第9話 襲撃
「マリアちゃん、ハインリヒちゃん気を付けてね!」
「叔母様、叔父様。お世話になりました。いってきます!」
ベルンの人たちにに見送られながら、馬車が動き出した。
ここに再び立ち寄るのは帝都からの帰り、一か月ほど先だ。
後ろ髪を引かれながらも馬車は進んでいった。
――――――
しばらくして、眼前に簡易的な関所が見えてくる。
国内での貴族間の戦闘は禁止されているので、関所には駐留する領兵の宿舎と簡素な木壁があるだけだ。
通行の手続きを終え、ついに他領に入った。
「お嬢様ぁ、ここからはナッサウ領ではないのでお気をつけくださいねぇ」
「フーケ子爵領ですね。ここでも一泊するのですか?」
「そうだ。女爵家や子爵家の領地では一泊ずつ、リューネブルク侯爵領とモンベリアル伯爵領は広いので二泊することになるだろう」
――――――
子爵領、女爵領を二日掛けて進んだ。
特にフーケ子爵様は隣領でナッサウ家との関係が深いため、盛大に歓迎してくれた。
ご近所付き合いは大切ということだ。
女爵領も何事もなく抜けられそうだ。
「お嬢様ぁ、お馬鹿さんの領地の関所が見えてきましたよぉ」
侍女よ、お母様に感化されすぎだ。
まだなんの実害も被ってはいないからやめときなさい。
それにしても立派な関所だ。今まで通過した二つの関所は木造だったがここは石造り。
駐留している人数も倍以上いそうだ。
「なんでこんなにしっかりとした造りなんでしょう?侯爵様と女爵様は仲が悪いのですか?」
「いや、リューネブルク侯の見栄だな。無駄なことに金をかけるなら領民に還元すればいいものを……」
お兄様、もう少しオブラートに包みましょう。
貴族がお金を使うのはいいことだ。経済が回るし、雇用も産む。
でも、方向性が間違ってるのは私も同意だ。
「さてここからはリューネブルク侯の縄張りだ。気を引き締めていくぞ」
「お嬢様は私が護るので安心してください!」
――――――
二人の気合とは裏腹になにごともなく馬車は進んでいた。
領都を出てからここまで、特になにもなかったのだし侯爵領も大丈夫だろう。
……そんな風に思っていました。
「お嬢様ぁ、思ってた以上に平和ですねぇ。襲撃の一つや二つあると思っていたんですけどねぇ」
「さすがにないでしょう。白昼堂々他家の貴族を襲うほど馬鹿では……」
この会話がフラグだったのか、馬車の周囲が騒がしくなる。
護衛隊長さんが馬車に近寄ってくる。
「馬上より失礼いたします。前方に武装した集団を発見。数は十五ほど。傭兵か野盗のようです。左右の森にも潜んでいる可能性があります」
お兄様とアマラは頷きあった。
このような状況を想定し取り決めをしていたようだ。
「まずは私が話をしてみるが戦闘となるだろう。アマラは馬車を守れ。護衛隊五人は馬車の周辺に展開し森に警戒しろ。残りの五人は私とともに切り込む。下馬してついてこい」
「お嬢様ぁ、馬車から出てはいけませんよぉ。あのような有象無象、あっという間に殲滅です!」
森の入り口まで進んだ馬車が停止し、お兄様とアマラが馬車から降りた。
私は、背を丸め、護身用の細剣をぎゅっと握りしめ、周囲の音に耳を澄ました。
「お坊ちゃんよぉ、俺たち下々の恵まれない人間のために金を恵んではくれねぇか?」
「断ると言ったら?」
「そこの別嬪のメイドちゃんと馬車の中の嬢ちゃんに相手してもらうだけだ」
うわぁ、これぞ悪者って感じのこと言ってる……。
しかも小物感がすごい。
「なぜ馬車の中に高貴な女性がいると思うんだ?」
「ん?そんな気がしただけだ。それでどうするんだ、坊ちゃん?」
ハァァ、間違いなくリューネブルク侯爵様の手先だ。
普通ここまで直接的にやってくる?お馬鹿さんにも程がある!
「話にならないな。各員抜刀!親玉以外は斬り捨ててかまわん!」
「交渉決裂だな。お前たち、女以外は殺してかまわん。いくぞぉ!」
ギャァァという叫び声や助けてくれと命乞いをしているのが聞こえる。
剣と剣がぶつかる音すらしない。一方的な展開なのだろう。
「聞いてた話とちがうじゃねぇか!なんだよ、この強さは!」
親玉の情けない声が聞こえる。
打撃音とともにグエっという声が響いた後、周囲は静かになった。
「皆、よくやった。伸びてるこの男は縄を噛ませて馬車の屋根にでも括り付けろ。それ以外は処理しておけ」
『了解しました!』
終わったらしいので顔を上げた私の視界に、凄惨な光景が広がっていた。
死屍累々な状況に息を呑む。
私もいずれこのようなことをしないといけないのか。
戦争が起これば兵器として貴族は徴発される。
貴族の義務だ。やるやらないではない。やらなければならない。
「マリア、無事でなによりだ」
「お兄様やアマラこそ、無事で安心しました」
「お嬢様ぁ、このようにおぞましい景色は見ないほぉがいいですよぉ」
ナッサウ家次期当主として、一人の貴族として、私はこれを直視しなければいけない。
「いいえ、私は目を背けません。この光景を胸に刻んでおきます」
「そう……だな。いずれマリアもこのような状況に置かれることもあるだろう。これが貴族の力への責任だ」
「はい。力ある者として、争いが避けられるよう努力します。ですが、避けられなかった場合は躊躇しません」
お兄様は悲しそうな顔をしながらも、力強く頷いてくれた。
「それにしてもお馬鹿さん、やってくれましたねぇ」
「ああ。だがさすがに侯爵家とこれのつながりを示す証拠は出てこないだろうがな」
と、お兄様は馬車の天井をコンコンと叩く。
「でしょうね。ですが、リューネブルク侯爵様へのいい手土産になるんじゃないですか?」
「マリアも強かになったな。これで侯も少しでもおとなしくなってくれればいいんだがな」
「お馬鹿さんは死んでもお馬鹿さんですよぉ。きっと」
三人で笑いあいながら、馬車は進んでいく。
もうすぐリューネブルク侯爵領領都ハイネスブルク。
どうなることやら……。




