第5話 修羅場、ふたたび(1)
「なんか一日にして少女漫画で見るような三角関係ができあがったような…」
どうしてこんなことになったのだろうか。現実逃避がしたいけど目の前には吸血鬼。……つまり夢じゃない。
雪乃が嵐のごとく荒らして去って行った翌日、紬は橘と共に洗濯物を畳みながら昨日のことを思い返していた。
橘は冬眠(?)する前、とある良家の執事だったらしい。ポンコツ(ヘタレ)なのに家事全般ができるという、あまりのギャップに紬の脳が追い付かない。
濡羽色の髪とは対照的に白い肌、憂いを含みながらも魅力的に光る赤い瞳。床に美しく正座し、洗濯物を畳む姿は洗練されていて、ついつい見入ってしまう。
「紬お嬢様、どうされましたか?私の顔に何か付いていますか?」
橘が洗濯物を畳む手を止め、紬の顔を覗き込んでくる。
「あっいや、なんでもない」
私、今橘さんの顔に見惚れてた!?アブナイアブナイ。橘さんの顔は心臓に悪すぎるから、
「早く出て行ってくれないかな…」
あ、やば。口に出ちゃった。
「紬お嬢様⁉どうしてそんなことをおっしゃるのですか。ひどいです!まだ紬お嬢様の血を吸っていないのに私を令和という混沌の時代に放り出すのですか⁉」
橘が子供と変わらない泣き顔で被害者のように紬に抗議する。
「被害者はこっちなんですけど⁉勝手に住み着いておいてひどい目にあったみたいに言うな!」
そう言うと、橘はしくしく言いながら洗濯したての紬のTシャツで静かに涙を拭った。
「そ し て 私の服で涙を拭くな‼ハンカチのように扱うんじゃない!」
紬は橘からTシャツを引きはがそうとするがびくともしない。橘とのシャツの取り合いをしていて紬は笑いがこみ上げそうになってきた。本気で橘に怒れない自分に少し戸惑った。
しょうもない痴話げんかをしていると突然玄関のチャイムが鳴った。橘が「ひゃああ!」と紬のTシャツを持ったまま女子のような悲鳴を上げる。
誰か来る予定なんてないけれど、…なんかデジャヴ?
相変わらずインターホンのカメラには何も映っていない。紬たちが玄関へ向かうのをためらっていると、チャイムがしつこく鳴り響く。
そんなにボタンを連打したら、この家古いから壊れちゃう!
「はいはいはい、そんなにボタンを押さないでー!」紬は駆け足で玄関へ向かった。
扉の向こうに立っていたのはやはり、綾小路雪乃だった。昨日と似たような暗い色のロリータ風のワンピースを着て、レースの日傘をさしている。見た目だけは相変わらずお人形のように美しい。
「ごきげんよう。そこをどいてくださるかしら(どけ)」
雪乃は微笑みながら高飛車に言ったが、目が笑っていない。それに妙に言葉がとげとげしく聞こえる。
「こんにちはー。また会ったね。ここは私の家だけど?(なんでまた来んの?しつこい。とっとと帰れ)」
…とても嫌な予感がする。家の玄関がすでに修羅場と化したのだが。
ドアを開けて早々に戦いの火蓋が落とされる。
雪乃は昨日と同様、強引に家の中に一歩踏み込んできた。
「お茶と橘様をいただきに来ましたの(お前に用はないから)」
ふふ、と髪を揺らしながら雪乃はかわいらしく微笑むが油断してはいけない。
「今日忙しいから、ごめんね(二度と来んな)」
紬がそう言って雪乃を押し出し、扉を閉めようとすると雪乃が片手でドアを止めた。小柄な体形なのに恐ろしい腕力だ。雪乃の顔が雪女のようにみるみる冷たい笑顔になっていく。
…うわ、これはまずい。本当に殺されそうだ。
「お二人とも喧嘩はおやめください!私のために争わないでください‼」
橘が涙で濡れた紬のTシャツを握ったまま止めに入る。
……少女漫画のヒロインはお前だったのか。




