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第5話 事故チュー2


「お前なぁ」

 それを面白くなさそうにスルーする殿下は、床を見つめているリナルトに詰め寄った。

 

「とにかく、フィオナ嬢にはせっかくだから広報委員会とこのまま関わりを持ち続けてもらった方がいい。潜入というのは飛躍しすぎかもしれないが、奴らと直接的な接点を持ちたい」


 殿下はさりげなく、フィオナとリナルトの繋いでいる手を引き剥がし、無理やり二人の間に座る。


(うぁ!殿下近ぁ!)

 間近のキラキラと輝く笑顔に目潰しを食らったかのように瞼に痛みを感じフィオナはソファに突っ伏す。


「で、殿下……」

 呆れたように呟くリナルトに残念ながら無理やり殿下をどかすような素振りはない。

 

「リナルト様……」

 恨めしそうに彼を殿下の肩越しに覗き見ても、彼の表情は見えない。

 それは殿下がすぐにフィオナを覗き込んでくるからだ。


(あわ……リナルトの言ってた通りにしなきゃ、距離を……)

 そんなことをフィオナが考えている間に殿下が行動を起こす。


 殿下はニコリと微笑んでフィオナを見つめながらその手を取った。

 フィオナも思わず殿下を見つめる。

「可愛……じゃなかった。頼んだよ。君が頼みの綱だ!」

「殿下。どさくさに紛れて……それはダメです!」

 リナルトが静止するのも聞かず、殿下はにこにこしながらフィオナを引き寄せた。

 何が何やら分からないフィオナは何の受け身を取ることも出来ずに殿下の懐に突っ込んだ。


(うわ!なにこの香り!高貴な方は香りが違うの?いやいやそれどころじゃ……距離)


 そうフィオナが思った途端、今度は逆方向に引っ張られる。

「殿下!ダメだって言ってるでしょう!!」

 引っ張ったのは強い口調で殿下に注意するリナルトだった。いつの間にかフィオナの後方にいた彼は、出来るだけ彼女を殿下から遠ざけそのまま自身をフィオナの盾にして殿下を制する。

 

(不敬じゃないの?とは思うけど……頼りになってステキ!!私が距離をとれなかったからリナルトが盾になってくれたんだわ!)

 

 フィオナはうっとりとその背中を見つめた。

 

「殿下も分かっててやってますよね?彼女は俺の婚約者です。ここではこういう挨拶はしないんですよ!」

 

「もう!分かったよ。悪かった!俺が悪かったよ!」


 殿下はそう言ってスッと立ち上がってリナルトの肩を軽(・)く(・)押した。つもりだったが、その力加減を間違っていたようだ。


 不意を突かれ、リナルトはすぐ後ろに守っていたフィオナを避けることが出来なかった。


「わ」

「え?あ!」

「あ、ごめ……」

 ゴッ!

(いったぁ!)

「む!んん?!」


 突き飛ばされたリナルトはそのままフィオナにぶつかった。

 それを見て慌てて謝った殿下だったが、フィオナの耳にその謝罪は届いていない。

 

 なぜならその瞬間フィオナは後頭部をソファのアームレストに強打していたのだ。

 フィオナは何とかその痛みに堪えていたがその最中、目の前にリナルトが倒れてきた。

 

 フィオナに倒れて来るリナルトを支える術はない。全く動けず、衝撃を和らげようと強く目を瞑って身を縮こませた。

(なんで?)

 口に感じた柔らかさと強い衝撃。

 

 動けなかったことによって起こったのは事故チューの再現だった。


 しかも今度のは第二王子の姿ではない。リナルトとフィオナの事故チューだ。

 

 体を起こしフィオナから離れたリナルトはいい笑顔で殿下を睨みつけた。

「で、殿下〜!?」

「あらら」

 殿下は両手の平を天に向け肩を竦めた。


 そして殿下とリナルトが言い争いを始めるとその間、フィオナは静かに実感していた。

(うわぁ……今度は間違いない。リナルトと……してしまった!)

 

 フィオナは自分の口を両手で覆った。

 顔から耳にじわじわと熱が広がっていく。


(嬉しい!じゃない!恥ずかしい!)

 口元から顔全体を両手で覆って俯く。

 その場で叫んでしまいそうなほど恥ずかしかったがそういう訳にはいかないので、努めて平静を装ったフィオナは二人の様子を伺った。


「あの〜」

 そして殿下とリナルトのただならぬ雰囲気にフィオナは恐る恐る声をかけた。


 放課後、リナルトのもとへ謝罪へ行き、そのまま王城で第二王子への謝罪。

 日も翳ってきていて、フィオナはそろそろ帰り時間も少し心配になってきたのだ。

 

「殿下。そろそろ終わりに」

 その心配をリナルトは察し、殿下に話をまとめるよう促す。

 

 殿下は頷いた。

「そうだな。フィオナ嬢は広報委員会との接点を持つ。これが最優先だ」

「殿下、新入生の必修講義の中にあのニコル・ケラーの講義があるはずです」

「あぁ、そうだな。フィオナ嬢、君はニコル・ケラーの講義も欠席することなく受講するように。あの女と奴らとの繋がりが分かるかもしれない」

 今度はリナルトが頷いた。


『ニコル・ケラー』と聞いてフィオナが思いつくことは二つある。

 

 一つは魔導具に関する知識は国内随一で他の追随を許さない、魔導具博士。

 そしてもう一つは、グラマラスな魅惑のボディで教師も生徒も魅了する美貌のアズ学教師。


 まだ講義を受けたことはないが、アズ学でも有名な教師だ。

 

「お二人とも先生の講義を受講したことがあるんですか?」

 フィオナは二人の物言いに若干ひっかかるものを感じて尋ねる。

 

 すると、チラリとフィオナとリナルトに視線を遣った殿下はニヤリと笑みを浮かべた。

「講義は勿論のこと、色々とお世話もしているしされてもいる。俺ら二人ともね」


 フィオナは殿下のその物言いに心の靄が大きくなるのを感じた。

(お世話?!)

 殿下がワザとそういう言い方をしているのは分かっていても、腹が立って来るのを抑えることはなかなか難しい。

 ムゥっとしてリナルトを見れば、彼は殿下を軽く睨むと、フィオナへいつものように微笑んだ。

「大した仲ではないよ。フィオナが心配するような関係じゃない」

 そう言って首を振る。


 フィオナはその一言でひとまず怒りを二人にぶつけずには済ますことは出来た。


「では、私は自分にできることを少し考えてみますね」

 何とか怒りを抑えフィオナは殿下に一応頼まれたことを実行する方向で考えていることを伝えた。

「あぁ。頼むね」

 

 殿下はフィオナにそう応えるとリナルトといくつか書類を見ながら確認し、二人を順に見た。

 その視線に何やら偏執的なものを感じ、ゾワリと鳥肌が立つ。

(何だろう?)

 

 もう一度殿下を見返せば、いつも通りの快活な笑顔に違和感は打ち消される。

 そんな引っ掛かりを感じながら、フィオナは殿下に見送られ、リナルトと共に王城を後にした。

 

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