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第96話 未来の形

「私には、前世の記憶があります。この時代で言うところの、旧文明時代の記憶が……」


 イザベルさんは、困惑と不審が同居した顔で質問をしてくる。


「前世というのは、輪廻の考え方で言う前世……?そして、栄華を誇ったとされている旧文明ですの……?」


 当然の疑問だろう。私だって、体験してなければ信じない。冗談にしか聞こえない。

 でも……真実なのだ。信じてもらえるよう、真剣な声と表情で話を続ける。


「はい。技術が遥かに進んでいる時代には、王侯貴族はいません。私の住んでいた国では、祖父母が産まれた頃から戦争もありませんでした」

「貴族がいない!?では、政治は誰が行うの?」

「民衆の代表者が選挙によって選ばれて、国や地方の政治を行います」


 若干、誇張表現だったかもしれない。限りなく少ないけど、王制の国は残っていた。名誉しかないけど、欧州では貴族制度も残っていた。

 国民の代表たる議員も、血筋で継承されている事が多かった。前世の私の家、周防家なんて最たる例だ。

 でも日本に限って言えば、最低限の生活や平和は保証されていた。少なくとも、この時代よりも……。


「民が?代表を選ぶと言っても、平民は平民。政治なんて出来るわけ無いわ」

「民衆には、教育を義務付けられていました。九年間は、教育を受けないといけません。更に学びたければ、上位の学校に進学するのが当たり前です」

「最低でも九年間の教育。更に上位の教育も……。それを民が……。それならば、貴族は不要だということ?」

「その答えを私は持っていません。王侯貴族の階級制度は、私が産まれるより遥か昔に打ち倒されてしまいましたから」


 欧州の自由主義の台頭。自由を求めた民衆によって、王侯貴族は歴史の舞台から引きずり降ろされた。

 そして、二度の大戦。強権を持つ皇帝や王の国は、ことごとくが消え去った。

 結果だけ見れば、王侯貴族は不要に思える。でもそれは、時代がそうさせたのだと思う。

 イザベルさんは心配しているようだけど、今すぐに貴族が不要ということにはなり得ない。

 技術や文化が進歩し、教育が普及した頃に考えるべき案件だから……。

 私は、自身の存在価値を否定され思い悩んでいるイザベルさんに声をかけた。


「イザベルさんを困らせるために話したわけではありません。そう言った未来もある、という話です」

「貴族がいない、平民のみの国……。貴女はそこを目指している様に思えますわ」

「鋭いですね。おっしゃる通りです。でも……私が生きているうちにはたどり着かないと思います」

「そう……ですわね。そういえば、先ほどフリードリヒさんとハインリヒさんの名を挙げましたけど、あのお二人ももしや?」


 ここまで話したのだ。全てを明かすべきだろう。

 話した内容があまりにも衝撃的だったからかもしれないけど、イザベルさんが私に向ける感情に嫌悪感は感じない。

 前世の記憶持ちだからと、私たちから距離を置くようにならないよう祈ることにする。


「はい。私と違い、二人は生まれた頃から前世の記憶を持っていたようです。私は、成体の頃に記憶が戻りました」

「そうですのね。だからわたくしは、貴女に違和感を感じた。そして、お二人には特別なにも感じなかったのですね」

「そうだと思います。これでイザベルさんの疑問は解決したと思いますけど、他に聞いておきたいことはありますか?」


 イザベルさんの事だから、未来の技術を教えてとかは言ってこない気がする。

 それに、雰囲気的に絶縁を叩きつけられることも……無いはず……。

 なんて考えていた私の目に、意思を固めたようなイザベルさんの顔が映った。

 えっ?絶縁パターン?そんな気迫を感じるイザベルさんから、言葉が発せられる。


「貴女は、貴族のいない社会制度を目指している。他のお二人も、同じ目標。間違いありませんか?」


 ちょっと空気が……重くないですか?気のせいですか?

 貴族であることを誇りに思っているイザベルさんにとって、看過できない問題なのは間違いないだろう。

 でも、ごまかすわけにはいかない事だ。私の考えをしっかり話そう。


「少しだけ間違っています。私たちの目標は、民を豊かにすること。階級制度の改革は、手段の一つと考えています」

「では、必要と感じれば貴族制度を崩していくと?」

「そうですね。必要であれば……やると思います。ですが、先ほど言ったように、私たちの代では必要にならないと思います」

「では、将来産まれるであろう、貴女の子供や孫たちのことはどう考えているのですか?」


 ん?私の子孫について?そういえば、考えたことがなかったな……。

 私とフリードリヒの子供……。子作り……。ちょっ!なにを想像してるのよ!

 イザベルさんの言いたいことは、子孫の立場や権力とかの話だろう。とても単純な話だと思う。


「子供たちに任せます。改革を続けるのも、皇族として安穏と過ごすのも……自由に選べばいいと思います」

「自由って……。それに、改革を続ければ……皇族としての地位も失うのよ?」

「イザベルさん。私は預言者ではありませんよ。過去にあったことを知っているだけです。それは、未来の可能性の一つでしかありません」

「平民に教育が行き届いた世界で、貴族が残る可能性もあるってこと?」


 大いにありえるだろう。前世での革命は、為政者の腐敗や貧富の差が広がりすぎていることなど、民衆の不満から始まっている。

 なので、現状を変更する目的で階級制度が倒された。王侯貴族がいなければ、生活が楽になるはずだ、と。

 だったら、民衆に敬われる為政者であればいい。民衆の生活水準を引き上げる政策を打ち出し続ければいい。

 要は、自己責任で頑張れって事。


「貴族が貴族である所以(ゆえん)はなんですか?」

「魔法を行使できること。そして……義務と責任を果たせること。はぁぁ、貴女……見かけによらず厳しいわ」

「誉め言葉として受け取っておきますね。私たちの一生では、土を耕すまでで終わってしまいますからね」

「それをどう使うか、なにを育てるか、どうやって育てるか……。次代以降に任せるのね」


 伝統や慣習を打ち破り、教育を広め、技術や知識を次の時代に進める。たぶん、私たちが出来るのはこれくらいだろう。

 その先の事は、その先の人達が決めてください。選べる選択肢は増やしておきますので。

 前世の様に貴族制が崩壊するのか、はたまた残るのか。それは、貴族の在り様次第。


「そういうことです。では、そろそろ上級学年の校舎案内を再開しますか?」

「いえ、結構よ。薄々気付いてはいたでしょうけど、それはただの口実よ」

「そうですか……。では、戻りますか」


 もう少しイザベルさんと話していたかったけど、しょうがなく私たちの教室に向かって歩き出す。

 教室に着いた頃には、生徒はみんな帰宅したようで、教室には誰もいなかった。


「マリアさん。わたくしは、貴女のような知識はありません。ですが、貴女に負けるつもりもありませんわ!」

「では、カージフとルスト。どっちがより良い国になるか、勝負しますか?」

「ええ。ですけど、それは誰が勝敗を判定するのかしら?」

「民が笑顔であれば、二人とも勝ちでいいんじゃないですか?」


 イザベルさんは笑っていた。そして、私もつられて笑った。将来、民もこんな風に笑ってくれているといいな……。

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