第8話 第三会議室にて
(広報委員会……委員長?)
辿り着いたその答えは当たっていた。
それともう一人。
彼の後について第三会議室に入ってきたのは女性だ。
声色から若い女性なのが分かる。
きっとアズ学生だろう。
(同学年ではなさそうね……)
彼女のその落ち着いた声色と話の内容から二、三年生と思われた。
フィオナと第二王子殿下のアレンが隠れている戸棚は第三会議室の一角。
戸棚の中のそのスペースは二人が入るには少し狭い。
フィオナとアレンは体を密着させて何とかそのスペースに収まっていた。
(殿下は一人で広報委員会を探ろうとしていたのかしら。そんなバカな。命令すればいいだけの話でしょ?殿下はそういう立場なんだから)
自問自答するフィオナは立ったまま身じろぎひとつせず、扉の向こうに気取られないように息を殺す。
同じようにアレンも息を潜め、扉の外の様子を伺っている。
ルーバー扉のその戸棚の隙間からは向こう側にいる二人の表情までも見ることができることにその時フィオナは気づいた。
顔の位置を僅かにズラして彼らの様子を探ろうとフィオナはアレンの胸元から少し顔を上げた。
「ふっ——」
アレンは壁の方を向き、口元を押さえて呻いた。
フィオナにも聞こえるか聞こえないかの小さな声で。
後ろ頭を押さえられていた所為でフィオナは顔をアレンの胸元へ擦り付けるような状態になってしまっていた。
フィオナは殿下のその素振りを不思議に思って少し手を緩めた彼を覗き見るがフィオナの方を全く見ようともしない。
諦めたフィオナは戸棚の隙間に視線を戻した。
運良くアレンの声は戸棚の外には漏れなかったようで、向こうの二人はこちらに気づくことなく話し始めた。
彼らは声を潜めていたので殆どこちらには聞こえてこない。
だが二人の会話は次第に白熱していき、徐々に口論へと発展していく。
「私……もう我慢出来ません!今回の報道については公表して謝罪するべきです!」
「なにを……いまさら……今更そんなこと……出来る訳がないだろう!」
「委員長が出来ないなら、副委員長である私がします!お願いです!自分が犯した罪だけは認めたいんです!委員長、お願いです」
「れっレイリー。おまえ……!」
二人——広報委員長ブルーノと副委員長レイリーは掲載中の記事のことで揉めているようだ。
レイリーは記事にしたことを反省していて謝罪したいと思っているが、それを委員長であるブルーノに止められている所為で実行出来ない状況なのだろう。
扉の隙間から二人の表情を盗み見たフィオナは、あっと口を開き声にならない声を上げる。
その隙間から見えたのは、副編集長の表情だった。潤んだ瞳と震える唇はただ自分の罪を訴える表情ではない。
きっと彼女は。
その潤んだ瞳は熱を帯びていて、その熱の中に迷いや恐怖を感じさせる。
私にも覚えがある。フィオナはそう思った。
(たぶん彼女は委員長のこと好きなんだ)
恋する気持ちは私と同じだ。
彼女は委員長のことが好きだけど委員長はどうなのか。
それは今の会話だけでは判断が付かない。
フィオナはリナルトが好きだがリナルトがフィオナのことを好いてくれているかどうかは彼が明言していないから分からない。
フィオナと副委員長レイリー。似たような境遇でありながら二人の間には埋め難い大きな差があった。
フィオナは今それを実感していた。
(私は恵まれているわね)
フィオナは自分が好いているリナルトと婚約することができているがレイリーはそうではないだろう。
(それにしても……あの目。どこかで……)
フィオナは彼女と会ったことがあるような気がした。
その場所が何処だったかはすぐには思い出せない。
(何処で……だったかしら?んんん!思い出せない!)
すぐに思い出せないことがもどかしく頭を掻きむしりたくなる気持ちを抑えようとフィオナは目の前の壁に顔を押し付ける。
その壁はアレンの胸だったのだが、フィオナはそこについては全く意識していなかった。
アレンはすぐ傍で顔を背けて聞きとれないくらいの小さな声で唸っている。
こちらの動きには全く気づく様子もなく戸棚の外では委員長と副委員長の会話が続いていた。
「いい加減にしろ!次の編集会議まではまだ時間がある!少し頭を冷やすんだな!」
広報委員長と思しき男子生徒は副委員長に向けて捨て台詞を吐くと第三会議室をバタバタと出て行った。
副委員長は飛び出していく委員長の後ろ姿を見つめながら肩を震わせている。
そんな彼女の背中がとても寂しそうでフィオナは抱きしめてあげたいような不思議な気持ちになる。
そうやって副委員長の様子を見守っていたフィオナだったが、突然、首筋に生暖かい感触がして思わず仰反った。
外方を向いてフィオナを抱きしめていたはずのアレンが肩越しに首筋の匂いを嗅いでいたのだ。
「へぁ!」
慌てて殿下の腕を振り解いて離れようとした拍子に戸棚の扉にフィオナの手が引っ掛かる。
殿下はハッと驚いて目を剥いた。
無常にも扉は勢いよく開いてフィオナの体は戸棚から飛び出した。
(やば!倒れる!で、でも殿下だけはここから出ないように、副委員長にバレないようにしなきゃ!!)
咄嗟にそう思いながらフィオナは戸棚の外へ転がった。
運良く副編集長の位置からは戸棚の扉が遮って中が見えないようになっている。
フィオナはその扉に掴まりながら立ち上がり、貴族令嬢然としたゆったりとした優雅な動きで扉を閉めた。
(慌てない慌てない。落ち着いて私)
フィオナは必死に自分を落ち着かせる。
(相手は学校の先輩だし。身分的には多分私の方が上だとは思うけど……。一応敬意を払って対応した方が無難だわ)
殿下の姿は副編集長からは見えなかったようで彼女はフィオナの姿を目を丸くしながら見つめている。
「ど、どうしてそんなところに!あ!あなたは!」
「ごめんなさい?盗み聞きするつもりはなかったのだけれど」
即座に副委員長へ謝り、ペコリと頭を下げる。
「やめてください!謝るのは私の方です!」
副委員長はフィオナの肩を押して強引に頭を上げさせる。
「そもそもこんなことになったのは私の所為なんですから。きっとここに貴女がいることも元を糺せば原因は私たちなんです。だから、だから貴女が謝る必要はないんです」
副委員長はフルフルと首を振って弁解した。
副委員長のその反応を見ていてフィオナは(やっぱり会ったことあるよね)と思う。
フィオナは軽く首を傾げた。
「私たちって、面識ありました?会ったことあるような気はしていたんですけど、さっきからなかなか思い出せなくて……ごめんなさい?」
「え?私に見覚えはありませんか?」
驚いたような表情をする彼女の方にフィオナは顔を向け、そのまままじまじとその瞳を見つめる。
(やっぱり見たことある。この明るい色の瞳。それに僅かに震える唇……えぇっと……少し前、少し前なのよね)
普段からあまり外出もしないし社交的ではないフィオナは婚約者であるリナルトとの月一の茶会の他は主だった会への出席はしていない。
だから彼女が親族以外の他人と交流できる場は数えられるほどしかなかった。
彼女がアズ学に進学するまでは。
フィオナの頭の中に断片的にある景色が浮かんでくる。
それはアズ学内の講堂だ。
広い講堂のステンドグラス。
ヒソヒソとこちらを見ながら噂するご令嬢。
ニヤニヤしながら話しかけてくるご令息。
そして差し出される果実水。
それを受け取る自分。
冷凍食品庫の魔導具で急冷された果実水が喉を通る冷たい感触。
段々とぼんやり遠くなる意識。
その意識をハッキリとさせる為にふらつきながら壁伝いに中庭の四阿まで歩む道程。
ようやく辿り着いた四阿に安心し切って身を任せた長椅子の座面。
これはあの日の記憶だ。
フィオナは副委員長レイリーの瞳をしっかりと見つめ口を開く。
「新入生、歓迎会……」
フィオナのその言葉に副委員長は深く頷いた。




