第94話 拒絶反応
食糧の輸送計画は国を挙げて進められた為、三日と経たずに第一陣が出発した。
計画を素早く進めるために、情報統制は行われなかった。なので、この計画が行われたことをきっかけに、多くの国民がシバ国との情勢が危うかったのを知った。
大多数は、戦争回避に尽くす皇帝や第一皇子の姿勢を賞賛した。が、少数の民や貴族は、シバ国に慈悲を与えるような計画に猛反発した。
……そう。過去の北方紛争で、家族や知人を失った人たちだ……。
その反応は、予想出来ていた。だけど、何も手を打てなかった。
この計画の終着点までを説明すれば、これがただの慈善行為でないことはわかるだろう。
でも、それを説明することは出来ない。だって、シバ国との戦争回避が第一優先なのだから、シバ国民の国民感情を刺激してはいけない。
私は、どうにもならないことに悩みながらも、日々を過ごしていた……。
私たち生徒会メンバーは、いつものように食堂で昼食を摂っていた。
そんな私たちのもとに、数人の生徒がやってきた。親しくはないけど、敵対しているわけでもない人たちだ。
その中の一人の女生徒が、神妙な顔つきで声をかけてきた。
「会長、マリアさん。お食事中すいません。どうしても聞いておきたいことがあり、声をかけさせていただきました」
とても真剣な声だった。強い意志を感じるその声に、私とフリードリヒは黙って頷く。
「私は、前回の北方紛争で父を失いました。領民にも犠牲が出ました。私は……復讐する力が欲しくて、魔法学校に入学したんです!この学校は、シバ国を駆逐する戦力を作り上げる為の場所ではないのですか!?」
女生徒の声は大きく、食堂中に響き渡っていた。何事かと、食堂中の視線が集まっていた。
その視線を意に介することもなく、フリードリヒが堂々とした態度で返答する。
「まずは、御父上と領民の国への忠節に、感謝と哀悼を贈らせてもらう。そして、君の考えも理解した。だが、この学校の理念は別のところにある」
「なら何故、このような過ぎたる力を学ぶ場を作られたのですか!?」
「戦争を回避するためだ!シバ国の南下を断念させるために、万が一にも勝てないと思わせるためにここを作った」
二人の話を食堂中の全員が、固唾をのんで見守っている。二人の声しか聞こえない。それだけ集中して、みんな耳を傾けていた。
「そうですか……。私の想いは、叶えられないのですね……。シバの民には手を差し伸べるのに?」
「此度の食糧援助の話か。性質上、多くを語ることはできないが、慈悲や慈善とは程遠いということだけは言っておく」
「食べ物を恵むのが慈悲ではない?言っている意味が分かりません!」
多くの人が女生徒同様理解できていないようで、頷いたり考え込んでいるようだ。
フリードリヒも、これ以上情報を漏らすわけにはいかずに困っているようだった。なので、私が代わりに話を続ける。
「打算と策謀のもとに、今回の食糧援助は行われます。すべて帝国のためなのです。第二、第三の貴女のような人間を生まないための……」
「打算と策謀……。では、これ以上踏み込むことは出来ないのですね?」
「はい……。申し訳ありません。ここで真意を漏らし、万が一にもシバ国に伝わってしまえば策が成らない可能性が高まります」
「わかりました。善意からの行いではないことは理解しました。ですが、私の……私たちの無念は、どこにぶつければいいのですか!?」
彼女の顔からは、怒りと悔しさが滲み出ていた。やっと、復讐の機会が訪れると思っていたのだろう。
北方紛争で、シバ国兵を蹂躙してやろう……。父が殺されたように、シバ国の人間を殺そうと……。
私は、その気持ちを否定できない。だからといって、肯定もできない。
前世も含めて、家族を戦争によって奪われたことは無いから……その気持ち自体をちゃんと理解できないから……。
だけど、その行動は否定する!殺されたから殺す?それを、黙って見過ごすことなんて出来ない。
「貴女のお父様は、なぜ命を懸けて戦ったのですか?帝国のためというのもあるでしょうけど、それ以上にあなた達家族を守るためだったのではないですか?」
「そうだと思います……。一緒に従軍していたお母様や、まだ幼く家で待っていた私に、シバ兵の脅威が迫らないようにだと思います」
「では、お父様は望むでしょうか?貴女が……命を懸けてでも守りたかった貴女が、危険な戦場で自身の敵討ちをすることを……」
「……っ!望まないと思います……。とても優しくて、私を大事にしてくれたお父様。きっと、戦争になど行くなと言うと思います」
彼女の目から、涙が零れ落ちていた。それだけ、お父様のことが大好きだったのだろう。
だから、復讐をしなければいけないと思った。その心は、愛するがゆえに憎悪に包まれた。
でも、お父様の心は?愛する娘が手を汚すことを喜ぶの?よくぞ無念を晴らしてくれたって?
そんなこと思うはずない!娘が戦争で殺す側に回るなんて、親からしたら悪夢以外の何物でもないだろう。
だって、今度は娘が恨まれる側に回るのだから。だから、ここで負の連鎖は止めなければいけない!
「それでも貴女は、シバ国との戦争を望みますか?その手で、シバ国の人達の命を奪いたいですか?」
「……望みません。奪いたくもありません。マリアさん、大事なことに気付かせていただいて、ありがとうございます」
彼女は、深々と頭を下げた。彼女と共にやってきた生徒たちも思い直してくれたようで、一緒に頭を下げていた。
そして、一部始終を見ていた生徒たちからは、拍手やすすり泣く声が聞こえてきた。
途中で言葉に詰まってしまったフリードリヒが、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「マリア、君に助けてもらわなければ、ここまで上手く納得させることは出来なかった。すまない……」
「いえ、この計画は私の発案です。なので、みなさんを納得させるのも私の仕事ですよ」
そんなことは無いと言いたげな顔で、声を発しようとしたフリードリヒだったけど、レオンの声に遮られた。
「マリアちゃん。なんとなく言いやすそうな雰囲気だったから言うけど、ありがと」
突然のレオンの感謝の言葉に、私は困惑してしまう。
「え?なんでレオンまで?」
「俺が国軍に入る理由、覚えてる?」
「そっか。偉くなって北方紛争が起きないようにしたいんだったっけ」
「そうそう。だから、ありがと。でも、困ったな……。いきなり俺の目標が無くなっちゃったかも?」
口では困ったと言いながらも、レオンの顔は嬉しそうだった。
方法は違えど、目標は同じだった。でも今回の計画で、北方紛争が完全に起こらないとは言い切れない。
強硬派は残ってるわけだし、穏健派も戦争というカードを絶対に切らないとは言えない。
「レオン。油断は禁物だよ。シバ国の敵対心を一時的に逸らしただけだからね。根本的な解決はしていないわ」
「そうだよね。シバ国が寒すぎる土地だってのは変わってないし、シバ国民も感謝し続けてくれるわけじゃないよね」
そう。シバ国民もいつかは気付く。私たち帝国に、感情すらも操られていることに。
だからレオンはレオンなりの方法で、シバ国と向き合っていってほしい。違う道を進んでも、同じゴールを目指しているんだから……。




