第4話 修羅場―もう一人の吸血鬼(2)
「わたくし、綾小路雪乃と申します。橘様の――婚約者です」
少女は年齢不相応に妖艶な笑みを浮かべた。
「………ゑ」
「……どちら様でしょうか?」橘が紬の背後から顔を出す。
橘の真顔に、少女の表情がわずかに揺らいだ。
「まぁ、冗談がお好きなのですね、橘様。そんなところも、昔と変わらず……」
にっこりと微笑むと、雪乃は日傘を閉じ、まるで自分の家に上がるかのように靴を脱ぎ、玄関を通り過ぎた。
「あ、ちょっ、え?あの、ちょっと⁉」
紬の制止も無視して、彼女はずかずかと家の中へと歩いていく。
「ここは橘様のお宅…ではないようね。どうして、こんなちんちくりんと橘様が一緒に住んでいるのかしら」
少女は紬を横目で見ながら冷たく言い放った。
…ちんちくりん⁉私のこと⁉確かに体の凹凸は少ないけれども!自分より背の低
い人に言われたくない‼
「あのさ、勝手に人の家に上がってきて年上にそんなこと言うの?失礼過ぎない?」
紬が抗議すると雪乃は冷めた視線をこちらに向けてため息をついた。
「貴方が年上?何を言っているのかしら。わたくしは一〇〇年以上生きたれっきとした吸血鬼よ」
「うそでしょ、中学生じゃなかった!それに吸血鬼って橘さんだけじゃなかったの⁉」紬の人生最大の驚き、記録更新。
「ちょっと橘さん、婚約者ってどういうこと?」
紬が必死に叫ぶが橘から返事は返ってこない。
「ち、中学生⁉なんて失礼な方なのかしら」雪乃は紅藤色の瞳で紬をねめあげる。
「人のことちんちくりんとか言っておいてよく言うわ!」
「はぁ。やはりこの方と気が合いそうにありませんわ、橘様」
雪乃が偉そうな態度で橘に共感を求める。
紬と雪乃が醜い言い争いをしている間、橘はというと静かに紅茶をすすっていた。
「えっと、それで…この方はどちら様でしょうか?」
橘がちらっとこちらを見た。橘の拍子抜けした言葉に紬は絶句し、雪乃の笑顔が一瞬だけひきつる。
「……まあ、橘様。お戯れが過ぎますわ」
「お会いしたことないのですが」
橘がどストレートに言う。
…橘さん、こじらせ系女子にそれ言うのはまずいよ。今地雷踏んだよ、たぶん。
「……っ」
微かに、雪乃の目元が揺れた。その紅藤色の瞳が、静かに紬をにらむ。
「ならば、思い出していただきますわ。必ず」
「えっと、何を?」橘が非常に戸惑っている。
「また来ますわ。橘様が思い出してくださるまで、何度でも」
雪乃が眉をぴくぴくさせながら笑顔で玄関に向かう。
「は⁉ いやちょっと待って⁉」紬が雪乃を止めようとするが、雪乃はするりと紬の腕の中を抜けていく。
家主の私がまた来ていいなんて許可していない。許可するつもりもないけれど。
「当然でしょう、だって――わたくしは橘様の婚約者ですもの」
雪乃は唇だけで笑いながら当然のように言い放った。日傘をさし、一礼して去っていく雪乃を見送る紬の背筋を伝う寒気が治まることはなかった。




