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第11話 怪しい人


「エインツ……」

 それは護衛騎士見習いのエインツだった。

 彼はフィオナから一メートルほど距離を取り両手を上げている。

「はいはい。必要以上に触れてはないですよ。別に変な気も起こしてないので余計なことしないでくださいね」

 

 誰に話しているのか。

 エインツはもう一人、そこに他の誰かがいて、その人に話しかけるかのようにぶつぶつと呟いている。

 そんな光景にフィオナは首を傾げた。

(何で彼がここに?それに誰に話しているのかしら?)

 

 フィオナがそう思っているとエインツはそんなことは織り込み済みかのように口を開いた。

「第二王子殿下からの伝言です。無事見つからずに脱出できたので心配しないように、とのことです」

 

(なるほど、私が忘れてたことを思い出してここに戻って来ることを見越して張ってたってことね)

 フィオナは伝言をきちんと理解した。


「それにしても授業を抜けてここでずっと見張ってたの?」

「任務に関することなので言えません」

「それくらいいいじゃない」

 フィオナはクラスメートのよしみで気軽に聞けるかと思って尋ねてみたがサラッと却下されて少しムッとする。


(だって気になるじゃない?仕事だって言ってニコル先生の授業抜け出して何してたのか)

 リナルトも茶会の途中で仕事だと言って切り上げることがよくあった。

 その時も詳しくは説明してくれなかったから、興味があったのだ。

 

 するとエインツはスゥッと目を細めて、ため息を吐いた。


「あんたさぁ……あ!」

 彼は何か言いかけながらハッとして途中で言葉を切る。

 

「と、とにかくこんなところでうろうろするなよな。が、学校の中とはいえ、何があるか分からないからな!」

 エインツから言いかけた言葉の続きは告げないまま、捲し立ててフィオナを指差した。


 そしていいか!分かったか!と言い残しエインツは第三会議室を出て行った。


「え?」

 言われたことは分かったが、本当に言いたかったことはそれじゃなかったんじゃないかとフィオナは首を捻った。

 

 フィオナはエインツの言い方が怒る人のそれだったから一瞬身構えたのだ。

 それなのに言われたことは学校内でも気を付けろとさも心配するかのような内容。

(エインツはきっと私のことが嫌いなんだわ。それなのに殿下の伝言を頼まれたりして。不満で怒りをぶつけそうになったけど自制したのね。意外と理性的なんだ)

 フィオナは少しエインツを見直した。

 

(殿下は脱出できた訳だし。私も教室に戻ろう)

 フィオナはそぉっと扉を開け、廊下を確認するとやはりそこは人気がなく静かだ。

 ホッとして廊下に出ると扉を閉めて自教室へと向かった。

 

 ニコル先生の授業はもう終わっているかも知れない。

 

(なら教室にはリナルトももういないわよね)

 

 教室でリナルトに感じたのは違和感だった。

 いつもの彼は口元も眼差しも穏やかで優しげに笑う。

 

 教室で見た彼は表情の作り方や姿勢、振る舞い方、全てにおいてリナルトではない。

 フィオナの直感がそう言っていた。

 

(教室での様子をシェナに聞いてみよう)

 あのまま授業を受けていたシェナなら何か気づいたかも知れないと思い、フィオナは歩みを進めた。

 

 そんなフィオナの後ろ姿を見守る人影。

 それはエインツだ。

 彼は廊下の端から姿を現すとふぅっと息を吐く。


「危ねぇな。守秘義務、守秘義務。リナルトさんもういいすか?僕もう行くっすよ?」

 ここにはいないはずのリナルトに声を掛け、エインツにはその返事が聞こえたかのようにその場を離れようと二、三歩下がる。

「いくらあの魔導具を使ったからってリナルトさんになるのは疲れるんだよな」

 エインツはブツブツと呟きながら、体の向きを変えた。

 

 エインツはどちらかと言えばおしゃべりな方だ。聞かれれば答えてしまうし、内緒話や秘密と言われたこともついうっかり喋ってしまうことがよくある。

 リナルトや第二王子殿下に注意されることもしばしば。


「そろそろ任務に戻らないと。交代の時間だしな」

 フィオナとは違う方向の廊下へエインツは消えて行った。


 そんな彼の独り言をしっかりと聞いていた人物がそのすぐ傍にいたことにも気づかずに。


*


 教室に戻ったら授業はやはり既に終わっていて休憩時間になっていた。

 だから先生もリナルトもそこにはもういなかった。

 先生は研究室に戻っていて、リナルトも王城に戻ったのかも知れない。

 

 教室内を見渡すフィオナにシェナが心配そうな表情で歩み寄って来た。

 

「大丈夫?」

「うん。もう大丈夫よ。ありがと」

 フィオナは親友にニッと笑いかける。


 シェナはその笑みを見て、安心したかのように話し始めた。

「聞いてよ。あんたがいなくなった途端、あんたの婚約者もいなくなって。先生暴れて大変だったんだから」

「リナルト様いなくなったの?……私も教室で見たきりだから。何処行ったんだろ?」

 

 フィオナが首を傾げるとさっきまでの勢いがなくなったシェナは顎に手を当てて考えている。

「あんたのこと追いかけて行ったんだと思ったんだけど、違ったってことね?」

「うん。会ってないね。殿下とエインツには会ったけど」

「殿下とエインツに?」

 シェナは更に考える。

 フィオナは黙ってその姿を見守っていたが、暫く考えた後シェナは勢いよく声を上げた。


「エインツ。あいつ怪しい!」

「はあ?」

「だってそうじゃん?エインツがいなくなったらフィオナの婚約者が来て、彼がいなくなったらフィオナにエインツが遭遇してる。どう考えても怪しいでしょ!」

「そうかなぁ。考え過ぎだと思うけど……」

 フィオナがそう言うと、

「私がそう思う理由はね、もう一つあるの」

 シェナは声を潜める。

「最近ニコル先生が開発した魔導具で試運転中のものがあるらしいんだけど。それがね、変装する為の魔導具らしいのよ。きっとエインツで実験してるのよ!ほら!先生。エインツとも親しいじゃない?」

 確信めいた口調でそう言い切るとシェナは目の前でグッと握り拳に力を込める。


(私も結構勘違いが暴走することあるけど、シェナも大概ね)

 フィオナは苦笑した。


*

 

 そして放課後。

 フィオナは今日三度目の第三会議室の前にいた。

 

(放課後って言われてたけど、ちょっと早すぎたかしら?)

 フィオナは終礼が終わるとすぐにここに向かっていた。

 帰り支度もせずに、ここに向かったから教科書も机の中だし鞄も机の横に掛かったままだ。


 ノックしようと扉の前に立つと、後ろから肩を叩かれる。

 振り向けばそこにいたのはレイリーだった。


「レイリー先輩」

「フィオナさん。早かったですね。たぶん委員長はもう室内にいらっしゃると思いますよ」

 そう言ってレイリーは第三会議室の扉を開けようとする。

 

 その手を引き留めてフィオナは尋ねた。

「編集会議始まる前に私がいてもいいんでしょうか?」

 

 編集会議は記事にする内容についても相談する場だ。

 関係者でないフィオナが参加するのもおかしな話である。

 フィオナは会議が始まる前の短い時間では話し終えることもできないだろうし、会議が終わってからの方がいいんじゃないかと思ったのだ。

 

「あ……確かに。編集会議の後で私が呼びに行くようにしておけばよかったですね。すみません」

 レイリーは考えが及ばなかったことを謝り、フィオナも頭を下げた。


 すると頭を下げているフィオナの後ろから突然声を掛けられた。

「あら、フィオちゃんじゃん」


 振り向くと、そこにいたのはニコル先生だった。

 美ボディを見せつける体のラインに沿った黒ワンピは腿までスリットが入っていてセクシーだ。

 その服装に慎ましさは全くない。


 さっきとは服装が違うのはきっと研究室で着替えて来たからだろう。

 リナルトのお陰でびしょ濡れになることはなかったが、水ハネもなかった訳じゃないようだったから。


 そして授業中にフィオナを名指しした時の呼び方とも違っていて今の先生はとても気さくな雰囲気だ。

 放課後は授業中とは態度を違えるタイプなのかも知れない。


「先生……」

 フィオナが呟くとニコル先生は目を細めた。

 

 そして何か察したかのようにフィオナを誘導する。

「時間潰しなら、ちょっとして欲しいことがあるから研究室に寄ってくれないかな?フィオちゃん?ねぇ」

 先生の真っ赤な唇が楽しそうに弧を描く。


「じゃあ編集会議。終わったら迎えに行きますね」

「え?」

 フィオナが返事もしていないのに、レイリーも何かを察したように言い、さっさと第三会議室に入ってしまった。


(えぇ?……もう研究室に向かうのは決定事項なのね)

 フィオナは力無く頷いて、先生について研究室に向かった。

 

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