第2話 フレンチトーストがお好き?(1)
どうもこんにちは。私は桐谷紬。吸血鬼の橘さんがやってきて、あっという間に3日目に。そして今、珍しく目覚まし時計が鳴る前に目が覚めたところ。なぜだと思う?理由は簡単。ベッドの隣の棺桶がミシミシと不穏な音をたてているから!
ギィ、と音をたてて棺桶の蓋が開き、真夜中の月光だけをすくったように白い顔が現れた。現実には存在しないはずといっても過言ではない、「きれいな人」が紬の様子をうかがっている。
「おはようございます。お嬢様」
橘が寝起きの低い声であいさつした。
癖のついた艶やかな黒髪に、澄んだ赤い瞳。寝ぼけていて無防備な橘の姿からはは、むせ返るほどの色気が垂れ流しになっていた。
朝っぱらから何なんだろう、この色気は…。女子高校生の部屋に、家に、存在していいものなのか?イケナイものを見てしまった気分になるのはなぜだろう。
「まだ太陽は出ていますか?」
「まだ朝の8時だよ。橘さんって吸血鬼なのに朝型なの?」
噂通り、吸血鬼は日光が苦手らしく、なぜか橘はいつも活動のできない朝に目を覚ます。
…吸血鬼のくせに。
「105年前の失恋のショックで眠り過ぎて、生活リズムが崩れたようです…」
「失恋のダメージ大きすぎない?」
「ということなので、それではまた夜に…」
橘は眠り過ぎたといっているくせに二度寝しようと蓋を閉じる。
いやいや、ちょっと待てぃ。
「その前にさ、一回話し合おうよ橘さん」
棺桶の蓋が閉まりきる寸前に紬は蓋を抑えた。紬が死ぬまで延々とこの生活を続けられては困る。
橘が負けじと棺桶の蓋を閉じようとする。棺桶の蝶番の部分がギリギリと音を立てた。
「灰になるのはちょっと…」
「カーテン閉めるから」
強引に棺桶から引きずり出された橘は、ふらふらと立ち上がる。肌が異常に青白いからか、ヨロヨロとリビングへ向かう姿は現実離れしていてユーレイを連想させた。
さすがに暗すぎるので電気をつけようと、紬が部屋の隅のスイッチを押す。
「わああ!眩しい!…なんですかこのランプ。太陽より明るくないですか!?朝からこの明るさはダメです!灰になっちゃうぅ」
…面倒くさい生き物だな。
結局カーテンを閉め、電気を消し、朝なのに夜のように真っ暗な部屋の床に正座し、二人とも寝間着のまま話し合うことに。
紬はすぅ、と息を吸った。
「単刀直入にいう。このままだと生活がめちゃくちゃになっちゃう!どうにかして‼」
「どうにかして、と言われましても…」
橘が美しい姿勢のまま腕を組み、眉をひそめた。その姿がなんとも儚げで紬の心臓が軽くはねた。
…私って面食いだったのか?
「私には私の生活があるの。準備が整ったら出て行ってね!」
「出ていく!?」
橘が目を見開く。
「困りますよ!目が覚めたら時代が変わってしまっていて、まだ冬眠から目覚めてから一回も血を吸えていません!」
「なんだよ、冬眠て。クマかよ!」
そんな紬のツッコミは無視して、橘が子犬のようにこちらに助けをもとめてくる。
ヤメロ。そんな顔でこっちを見るな。どこか申し訳ない気持ちがのどにつっかえて息苦しい。
「…おなかがすいているのです」
突如として橘が低く乾いた声でぼそぼそとつぶやいた。
…あれ?
赤い瞳の輝きが失われ、だんだん虚ろになっていく。獣のような鋭い牙が口元から覗いている。悪魔のように狂気じみた笑みを浮かべ、じわじわと紬のほうへ寄ってきた。先ほどの感情豊かな橘はもういなく、冷酷な男が紬を見つめている。今にも鼻先がくっつきそうで、襲われても逃げられない距離になっていた。
うわ、やばい!殺される…?
「お嬢様、貴女の血をください」
紬が悲鳴を漏らしそうになったその時。
「血が足りないせいか、さっきからめまいが…。もう、そろそろ限界…」
橘が顔面から床にダイブした。ボウリング球を床に落としたような鈍い音が部屋に響く。
「橘さん!?」




