第13話 キスを賭けた三番勝負①
(先生は本当に魔導具が好きなんだなぁ)
彼女が魔導具を見つめる視線は授業中にリナルトを見ていた時と同じような熱量を感じた。
「この魔導具はね。改修中なんだ」
先生はこの魔導具について簡単に説明を始めた。
魔導具は魔術式を記述したものに魔力を流すことで動作する道具だ。魔術式は昔から魔力が流れやすいと言われている古代語で書かれている。
「術式自体に魔力が上手く流れないというか、反発するんだよね。瞬間的に弾くことがあるっていうか」
(先生はここから私に何をさせようとしているのかしら?リナルトの唇を賭けて出すようなクイズって)
フィオナは黙って先生の話を聞いていた。
もし先生が本気ならフィオナも本気で挑まなければと思っている。
それは先生の出すクイズに必ず二問は正解するということだ。
だから先生が話を先に進める以上、きちんと話を聞いて内容を理解しなければならない。
魔力がうまく流れない。
これは魔導具にとっては致命的な欠陥だ。
魔導具は魔力がなければ使えない。
この世界に住む人間は皆魔力を少なからず持っている。
殆どの人間が魔導具を使える程度の僅かな魔力しか保有していないが、魔力を多く持つものもいない訳ではない。
魔力は主に血によって引き継がれると言われている。
現に魔術師や聖女、そして王家の血統には魔力を多く持つ者が頻繁に生まれ、何代にも渡って受け継がれている。
だが、フィオナはそのような血統には属していない。フィオナ自身、魔力量は特別多い訳ではないし、寧ろその手の知識自体疎い方だ。
だから先生がこうしてフィオナに話していること自体(なぜ自分にこんなことを話しているのか)とか(見当違いなんじゃない?)などと思っていてもおかしくはない。
だがフィオナはそう思っていなかった。
フィオナはリナルトの婚約者だ。
リナルトは母親が現国王陛下の妹に当たり、王家の血を継いでいる。
その婚約者となれば、将来結婚して子どもが産まれればその子も同じ血を受け継ぐことになる。
だからフィオナにとってこれは他人事ではなく自分事なのだ。
「さてここで一問目のクイズ!どうして反発すると思う?」
(え!難し!)
突然テンション高めに出題されたクイズにフィオナは激しく動揺した——が。
(答えなきゃ。先生が本気であろうとなかろうと、今ここでリナルトを守れるのは私だけだわ)
フィオナはとうとう覚悟を決めた。
「時間制限はないけど、あんまり遅いといきなり終わりにしちゃうよ。チッチッチッ……」
先生はフィオナを焦らせるかのように秒針の音を真似る。
「ちょっと先生!焦らせないでください!」
(……えっとえっと、どうして反発するのか?確か……)
フィオナは自分の焦りを先生にぶつけながら、真剣に考えていた。
確か先生が今日の授業でも言っていた。
術式は古代語で記述すると魔力が流れやすいという。
(じゃあ逆を言えば、魔力を流れにくくするには他の言語で記述するのがいいということ?でも全く流れないようにするのとも違いがあるはずだけど……)
フィオナは全く流れないようにする方法は分からない。
でも魔導具のパーツによっては魔力が全く流れない部分も必要だったりするだろうし、何らかの記述がそこにはあるとフィオナでも何となく分かる。
「その魔術式は本当に古代語で書いてあるんですか?……言語が変わると流れにくいとか……、そういうことってあるんでしょうか?」
「なるほど。古代語じゃないもので書いてあれば確かに流れにくいね。でも残念。ちゃんと古代語で書いてるんだ」
先生はガラスの魔導具をひっくり返して透明ではない部分に書いてある魔術式をフィオナに見せる。
確かによくある家庭用の魔導具にはこの文字で記述されているものが多く、魔導具作りに縁のないフィオナでもよく見る文字だと分かる。
「ほんとだ。古代語ですね」
「だろ?」
(あぁ、もぅ悔しい。まぁこんな簡単な問題だったら先生も出さないか……)
フィオナはあからさまにがっかりした。
だがフィオナは普段大して使わない頭をよく考えフル回転させる。
(考え方は悪くないはず。もし自分が魔導具を作るならどうする?)
古代語を使って、且つ魔力が流れにくい、魔力が反発するとはどういうことだろう、フィオナは考える。
(魔力が反発するとは?)
反発するとは、力がはね返ったり押し返したりすることだ。
魔力は元々反発しやすいものだ。
他人の魔力は自分の魔力とはすんなりとは馴染まない。
身内の魔力なら比較的馴染みやすいと聞く。
魔力がはね返るということは、他人の魔力のように全く馴染まない魔力か、魔力と対極にある力が働いているのかも知れない。
魔力と対極にある力とは。
(その力はきっと魔力と同様に生き物の体の中に存在するものなんじゃないだろうか。この魔導具が反発するということは普段は何の違和感も感じることなく傍にあるもののような気がする)
フィオナはそう思った。
(力……エネルギー?……パワー……?普段は問題なくあるもので……瞬間的に……反発?……しゅんかんてきに、はんぱつ、反発……)
気がつくとフィオナはリナルトの姿を思い出していた。
あどけない笑顔、目を三角に吊り上げてプリプリして怒っている顔、泣きながら追いかけてくる顔。
小さい頃のリナルトはどちらかと言えば喜怒哀楽をはっきり表現するタイプの子どもだった気がする。
それがある時期からあまり感情を表に出さなくなったのだ。
当時は何でだろうと思っていたが時が経つにつれて忘れてしまっていた。
当時の彼は怒りの感情も瞬時に露わにする感情表現の豊かな子だった。
そう瞬間的に感情を表に出す子だったのだ。
瞬間的に感情を————。
フィオナは勢いよく向きを変え、先生に飛びついた。
先生も驚いてガラスの魔導具を取り落としそうになりながら避けようとするが、フィオナに押さえつけられて本棚を背に壁ドンしているような体制になった。
「っっも、もしかして!感情!ですか?!」
フィオナのその言葉に先生は目を丸くした。
「うっわ」
そう言うと先生は引くわーという顔をして遠ざかろうとする。
遠ざかろうとしても後ろは壁なので物理的に遠ざかることは困難なのだが、二人の精神的な距離は明らかに開いていた。
「ヒントは多めだったから答えられる可能性は高かったとは思うけど、そういうところは勘違いしないで、マジで当てに来るわけね?あんたってほんっとやっばぁあ」
先生は変態でも見るような目でフィオナを見つめる。
「いやさ、あんたのそう言うところが彼奴に執着されるんだなと思ってさ。ほんっと二人ともキモいよ」
先生は埃の被った机の上にガラスの魔導具を置くと身体中に出まくった鳥肌を両手で摩った。
「で、その魔導具がなんなんですか?」
フィオナは『彼奴に執着』と言うところや『二人』と一括りにされたことを全く気にすることなく先生に尋ねた。
気にしていない訳ではなく聞いていないだけかも知れないが。
感情によって魔力が流れずに反発してしまう魔導具。
「それは」
先生が言い淀むと、机の上に置いたステンドグラスのような魔導具は研究室の小さな窓から差し込む僅かな日の光を受けてより透明度を上げて机の上に精細な模様を作り出した。
「わぁ、っ綺麗!」
「っダメだよ」
先生は魔導具の作り出す光の模様のあまりの美しさに手を伸ばそうとしたフィオナを慌てて止めた。
フィオナが膨れっ面で「何でですか?!」と問うと先生は押し黙って「これはダメ。今はまだダメ」と呟いた。
先生がダメだと言うんだからダメなんだろう。
「この魔導具はまだ試作中なんだ。だからダメ。だけど……」
先生は試作中のガラスの魔導具に手を翳して光を遮った後、手に取り棚に戻した。
そしてその隣にある箱を机の上に下ろすと中からガラスの魔導具を二周りほど小さくしたような大きさの魔導具を取り出し、言った。
「さっきのクイズは、正解だったからね。次に行こうか」
先生はそう言って手の平にその魔導具を乗せてフィオナの目の前に差し出した。




