第12話 魔導具研究室にて
フィオナはニコル先生に案内され、魔導具研究室に入ると入ってすぐにいい勢いで咳き込んだ。
「ごほっぐほっ」
研究室は本や書類が無造作に積み上げられた埃まみれの場所だった。
古書の古い紙やインキの匂いに混じり、空気中に埃が舞っているんだろう、粉っぽく喉に詰まるような痛みがある。
それに目も砂が入ったかのようなジャリジャリした感じがして涙がたくさん出てくる。
(不快だ)
漸く咳が落ち着いたところで先生は目を潤ませているフィオナに話しかけた。
「フィオちゃんはこの部屋の埃に慣れてないから、咳き込むのは仕方ないよねぇ。あはは」
先生は悪怯れない態度で研究室の奥にある机の角に軽く寄りかかるとひらひらと手で仰いでいる。
(先生。先に言ってよ)
掃除してないことは置いておいても、せめて前もって言っておいてくれればフィオナも対処のしようがあったろう。
謝ってもくれない先生の態度にフィオナは少し苛立っていた。
それはシェナから聞いていたあの話も一因ではある。
いや寧ろそれが原因ではないだろうか。
この部屋をリナルトが何度か訪ねている、ということ。
だが、この部屋ならそういう心配はなさそうだ、とフィオナは思うことにした。
そういう雰囲気にすらこの部屋はならなそうだから。
まぁ本気でする気ならどんな雰囲気でもその気になるのだろうが、フィオナはそんなことは微塵も考えたくなかった。
(ダメダメ!そんなこと絶対ないから!リナルトはそんなことしないから!)
フィオナは自分の頭を過った不埒なことをひとまず全否定する。
そんなフィオナの思いなど知ってか知らずか先生は室内をうろうろとしている。
「まぁ、座れるところに座って」
先生はフィオナの座らせる場所を探していたようだったが、諦めたように適当に座れと言う。
座れと言われたフィオナはその場所を探すも、見当たらない。
どこも埃まみれで本や道具、箱などが山積みになっているからだ。
フィオナがキョロキョロとしていると、ニコル先生は何かの容器をひっくり返し、その底をポンポンと叩く。
ここに座れと言いたいのだろう。
フィオナは歩み寄り、腰を下ろした。
「——で、ただの暇潰しだとは思ってないよな?」
ニコル先生はニヤリと微笑む。
そう言われて少しムッとしたフィオナは気持ちに任せて尋ねた。
「先生。聞きたいことがあったんですが……先に聞いてもいいですか?」
「?あぁ、いいよ」
一瞬キョトンとした先生は両手を机の上に置き天井を仰いだ。
「私の婚約者のリナルト様が何度かここを訪れたという話を耳にしたんですが。それは本当ですか?」
先生は少し考える風にしてからフィオナを見た。
「本当だよ」
そう言うと先生は意味ありげに深い笑みを浮かべた。
フィオナはショックで一瞬頭の中が真っ白になるが、自問自答を繰り返しながら自身を落ち着かせる。
(否定してもらえると思ってた?ううん。シェナの言うことだから本当だと思ってた。……でもきっと理由があるはずだから、大丈夫!)
フィオナは落ち着きを取り戻して、続きを聞かなくては、と決心する。
「それは、どういう用事かお聞きしても?」
先生はまた少し考えてから、ははーんと呟いて頷いた。
「あぁ。分かった……でもちょっと待て。やっぱり先にこっちの用を済ませよう。フィオちゃんが何を知りたいのかは分かったからさ」
先生は寄りかかっていた机から腰を上げるとパンパンッと腰回りについたであろう埃を払った。
「問題、いや僕がクイズを出すから、それを解いてくれたらにしよ?」
先生はニコリと笑った。
「なんでそんなこと、しなきゃいけないんですか?」
不満げにフィオナが訴えるが先生はどこ吹く風だ。
「フィオちゃんが相応しいかどうか確かめる為だよ?」
と、とぼけた顔をして先生は首を傾げた。
(私がリナルトに相応しくないかもしれないと思っているってこと?酷い!失礼じゃない?)
「私が彼に相応しくないかも知れないってことですか?」
カーッと怒りに任せてフィオナは尋ねる。
(私のリナルトへの気持ちは誰にも負けないんだから!相応しくないだなんて言わせないんだから!!)
フィオナの怒りはしっかりと先生には伝わっていた。
「待った!誤解だ。そういうことじゃない」
先生は慌てたように手のひらをフィオナに向け、落ち着かせようとする。
「じゃあどういうことですか?」
まだ怒りが収まらないフィオナは先生に詰め寄った。
「ごめんて。僕が作っている魔導具について、君が話すに値するかの確認だ」
(魔導具なんて私は全然知らない)
先生が見当違いなことを言っている気がして、フィオナは逆に落ち着きを取り戻していた。
「どういうことかちゃんと説明してもらいたいです。私魔導具のことなんて全然分からないですよ」
「だからね。リナッちの話をするには魔導具についても話さないといけないから、どこまで話していいかなぁって確認?」
(リナルトを呼び捨てにしていいのは私だけだと思ってたのに、愛称で呼ぶなんて……私も呼びたい!!)
フィオナは一応先生の言うことにも理解を示しつつ、ただその呼び方にだけは納得がいかなかった。
「一般的な魔導具の知識があれば大丈夫なように出すから……ね?」
そう言って先生は自身の真っ赤な唇に触れる。
そして口紅のついた指先をフィオナの方へ差し出した。
「そうだな。クイズはねぇ……三問出題しよう。合計三問をフィオちゃんが二問以上解けたら、彼がこの研究室を訪れている理由を答えてやろう。でももし」
先生が言葉を切る。
ゴクリとフィオナの喉が鳴った。
「でももし、二問以上解けなかったら」
口紅のついた赤い指先が再び唇に触れ、ウットリとしつつも茶目っ気たっぷりに先生は言った。
「君が答えられなかったクイズの数だけ彼の唇を貰うって言うのはどうかな?」
フィオナは一瞬思考が停止した。
が、即座にフィオナは否定する。
「っっ!!はぁ?!だ、ダメです!ダメに決まってるじゃないですか!!」
(ダメだダメだ。ダメに決まってる!それに私にそんな権限はない。私が勝手にそんなこと決めたらダメだ!それに答えられなかった数だけって最悪の場合二回……!!)
「先生。自分のことなら自分で決められます。ですが彼は物ではないし、私の独断で決められることではありません。そんな……彼を私の物みたいに……」
言っていてフィオナは恥ずかしくなってきた。
(私の物だなんて!リナルトを!)
ブワッと顔が熱くなってきたのを感じたフィオナはハッとして、何やらゴソゴソと音を立てている先生の動きを確認する。
フィオナが動揺している間に、先生は棚から小さな箱を取り出すと、その中から更に何かを取り出している。
クイズに使う為のものだろうか?
フィオナは慌てた。
「先生!待って!まだ」
フィオナはまだこの賭けに乗ってはいない。
それなのに先生は気にせずクイズの準備を始めているようだ。
フィオナからは背を向けていてよく見えないが、それは薄いドーナツ状のガラスの板のようなものだった。
先生は一旦机の上にそれを置き、箱を他にしまうと机からその板を手に取りフィオナの方へ近づいた。
よく見るとそれはステンドグラスだった。
講堂のステンドグラスとよく似ているが、これは赤と青の二色だけで他の色はない。
あまり明るくはないこの研究室の明かりだけでも光の反射でキラキラと輝いて見える。
「綺麗……いやいや。先生、ちょっと待ってください」
フィオナは先生のペースに流されてリナルトの唇が賭けの対象になっていることをうっかり忘れそうになった。
「女の子は本当にこういうものに興味津々だよなー。僕は魔導具じゃなかったら全く興味なかった」
「え?これ魔導具なんですか?」
「そうだよ。……何の魔導具だかは言えないけど。そうだな仮に『ガラスの魔導具』とでも呼ぼうか」
先生はこの魔導具を優しい視線で見つめた。




