第10話 思考も過ぎると何かを忘れる
「胸を痛めているに決まってるじゃないですか!政略的婚約だとは思いますけど、彼はたぶんフィオナさんのこと好きだと思いますよ?」
「え?私を好き?」
フィオナの濁した言葉に、レイリーは若干前のめりに答えた。
(彼は好意的ではあるけど、そんな素振りしてたことある?)
フィオナはリナルトの柔和な態度を思い浮かべた。
彼はフィオナに対して優しく接して守ってくれるけど、他人が見てそうと分かるような露骨な態度はとっていなかった。
少なくともフィオナはそう思っていた。
「どうして分かるんですか?」
「……フィオナさんは分かりやすいですよね」
レイリーは笑う。
確かにフィオナは分かりやすい。リナルトへの想いがダダ漏れだ。
「多分、エンデール公爵令息と私。似てるんだと思うんです。あ、勝手に私がそう思い込んでるだけかも知れないんですけど……好きな人に想いを伝えられないところ、とか」
レイリーが囁くと、フィオナは目を見張った。
(好きな人に想いを伝えられない……それはリナルトも好きな人がいてその人に想いを伝えられない状況だということ?リナルトに好きな人!!)
フィオナがショックを受けたような表情をしているとレイリーは胡乱な目をして覗き込んだ。
「いえ、何か勘違いされているようですけど、彼が好きなのはフィオナさんだと思いますよ。まぁ……そうですね。今は伝えられない、ということなのかも知れないですけど」
状況かタイミングの問題で今は伝えられないということなのだろうとレイリーは考えていた。
それがフィオナに伝わったかは定かでないが。
「私も好きな人には自分の気持ちを伝えられていないんです。だから、こう伝えたいという想いを堪えている感じが分かるんですよね」
その言葉に呆然としていたフィオナはハッとしてレイリーに向き直った。
「レイリー先輩の好きな人、それは委員長……で合ってますか?」
レイリーは顔を真っ赤にして頷き呟いた。
「やだ、私も分かりやすかったですね」
レイリーは委員長が好きで、その委員長に頼まれて仕方なく果実水に睡眠薬を仕込んだと言う。
「睡眠薬を飲ませた後、中庭の四阿で休んだら、と誘導したのも私です」
レイリーは真剣な表情でフィオナに言った。
その表情は誠実に対応したいという彼女の気持ちの表れだろう。
フィオナに睡眠薬を飲ませて中庭の四阿に誘導する。
そして第二王子殿下も何かの理由をつけてアズ学に呼び出し中庭に誘導する。
二人が中庭で出会ったとしても、直接的には二人は何の繋がりもない。
デビュタントで一度挨拶をした程度の面識くらいだ。
だがリナルトを介すとどうだろう。
第二王子とリナルトは従兄弟同士で一応主従関係にある。
そのリナルトはフィオナとは婚約者同士で仲は悪くはない。
中庭の四阿で眠っているフィオナを第二王子は放置や気づかないフリなど出来るだろうか。
おそらくフィオナを起こすなり、教員に伝えるなどして平和的に解決させる方法を取っただろう。通常なら。
委員長は第二王子をリナルトの変装だと見抜いていたのだろうか。
気づいていなかったとしても睡眠薬をフィオナに飲ませ、第二王子をアズ学の中庭に誘導したことに明確な意図や何かの確信があってのことだと感じさせる。
(これはちゃんと調べて殿下とリナルト様に報告した方がいいかも知れない)
単細胞のフィオナも流石にこれがただの悪戯や冗談では済まないことだというのは何となく分かった。
第二王子殿下を巻き込んでいること自体が笑えないし、何よりもリナルトの手を煩わせていることが許せない。
フィオナが考え込んでいると思い出したようにレイリーは呟いた。
「ブルーノ委員長は何か知っていたのかも知れません」
「え……何を?」
考え込んでいたフィオナも思わず顔を上げる。
「何か、は分からないですが。一時期、ブルーノ委員長が第二王子殿下ついて調べていた時期があったので何か、秘密にしていることなどを知る機会はあったかも知れないと、思っただけです」
(第二王子殿下を?……殿下の秘密……?)
確かに彼は変わった人物だ。
優秀であることはもちろん、人を惹きつける力を持っている。
所謂カリスマ性というやつだろう。
本人も自分の能力をよく理解しているからこそ、出来るだけ目立たぬよう常に自分の能力を抑制していた。
(殿下の秘密……もしそんなものがあるなら、それを委員長が知っているってことを殿下に分からせる為に記事にした、ということもあり得る?)
俺は知っているぞ、と。
(こわっ)
そう思ったらゾワっと鳥肌が立った。
(あったとしたらあの記事のどこでそれが分かると言うの?)
そんなこと、とフィオナは頭を横に振る。
(その何かを知る為にも、ブルーノ委員長に会う必要がありそうね)
委員長に会って聞くことは沢山ある。
何の為にこの事故を起こしてどうして記事にしたのかフィオナは知りたかった。
(結果的にあれは殿下に変装していたリナルトで私は婚約破棄されずに済んだけど、そうじゃなかったらと考えるだに恐ろしい……)
フィオナはブルリと震えた。
それにレイリーのことをどう思っているのか。
それも知りたい。
(こんなに委員長のことを思っている人を放って置けないわ)
すぐさまフィオナは委員長に会いたいとレイリーに告げる。
「委員長にはどうしたら会えますか?」
「放課後に編集会議があるのでその頃にはここに戻ってくるはずです」
それを聞いたフィオナは決心する。
「じゃあ私もその頃ここにまた来てもいいでしょうか?」
「ええ、お待ちしています」
(委員長は知っているはず。疑問を必ず解決するわ)
フィオナとレイリーは第三会議室を出た。
二人はそのまま各自教室に向かった。
(あれ?私、何か忘れてない?…………!!はっ!殿下忘れた!!)
殿下を第三会議室の戸棚の中に放置して教室に戻るという不手際をしたフィオナは、教室の後ろ扉にかけた手を引っ込めて第三会議室方向に引き返した。
(殿下を忘れるって!何てこと!)
廊下の途中でコラ!走るな!と怒る声が聞こえる。
自分が走っている所為か遠ざかっていく声音が段々と低くなっていく。
(こういうの何とか効果って言うのよね)
全然関係ないことを思いながらフィオナは先を急ぐ。
(こんな駆け足してたら、お母様にも怒られてしまうわね)
怒られるというよりはため息を吐かれて、あんたって子は……と言われる気がしてふふっとフィオナは笑った。
そうこうしている間にフィオナは第三会議室に着いた。
扉をノックをするが、特に返事はない。
室内に誰もいなくなったから、きっと誰にも見つからず一人でここから出られたに違いない。
フィオナもそう思っても念の為もう一度扉をノックする。
「っ!!」
すると勢いよく扉が開いてまたもや手首を掴まれ、フィオナは為す術もなく室内に連れ込まれる。
だが、その手はすぐに離された。
(あ、さっきより離すの早い?)
殿下に連れ込まれた時よりも早く手を離されたことで相手をすぐに認識することができた。




