第4話 第二王子への謝罪
王城へ向かう馬車の中、二人は向かい合わせではなく並んで座っていた。
フィオナはその近さに緊張で爆死しそうであったが、それを抑え込みながらリナルトの言葉に耳を傾けている。
リナルトは馬車に乗るなりすぐにフィオナの手を握り切実な表情を浮かべて訴えてくる。
「殿下はおそらく君に対して必要以上に近づこうとすると思う。だから出来るだけ距離を置いて近づかないようにして」
「でも、あんまり距離を置き過ぎても失礼じゃない?」
何で殿下が必要以上に近づくのか気にならない訳ではなかったが、それよりもフィオナは部屋の端と端にいる自分と殿下の姿を思い浮かべて、流石に会話もしにくい距離では不敬に当たるのではないかと心配になる。
「確かにそれは一理ある。が、とりあえず適切な距離を保って接して欲しい」
「え、えぇ、分かったわ」
力強く説得しようとしてくるリナルトに、圧倒されるようにフィオナは頷いた。
(殿下はきっと元々人との距離がすごく近い人なんだわ。テンションが上がったりするとハイタッチしたりハグしちゃったりするタイプの)
とフィオナはちょっとズレた解釈をして一人で納得していた。
ふと窓の外を見れば、もう王城が目の前だった。
王城は彼のタウンハウスからは目と鼻の先、徒歩十分程度のところにあった。
そんな場所にいながら少しも歩くことなくフィオナは馬車に乗せられ、こんな風に二人話をしている間に気がつけばここに辿り着いたのだった。
(こんなにすんなり王城に通されたのも護衛騎士であるリナルトのおかげね。私一人だったらここに来るまでにすごく時間がかかったに違いないもの)
道中リナルトに注意されたことを忘れないように胸に秘め、力強く頷く。
(殿下との距離感に気を付ける、と)
控えの間は公爵家の応接間よりさらに煌やかで、控えの間にしておくのが勿体無いくらいの金や銀等の多くの装飾で飾り立てられている。今座っているソファも座っているフィオナの存在が霞んでしまうくらいの存在感を醸し出している。
リナルトの横に並んでこれまた公爵家にいた時のように小さくなりながらフィオナは第二王子殿下を待っている。
もじもじとして落ち着かない様子のフィオナを愛おしそうに見つめるリナルトにも全く気づく気配もない。
(あぁ!緊張する!こんな空間に居なれなさ過ぎて落ち着かない!)
フィオナが心の中で悶絶していると、そこへ第二王子が颯爽と入ってきた。美しい金の髪が風に靡く。
そして彼は向かいのソファに丁寧な所作で座った。
「やぁ!渦中のフィオナ嬢とリナルトか。どうだい。気分は?リナルトは念願叶って——」
「あ——————————————————————————殿下、私謹慎中ですが失礼致し、ます!」
殿下が話している途中でリナルトがぶった斬った。
フィオナが吃驚して目を丸くして隣のリナルトを見つめる。
(殿下の言葉を遮るなんて!それって不敬じゃないの?!え?大丈夫?!それに——殿下、本当に憔悴しているようには見えないわね)
「ごふっ」
傍で勢いよく吹き出す音がした。
音のした方を見れば、殿下がごほごほと口を押さえて大笑いしている。
「あっはは。リナルト、おまえ、ほんっと面白いな!特にフィオナ嬢が絡んだ時が、うん最高だな!」
「五月蝿いですね。殿下は私の言葉にももう少し耳を傾けた方がいいと思いますよ」
二人はヒソヒソとフィオナの耳には届くか届かない程度の声音で話している。
現にフィオナの耳には届いていない。
こうした二人のやりとりを見ていれば、二人がただの主と護衛の関係ではないことがよく分かる。
二人の会話の内容までは聞こえていなかったフィオナだが、二人の親しさは見て取れた。
やはり殿下は笑い方が快活で華やかだ。控えめに笑うリナルトとは全然違う。
(私はリナルトの笑い方が好きだけど)
そんな邪な考えに気づいてか、殿下はフィオナを見る。
「改めて。ご無沙汰してたね。デビュタント以来かな?フィオナ嬢」
「こちらこそご無沙汰しております。そうですね。それにこの度はお騒がせして大変申し訳ございませんでした」
「あぁ、貴女は悪くないよ。悪いのはリナルトだからね」
「?」
殿下の悪い笑みを受けて、フィオナが横に座るリナルトを見ると、彼は視線を合わせないようにしているのかフィオナと逆方向の宙を見つめている。
彼とは目が合わないので、諦めて殿下に視線を戻した。
(……元気そうね……リナルトが言っていた通り憔悴しているという体なんだわ)
フィオナがそう思っていると、リナルトがいつの間にかこちらを見た気配がした後、口を開き殿下に向かって毒づく。
「あんまりハキハキ元気そうにしてると、情報が漏れますよ」
「えぇ——?俺の所為じゃないでしょ?リナルトじゃん、俺に憔悴してるフリさせてんの————まぁ他でもないフィオナ嬢の前だからね」
語尾を聞き取れるか取れないか程度の小さな声で意味ありげに呟くと殿下は姿勢を正した後、ソファに座り直した。
「今回の件、ひとまずリナルトが仕事中に起こした問題行動ということでこちらでは方が付いている」
殿下が説明を始めた。
世間ではまだ、アレン第二王子殿下が貴族のアズ学女子生徒に手を出したことになっているが、リナルトが変装中であったことは公にできないので、とりあえずリナルトには厳正に処分したということになっている。それが件の謹慎処分だ。
だが、世間の噂はどうしようもない。
あの壁新聞はアズ学内では三箇所、玄関前、講堂前、学園長室前に掲示されているが、学外でも王都に五箇所、郊外に二箇所ある。
壁新聞には写真も掲載されていたし、その信憑性には保証があるかのように見えていた。さも裏付けも取れているかのように見えていたのだ。
「噂についてはね、別に俺自身はそのままでも一向に構わないんだけど、そうも言えない事情もあったりしてね。どうにかしたいと思っているんだけど」
殿下は少し考えた後前屈みになってフィオナの方を覗き込んだ。
「フィオナ嬢……君には広報委員会に潜入してもらう!」
「はい?……私この間記事になったばっかりなんですよ。潜入ったって、報復を疑われるだけですって」
キリッとしてフィオナに向けて指差す殿下に、それを横目にため息を吐くリナルト。
フィオナはフルフルと首を振った。
広報委員会に潜入してすぐにバレる自分をフィオナは思い浮かべる。
想像の中の自分は、顔も分からない委員長と副委員長に袋叩きに遭っている。
(っきょきょわい……)
怯えながら隣に座るリナルトの手を思わず握るフィオナに、ビクッとなったリナルトは彼女と反対方向の床をしばらく見つめながら何かを堪えているようだった。




