第3話 婚約者への謝罪2
それは生物学的な話かしら?とフィオナは思う。
(男性は好きな人じゃなくてもああいうこととかそういうこととかもできるっていうし、女性とは感じ方が違うのかしら?)
そんなことを少し頬を赤く染めながら思い浮かべれば、でも私はやっぱりリナルトじゃないと嫌だな、とフィオナは思った。
そう考えていると、何だかリナルトに対して少し腹立たしい気持ちになってくる。
自分ばっかりが、殿下とキスしてしまったことを申し訳なく思っていて、それに対して咎めることも慰めることもしてくれない。
リナルトは自分の婚約者であるフィオナが他の人とキスして嫌じゃないのかと思ったらそのまま口から出ていた。
「リナルト様は私が殿下とキスして嫌じゃないの?!」
ちなみに二人の婚約は政略的なものである。二人が好き合っているから婚約したという訳ではない。
本来ならこの質問はお互いがお互いの好意を共有していればこそできる質問である。
お互い好意があれば、嫉妬も湧いてこういう疑問を投げかけることもあるだろう。
フィオナは間違いなくリナルトが好きだ。
もし逆の立場だったならフィオナはヤキモチを焼く。
だがリナルトがフィオナを好きなのかどうか彼女は分からない。
だから、彼がフィオナのことを好きでないなら『嫌』じゃないという返事になる可能性もある。
『嫌』じゃないという返事が返ってきたらフィオナはどう感じるのだろうか。
まぁ、落ち込むだろう。
だがフィオナにとってはそう言われる可能性についてすっかり抜け落ちている。
リナルトがフィオナをが好きなのかどうか。
残念ながら、実はリナルトは真面目で正直者。そしてちょっとうっかりさんだった。
だからフィオナに対して好意を持っているかどうかという核心に触れず彼女の問いにだけ正確に答えようとする。
「それが本当に殿下だったら嫌だったろうな」
リナルトは顔をしかめる。すごく不満げで何か堪えるような切なげな表情。
(はぅ!!——好き!!)
ギュン!っと気持ちが持っていかれるが、言われた言葉に一気に現実に引き戻された。
「あ、え?本当に殿下だったら?」
リナルトは頷く。
(……え?どういうこと?)
よくわからなくなってリナルトを見つめると、リナルトもこちらを見つめていて。
その姿が第二王子殿下と重なる。
流石のフィオナにもこの考えが思い浮かぶ。
(!!——もしかして!)
殿下とリナルトの見た目はそっくりで違うところの方が少ないから、そこから順に上げた方が早い。
(えーっとリナルト様は短い黒髪がサラサラで美しくて、瞳は茶色が甘くて……殿下は後ろで束ねた長めの金髪に碧い瞳)
目の前にいるリナルトと思い浮かべている殿下の姿を比較しても違いはそれしかない。
(でも話し方も表情も殿下そのものだったわ。リナルトとは違……)
「殿下はね。ふふっ、こうやって笑うんだよ」
フィオナの考えを読んだかのように、リナルトはニパーっと口角を上げ、太陽のように輝く笑顔を見せる。
(華やかな殿下の笑顔!!)
フィオナはカーッと顔が熱くなった。殿下を好きな訳ではない。
自分がキスした相手が、間違いなくリナルトだったことが分かったからだ。
「あぅ、……じゃあ、あの時の殿下は、リナルト様だったってこと?!」
恥ずかしさに口を隠す。
フィオナは顔も真っ赤になっていた。
あの柔らかな口の感触を思い出して、変な汗が身体中を伝う。
そうあせあせしているうちにフィオナはあることを思い出した。
(あぁ!!あの壁新聞の写真に写っていたバングル!)
あれは、リナルトがフィオナにプレゼントしたブレスレットと対になるように作られたものでフィオナの瞳の色と同じ色の石がはめられていた。
逆にフィオナのブレスレットにはリナルトの瞳の色と同じ色の石がはめられていた。
フィオナは大事に宝箱にしまって普段使いにはしていないが、リナルトは頻繁に使っていると言っていたのだ。
(やだ!間違いないじゃない!もぅ——ほんと熱い)
そしてフィオナの顔の熱さが引くまでに暫く時間がかかったのであった。
その後、二人は話し合って状況を整理した。
フィオナが薬を盛られて四阿でうとうとしていた時に第二王子殿下に変装していたリナルトが彼女を見かけて、近づいた拍子に手首を掴まれた。
それでバランスを崩してキスしてしまったということらしい。
「あぁ。学校には用があったから行ったんだけど、あの格好のまま中庭の四阿にまで行ったのは失敗だったな。途中で着替えるべきだった」
「でもその用を足す為に、学校へは殿下の姿で行かないといけなかったんでしょ?それなら仕方ないんじゃない?」
部外者が学校内で着替えるなんて場所もないし面倒だから。そう思って話すと彼も同意した。
フィオナはこの状況に納得はしつつも、何か引っ掛かりを感じていた。
(殿下の姿でしなければいけない用事って一体なんだろう。既に卒業している学校で態々?)
リナルトを前にしながら、思考の渦に巻き込まれそうになる。
(でもまぁ、リナルトに聞いたところで、仕事のことだから取ってつけたような理由をあげられるんだろうし。だからこのことに関しては聞かない方がいいんだろう)
違和感が拭いきれないが、仕方がない。
そう思ったフィオナは何か糸口が見つかるかもと彼と自然な会話の中でその違和感の正体を探る道を選択した。
(とりあえずは他の分からないこと、不安なことを聞いて確認してみよう。リナルトならきっと理解してくれるはず)
「リナルト様?さっき体調は問題ないと言っていたけど、このお休みはどういうお休みだったんですか?新聞の記事には憔悴しているとあったので心配してたんですよ?」
フィオナが考えていたよりもスルッと素直に思ったことを口にすると、リナルトもさらっと応えた。
「今回の件で、謹慎処分を受けた。まぁ、殿下の名誉を傷つけてしまったのだから仕方がないよな。——だからその点で言えば、あの記事は間違っている。俺は憔悴はしていない。どちらかと言えば、今回のことは嬉しい出来事だった。殿下の姿でなかったらと悔やんでも悔やみきれないよ」
「え?それはどういう?」
フィオナは本当に鈍い。ここまで言われてもよく意味がわかっていない。直情型なので受け取り方ももっと直接的な表現じゃないとすぐには理解できないのだが。
「あぁ……ええっと」
そんなフィオナを見てリナルトが言い直そうとしていると、ここまできて漸く理解が追いついてきたのかフィオナはハッとした。
「そそ、それは……格好はともかく、キ、キスできてラッキー!的な?意味で、合ってる?」
(引いてきた熱さが蘇ってきたわ。熱い)
フィオナはまた顔を耳まで赤くして俯く。
「まぁ、そうだな」
フィオナの困ったような、はにかんだ笑顔にリナルトは視線を逸らし応えた。
(はうっ。合ってるんだ)
フィオナは嬉しくて思わず笑みが溢れる。
ラッキーと思ってくれているということは、少なくとも嫌いではないということ。
(好きではないかもしれないけど、破棄するほど嫌いじゃないはず!)
「それが本当に殿下だったら嫌だったろうな」
という彼の言葉の意味をちゃんと理解していれば、ここで二人はハッピーエンドだったかも知れない。
リナルトがきちんとフィオナが好きだということを理解しないままに彼女の思考は勝手に進んでいた。
とりあえず婚約破棄される確率が高くはないことがわかって少しホッとしたフィオナは、これから自分がすべきことを考えるモチベーションがアップした。
早速冷静になって考えてみる。
憔悴しているのは殿下の方で、その原因は壁新聞の記事なのだ。
その記事を書かれた原因、原因の原因を作ったのは、フィオナで、その彼女が殿下に謝罪するのは間違ったことではない。
そう思ったフィオナは力強く自身の手を握りしめた。
「やっぱり原因は私だし、殿下に謝罪した方がいいわ!」
「——君が謝罪するなら俺ももう一度する。謹慎処分を受ける前に一度しているんだが、君がするなら俺もした方がいい」
リナルトはそう言うと、立ち上がった。




