第2話 フレンチトーストがお好き?(2)
「橘さん!?」
橘はその体勢のまま、もぞもぞと這い出した。「棺桶……」とつぶやきながら逆の方向に進んでいる。
吸血鬼は方向音痴な生き物なのか、それともこいつがポンコツなのか。というか、あんな危機的状態なのに橘さんの顔に見惚れていたなんてぞっとする。吸血鬼って恐ろしい…。
そんなこんな考えていたら、また橘を棺桶から引きずり出すところから仕切り直しになってしまった。
本当にめんどいなこの人。でもほっとけないから困ってるんだった。とりあえず橘さんが食べられるものを見つけないと…。
紬は橘が閉じこもっている棺桶にゆっくりと近づく。
「橘さんは何が食べられるの?」
「わかりません。血しか飲んだことがないので…」
あれ?吸血鬼って不死身のはずじゃ…なんで血が足りなくて倒れるの…?
「橘さんって吸血鬼だから死なないんじゃないの?血を飲む必要なくない?」
「ええと、吸血鬼はニンゲンに恋をしない限り死にません。…ただし、ニンゲンの血を定期的に摂取しないと日光を浴びた時のように弱体化するのです」
めんどくさ……
「ちなみに、私は若い女性の血が好みです」
ウフフフフ…と棺桶の中から気色の悪い声が聞こえてきた。
「好みなんて聞いてない‼」
そんな恐ろしい話聞きたくない。
「じゃあ、なんか作ってみるから、血以外で食べられるもの探してみようよ」
「え?」棺桶がガタっと揺れた。
「栄養不足で力が出ないのなら何か食べないとでしょ」
…じゃないと私が喰われそうで怖い。私はまだ死にたくないんだよ
「私に何を摂取させるおつもりなのですか?」
「朝ごはん。人間のね」
そういって紬はキッチンに向かった。冷蔵庫には卵、牛乳、バター。あと、食パンも残っていたはずだ。
よし、これなら橘さんも食べられるかも。
―突然ですがここでツムギクッキング♪
まずは卵と牛乳、砂糖をボウルに入れてよく混ぜる。卵白の塊がなくなるまで混ぜるのが大事。
次に、卵液に食パンをしっかり浸す。裏も表もしっかり。つけすぎ?いやもっと染み込ませる。
あとは熱したフライパンにバターをのせて卵液を染み込ませたパンをジュッと焼くだけ。
この香りを嗅ぐだけで元気が湧いてきそうだ。
「何やらよい香りがしますね。なんの香りでしょうか?」
橘が匂いにつられたのか、黒い棺桶をわずかに開いてこちらを窺っていた。隙間から覗く紅い瞳は好奇心できらきらと輝いていた。
「フレンチトーストだよ。食べてみて」
紬は熱々のフレンチトーストがのった皿を棺桶の隙間にそっと差し出した。するとそろりそろりと、白い手とマネキンのように整った顔が出てきた。
「い、いただきます…!」
橘はフレンチトーストを口に入れた瞬間、目を丸くした。
「…これはっ、なんと優しい風味……!」
「おいしいってこと?」
「はい…この甘さ、口当たり……これはまるで、初めて夜明けを見た時のような…」
そういって橘は一口、また一口とフレンチトーストを口へ運んでいく。一生懸命にフレンチトーストを口に詰め込む姿は幼い子供のようにも見えた。
「比喩がでかいな」
「ニンゲンの血より満足感は少ないですが、少し元気になった気がします!この”ふれんちとーすと”なるものは血よりも甘くて食べやすいですね!」
橘がウキウキしながら最後の一口をほおばる。フレンチトーストが一瞬で皿から消えた。まさかこれだけ喜んでもらえるとは、紬は思ってもいなかった。
…ちょっと可愛いかも。
「砂糖もちょっと入ってるけどね」
「ふぇ…」
橘が青筋を立て、フレンチトーストを口に詰めたまま動かなくなる。
まぁ、血を吸われずに済んだからちょっと進歩?




