです。下の者の面倒をみるのも尊き者の使命」
ホントにいちいち鼻につくな。
しょうがないから我慢我慢。
「そんな貴方たちのために、ちょっとした歓迎パーティーを用意したわ」
いやいや、普通当日にパーティーに招待する?
しかも私は社交デビュー前よ?
まあ、公衆の面前で恥を晒させようって魂胆でしょうね。
「ありがとうございます。ですが私は社交経験もあまり無いため、お目汚しとならないよう励ませていただきます」
私の言葉を聞いた性悪侯爵はニヤリと笑った。
「ええ、良いのよ。成体前の娘にそこまで期待はしていないわ」
そう言うと席を立ち、使用人に各々の部屋まで案内するよう指示をだす。
さっきは警戒していて気付かなかったが、この屋敷の装飾や調度品は最高級の物で統一されている。
見栄を張るのもここまでくると立派に思えてくる。
案内された部屋も皇族の部屋かと思うほどに豪奢だ。
「それにしても、いきなりパーティーに出席させるなんてお馬鹿さんはルールも知らないんですかねぇ」
「さすがにルールは知ってるでしょ。でも、事前に話を通していたら私たちに準備の時間を与えるからね」
「ホントにどうしようもない人ですねぇ」
こうも挑戦状をたたきつけられては私も張り切るしかない。
完璧な淑女を演じて、小賢しい企みを叩き伏せてみせましょう!
「アマラ、スーパーウルトラ淑女に仕立てて頂戴!」
「了解しましたぁ。磨き上げさせていただきます!」
――――――
支度を済ませた私は、侍女の猛烈な愛情表現に晒されていた。
「お嬢様ぁ、私は我慢が出来ません!お持ち帰りしてもいいでしょうか!?」
どこに持って帰るつもりだよ。
いつも以上にヤバい雰囲気でハァハァ言っている。
お兄様の部屋に逃げ込もう。
部屋を飛び出したところでお兄様とばったり出くわした。
タキシードに身を包み、普段以上の色気を醸し出している。
「マリア、これはいけない。誰の目にも晒してはいけない!持ち帰ってしまってもいいか?」
こっちもか……。お持ち帰りがブームなのかな?
「いえ、駄目です。お兄様も大変お似合いですよ」
「う、うむ。ありがとう。では向かうとするか」
――――――
挙動不審なお兄様とともにパーティーホールに案内される。
中から喧騒が聞こえてくる。
なにがちょっとしたパーティーよ!
かなりの人数を集めているのは明白だった。
「マリア、緊張しているのか?」
「いいえ。やる気に満ち溢れていますわ!」
「わかっているとは思うが、侯の目的は失態を演じさせることだ。呑まれるなよ?」
「承知しています。行きましょう!」
お兄様にエスコートされ会場に踏み込む。
気分はまるで戦場に向かう兵士の気分だ。
俯くな、凛と前を見据え華のようにあれ。
臆するな、一分の隙も無い淑女であれ。
「あちらの素敵な方々はどこの家の方たちかしら?」
「まるで絵画のようなお二人ね」
口々に誉めそやしているのが聞こえる。
普段の私ならお兄様の背に隠れてしまうのだろうが、この戦場にあっては心強いエールにすら感じる。
そんな私たちを睨みつけ、不機嫌さを隠そうともしない主催者、ゲオルギーネ・フォン・リューネブルク侯爵様の下に悠然と歩いていく。
周囲の視線が集中する中、流麗な所作でカーテシーを行う。
「本日はお招きいただきありがとうございます。マリア・フォン・ナッサウ並びにハインリヒ・フォン・ナッサウがご挨拶申し上げます」
あまりの完璧さに侯爵は呆気にとられていた。
パーティーホールにいた全ての人間が見入ってしまっていた。
やっと我に返った侯爵は、不本意そうな笑顔でボソボソと喋りはじめた。
「え、ええ。今宵は楽しんでいって頂戴」
とても悔しそうな侯爵様の顔を見て、心の中でガッツポーズしてみる。
おっといけない。敵の大将は討ち取ったが、ここはまだ戦場。
淑女モードは継続だ。
――――――
その後は本当に大変だった。
私たちの周りには人だかりができてしまい、侯爵様の周りには取り巻きの方々だけ。
溢れるほどの美辞麗句。下心満載で吐き気を必死に我慢した。
あまりにも多いダンスのお誘い。「デビュタント前ですから」の一点張りで切り抜けた。
なんとか淑女モードを保ったまま部屋まで逃げ帰ることが出来た。
「アマラ、会場でほとんど何も食べられなかったから軽食持ってきて」
ベッドにゴロゴロしながら侍女に命令する。
「お嬢様ぁ、さすがにお疲れとは思いますが……まあ、今日はお小言はやめておきますねぇ」
と言いながら、予期して準備していたパンとスープを持ってきていた。
「しっかり返り討ちにしてきましたか?」
成功して当たり前というような顔で聞いてくる侍女に、私は、
「完璧!」
とだけ返し、パンを貪るのだった。




