第9話 新入生歓迎会
アズロ学園の新入生歓迎会は学園内の講堂で行われた。
広い講堂のステンドグラス。
講堂のステンドグラスは平民にも公開されている歴史的建造物の一つで国の管理対象にもなっている。
そのステンドグラスのある講堂で毎年行われる新入生歓迎会に出席できるということはアズ学生の誇りだ。
アズ学は基本的には貴族のみが入学を許されている。
十五歳から十七歳までの男女がこの学舎で高等教育を学ぶ。
平民でも入学試験で優秀な成績を修めた者五名のみが入学出来る。
そしてその成績の最優秀者のみが特待生として認められ、入学授業料を免除される。
フィオナはこの学校にアレリール侯爵令嬢として入学したが、既にエンデール公爵令息の婚約者として知れ渡っていた。
ヒソヒソとこちらを見ながら噂するご令嬢。
ニヤニヤしながら話しかけてくるご令息。
それは皆侯爵令嬢で、公爵令息の婚約者である自分に向けられる羨望や嫉妬の視線で、媚を売って取り入ろうとしている者たちであることはフィオナは百も承知だ。
だから苦手な社交にも動揺を外に出すことなく受け流していた。
(リナルトもこの学舎で三年過ごしてきたのね)
リナルトのことだからきっとモテたんだろうと思った。
そんなことを考えればモヤモヤと嫌な気持ちになるけど。
それでも彼は誠実な人だから、他の女性たちとはきちんとした距離を保っていたに違いない。
新入生歓迎会では学園長と三年生代表、新入生代表が挨拶をした後は交流会として学年関係なくダンスや飲食を楽しむ時間を過ごす。
フィオナもまた、ダンスを楽しむことはなかったが王都の料理や飲み物は新鮮でそれなりに楽しんでいた。
フィオナは自領の食材を使った料理やエンデール公爵領の料理などは食すことが多かったが、元が引きこもりなので王都の料理は口にする機会が殆どなかった。
だからだろう。近づいてきた先輩と思しき女性から差し出される果実水も素直に受け取り興味津々で口にした。
冷凍食品庫の魔導具で急冷された果実水が喉を通る冷たい感触。鼻を抜けるレモンの香りに混ざって少しだけ苦味を感じる。
それが睡眠薬だったのだろう。
段々と遠くなる意識に頭を振って喝を入れる。
「中庭の四阿で一休みしたらいいですよ?案内しましょうか?」
果実水を差し出した女性の誘いを、一人で行けるので大丈夫です、と断り何とか意識を保つ。
それでもまだぼんやりとする頭をハッキリとさせる為にふらつきながら壁伝いに中庭の四阿まで歩んで行く。
そしてようやく辿り着いた四阿に安心して長椅子に腰を下ろした。
(う―ん。この状況で不用意に飲み物を口にしてはいけなかったわ。それにしても、眠い。——なんか変な味……がするとは……思っていたの……よね)
フィオナは眠りしなにそんなことを思いながら瞼を閉じた。
*
「先輩だったんですね。果実水を下さったの」
「……思い出したんですね。そう、そうなんです。私が、睡眠薬入りの果実水を貴女に渡しました」
副委員長は殿下が隠れている戸棚の前を通り過ぎると寂しげに窓の外を眺めた。
フィオナは戸棚の前を通り過ぎる副委員長の一挙手一投足を息を飲んで見守り、ほっとしながら副委員長の二の句を待つ。
「あの出来事は私が睡眠薬を貴女に飲ませてしまったことによって起こった事故です。記事の内容は誇張してあって殆ど事実ではないはずです」
副委員長はきちんと事実とそうでないことをわかっていた。
(まぁ、あれがリナルトだったとは思いもしないでしょうね)
フィオナは微笑む。
そう思えば彼女は何も間違ったことは言っていない。
「だからあの記事を正したくてブルーノ様にお願いしたんですが……」
そう言って俯くレイリー副委員長は説得できなかったと落ち込んでいる。
「先輩……」
フィオナがそう言うと、副委員長はハッと我に返ったような表情で口に手を当てた。
「ごめんなさい。自己紹介もまだでしたね」
レイリー副委員長はフィオナに制服ながら美しいカーテシーを披露して自己紹介した。
「私、アズ学三年、広報委員会副委員長で副編集長を担うレイリー・キフトと申します」
それに対しフィオナもカーテシーで返す。
「私は新入生のフィオナ・アレリールと申します」
二人は自己紹介をした後、一瞬間を置くとお互いクスクスと笑い出した。
レイリー・キフト。
ここ最近で何度か耳にした名前だ。
(そうだ。一昨年に一度、そして昨年にもう一度)
フィオナは思い出す。
一昨年、レイリーという名を男爵家に引き取られた平民女性の名として耳にした。
更に昨年はアズ学でいくつかの理論を証明して優秀な成績を上げたことにより何かの賞を受賞し、伯爵家の養女となったと聞いたのだ。
それがキフト伯爵家で養女となりレイリー・キフトとなったということだったとフィオナはようやく思い出した。
「えぇっとレイリー先輩とお呼びしたらいいですか?」
「ええ。呼び捨てで大丈夫。貴女のことはフィオナ様でいいかしら?」
「学校ですし、私に爵位がある訳ではないので呼び捨てで大丈夫です」
そう言ってフィオナは手を差し出した。
レイリーは一瞬躊躇いがちに微笑んでその手を握った。
「じゃあ、フィオナさん、で」
フィオナも微笑み返した。
*
そしてレイリーは第三会議室内中央にある作業台に椅子をセットしてフィオナと向かい合わせに腰を下ろした。
「委員長は記事を正すことに反対のようなんです」
「どうしてなんでしょう?」
「たぶんですが、彼は広報委員会があの事故のキッカケを作ったことを認めたくないんだと思います」
(キッカケってレイリー先輩が私に睡眠薬を飲ませたことね)
フィオナは考える。
あの事故は、キッカケこそやらせだけどその後の行動は私やリナルト、それぞれが自主的に行動した結果起こったものだ。
だから全てが嘘八百だとは言えないけれど、アズ学の中庭で起こるであろう出来事を記事にするために待ち伏せていたであろうことやその後の記事の誇張表現なども問題視される可能性はある。
キッカケから芋蔓式に他のことまで指摘されることになれば委員長の責任問題にも関わるし、広報委員会の存続にも影響するかもしれない。
「ちなみになんですけど、今回の記事ってそんなに注目を浴びたんですか?」
恐る恐るフィオナが尋ねると、レイリーはずいっと作業台から乗り出してフィオナに顔を近づける。
「勿論です!すっごい話題性でしたよ。あの第二王子とアレリール侯爵令嬢のビッグカップルですから!それにエンデール公爵令息の婚約者じゃないですか!王国切ってのビッグトライアングルですよ!正に時の人ですよね!」
「えぇ?!そんなに?」
フィオナは慄いた。
フィオナは自分がそんな話題の人物になることがあるなんて思いもしなかった。
(しかも、今回のは所謂三角関係とか浮気とかであって、あまりいい内容ではないし)
フィオナは身を縮こませた。
社交下手で普段はお茶会に誘われても滅多に顔を出さない。
だからきっとアレリール侯爵令嬢は陰気で引きこもりのご令嬢だとか噂されているんだろうと思っていた上に、このマイナスイメージ。
するとレイリーは言う。
「何言ってるんですか!普段姿をあまり見せないアレリール侯爵令嬢は深窓のご令嬢だと褒め称えられているんですよ!」
(それって、皮肉だと思うけど……)
フィオナが苦笑いするとレイリーはフィオナに飛び掛からんとした勢いで顔を近づけて力説する。
「褒められてるんです!特にアズ学にご入学されてからはシェナ様との掛け合いも可憐で評判です!」
「そ、そうなの?」
「ええ!」
そう言ってレイリーはガッツポーズをした後、少し憂いを含んだ表情をした。
「フィオナさんと第二王子殿下の記事で婚約者の公爵令息様はさぞ胸を痛めていらっしゃるんでしょうね」
レイリーにそう言われてフィオナはドキッとした。
リナルトと第二王子殿下がよく似ていることは公然の事実だ。それはリナルトの母が国王陛下の妹で殿下とは従兄弟に当たるからで、今更隠すことでもない。
ただ、それを逆手にとってリナルトが殿下に変装して殿下として行動していることはそれとは別の話だ。
これは、公にしていいことではない。
ましてやそのフィオナとキスした第二王子殿下はリナルトの変装だったのだ。
婚約者であるフィオナが第二王子との仲を記事にされている。
確かに書かれている内容だけで言えばリナルトは胸を痛めているかも知れない。
だが実際にキスしたことで胸を痛めているかどうかは彼自身がしたことと考えれば、後は彼の気持ち次第と言えるだろう。
彼がフィオナをどう思っているか。
フィオナにはそれは分からなかった。
「それは……、どうでしょうか」
だから、フィオナはそう言葉を濁した。




