第3話 吸血鬼、ファミチキに恋する(1)
吸血鬼の橘と世にも奇妙な同居を始めて4日目。
「死にたいのです」
――朝っぱらから橘が闇落ちした悪役のようなことを言い出した。
橘と共に朝食をとっていた紬は、思わず飲んでいた牛乳を吹き出しそうになる。
「おい待て、朝イチでそれは重い」
「いえ、重いのは“心”でして」
そう言いながら、紅茶を飲みながら優雅にため息つく157歳の吸血鬼。何をしていても絵になる橘の顔と拍子抜けした態度が紬の心をさらにイラつかせた。
…そういうことじゃない。
「長生きするのもあまり良いものではありませんよ。人間に恋して、愛する人の温もりに包まれて朽ちる。それが私の夢なのです」
紬の湿った視線を気にせずに橘は自分の夢を語りだす。
「夢が、“枯れて死ぬ”こと……」
相変わらず吸血鬼の思考回路が理解できない。
「吸血鬼は恋をしてその人と、血を二度と吸わないと約束すると死にます。甘くて苦しい、刹那の恋……ふふ、浪漫というものですね」
願望を語る橘の顔はうっとりしているけど、背景にはバラじゃなくてドクダミが似合う。
「ていうかさ、今そんな相手いないでしょ」
100年以上失恋のショックで寝込んでいたのだから。
「…まぁ、そうなのですけれど。というわけで、お嬢様」
橘がにやにやと笑いながらこちらを見る。赤い瞳は爛々と怪しく光っていて、まるで獲物を捕らえる獣のようだ。
「……なに?」
…なんか嫌な予感がする。
橘がテーブルに乗り出してくる。その勢いが良すぎて紬は思わずのけぞってしまう。
「私と恋、しませんk…」
「いいえ結構です」
紬に食い気味に却下されて涙目になる橘。かなりしょんぼりしていて紬は面食らう。
…まさか本気だったのか?いや、そんなわけないよな。さすがに妄想が過ぎる。
「おかしいですね…血が足りないと心まで虚弱に……」
橘が自分の胸を雪のように白い手で押さえる。顔色がもともと悪いせいもあって、その姿はまるで過労で倒れそうな社畜のようだ。
…吸血鬼とは一体…?
「とりあえず、橘さんは現代の文化に慣れるべきだよ」
紬は思い立った。
明るいのか暗いのかわからない、この妙な雰囲気をとにかく一刻も早くどうにかしたい!
その日の夕方、ついに橘が“現代社会”に繰り出すこととなった。
「これは…本当に服なのでしょうか?」
橘が不安そうに呟いた。
黒いキャップに黒マスク、黒いパーカー、そして黒いダメージジーンズ。
紬の兄が家に残していった服を橘に着せてみたが、完全に不審者にしか見えない格好で出かけることになってしまった。他の兄の服はすべてセンスの微妙なものしかないため、これはまだマシな方だ。
黒い服を着ると、隙間から覗く橘の白い肌がより一層白く見えた。
「それで、どちらに?」
橘が玄関でもじもじしながら紬に聞いてくる。華奢な体つきだからか、頼りなさそうに見えてしまう。
「コンビニ」
「……“お屋敷”のことですか?」
「小市民のオアシスだよ」
紬が橘に得意げに微笑んだ。




