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第23話 身の危険

 

「で?何で付き合ってることになってるのかちゃんと説明してもらおうか」

「はい。申し訳ございませんでした」


 フィオナは説明した。

 エインツがニコル先生を心配していること。

 そしてその心配が家族的な意味ではなく、恋愛的な意味ではないかと説明しようとした時に適切な言葉が思い浮かばなかったと言うことをだ。


「ほほぅ」

 エインツは切長の紫紺の瞳を一層細め、タシーンと丸めたノートでフィオナの頭を叩いた。


「いったぁ」

(叩いた!!)


 フィオナは衝撃を受けて、目を見開いた。

 そしてエインツの顔を睨みつける。


「ひどい!」

「ひどいのはどっちだ!言うなって言ったろ?!」

「言うなって『シェナにも』なんて分かりにくい言い方するからじゃない!私だってかなり考えたんだから!」

「あれは——誰にも言うなって意味だったのに!」

「勘違いだったなら悪かったけど、それにしたって叩くことないじゃない!」


 フィオナは頭を抑えて泣き真似する。


「何でも一足飛びにしたくなかったのに」

 ゴニョゴニョと小さな声でエインツが呟くのをフィオナは聞き逃さなかった。


「え?何?聞こえませーん」

 フィオナが態とらしくそう言って耳に手を当てていると、エインツの後方からニコル先生がこっち方向に歩いてくるのが見えた。


 エインツは気づいていない。

(あ、これはやばい奴では……)


 フィオナはエインツに視線で合図するが、彼は興奮していてそれに全く気付かない。

 

「だから!卒業したらちゃんとせんせーに言うつもりだったのに!好きだってちゃんと言いたかったのに!」

 

 その声はこのフロアにいる人なら皆聞こえるであろう大音量だった。


 先生は目を見開いている。

 その表情は驚きから喜びの表情に変わった。

 

 聞こえていない訳がない。

(あぁダメだこりゃ)


「それって」

「は?」


 背後から聞こえるニコル先生の声に勢いよく振り向いたエインツは彼女の姿を視界に捉えると真っ赤にした顔を思わず両腕で隠した。


 そしてくるりと向きを変えると先生とは逆方向に逃げて行く。

「フィオナ!覚えてろよ!」

 

(呼び捨て?!あんた呼びじゃなくなったら呼び捨てなの?)

 

 エインツは悪党よろしく捨て台詞を言って走って行く。

 廊下を階段方向に曲がり、速攻姿を消した。

 

 エインツの後ろ姿を見届けた後、フィオナは彼とは逆方向にいる先生を見た。

 先生も顔を真っ赤にして視線を明後日の方向に向けている。

 

 ニコル先生はそんな色っぽい、悪女っぽい格好をしておきながら、何だかリアクションがピュアだなとフィオナは思った。

 

 まぁ、フィオナ自身もリナルトに関しては似たようなリアクションになってしまうのだから仕方がないことだと思うことにした。


(あ、ちょうどいい。先生に聞きたかったことが……)

 フィオナは口を開きかけたが、慌ててその口を閉じる。


 先生の後方、かなり離れた壁際に見たことのある男子生徒がフィオナの視界に入ったからだ。

 

(あれは、ブルーノ委員長?)

 壁の角に隠れるようにしているが間違いない。

 第三会議室の戸棚から覗き見た時に知った顔だ。


(先生を張っている可能性はあるよね)

 フィオナは先生に軽くお辞儀をして、何も気づかなかったフリをして教室に戻った。


*


 色々と考えているうちに、放課後になっていた。

 ブルーノ委員長とレイリー先輩に面会する為、フィオナは第三会議室に向かっていた。


 ブルーノ委員長には聞きたいことが沢山ある。


 ただ、このところ色々なことがあり過ぎてフィオナ自身、状況がきちんと理解できているという自信がない。

 

 何の為に、記事を書いたのか。

 第二王子の何を知っているのか。

 ニコル先生を何故脅しているのか。

 そしてレイリー先輩のことをどう思っているのか。


 大雑把に言ってこの四つだったはず。


 そうやって考えを頭の中で整理しながら第三会議室に向かう途中だった。


 フィオナは強引に腕を取られた。

 その瞬間見えたのはスカートの裾だ。

 

(——!!)


 そのスカートの裾を見た瞬間、フィオナはカルロが後ろから突き飛ばされたという新入生歓迎会の話を思い出していた。


 押されたのは『腰より少し上』とカルロは言っていた。

 

 そう思い出しながらもフィオナは抵抗を試みる。

 だがそれも全く意味をなさない。

 

 フィオナの体は真っ直ぐに向かう予定の廊下から外れ、階段方向に投げ飛ばされた。


(やばっ!)


 全く受け身が取れそうにない。

 

 フィオナは次に来るであろう痛みに耐えようと思わず固く目を瞑り、縮こまったそのままに階段上を舞った。

 すぐに走り去る足音が聞こえる。

 

 タタッ。


(ぶつかっ…………)





 


 ガシっ。

 体全体を掴まれたような感覚。

 

(……………………痛、く、は…………ない)

 

 フィオナはそうっと目を開けた。


「大丈夫か?痛いところはないか?」


 聞き覚えのある声。

 スルリと頬を撫でる手に安心感を覚える。


(あぁ…………)

 

「大丈夫、です」

 フィオナはホッとして意識を失った。


*

 

 フィオナが気がついたのは大して遅くない時間だった。

 

 そこは保健室。

 横になっていたフィオナはそこから見える壁掛け時計を見た。

 

 放課後教室を出てから三十分程度しか経っていなかったようだ。


 

(まだ間に合うかしら?)

 レイリーとの約束を思い出し、フィオナはベッドから体を起こし降りようとした。


 フィオナに掛かっていた白いカバーの布団はフィオナがはぐったことでシワシワになったが、普段はピシッとアイロンがかかったかのように綺麗に整っている。

 それに消毒液の匂いに清潔感があって保健室の雰囲気はフィオナは嫌いではないが、だからと言って今はのんびりしている訳にはいかない。


 ベッドから降りるとフィオナは保健室の扉に手を掛けた。

 するとその手の上に別の手が重なる。

 

「え」

「何処に行くつもり?」

「え?」

 背中に感じる温もりにハッとして後ろ斜め上を見上げる。


「え?!どうしてここに?」

 そこにいたのはリナルトだった。

 

 眩しいその表情は怒りに満ちている。

(ん?なんでだろう?)


「エインツがフィオナを叩いたという情報が入ったからあいつは王城で引き取った」

「へ、あぁ!」

(そう言えば、廊下で叩かれたね)


 フィオナはそれを思い出した。

 そして誰かに階段から落とされ、彼に助けられたことまで思い出すと頬を綻ばせた。


(助けてくれたのはリナルトだったんだ……)

 フィオナの表情はますます緩んでいく。

 

「ふへ。ありがとうございます!」

「う」

 

 フィオナのその緩んだ表情にリナルトは言葉を詰まらせた。


「で、だ。何処に行こうとしていた?」


「あぁ!そう。急いでいたんでした。ブルーノ委員長とレイリー先輩多分待たせてしまっているはずなので」

「そのことなら心配ない。二人には明日もう一度時間を作ってほしいと既に伝えてある」


(そうだ。昨日リナルトには二人と会うこと伝えてあったんだ。さすが!仕事が早い!)

 リナルトの言葉に、気持ちは急激に落ち着いた。


「本当にありがとうございます。……でも、確認したかったことが今日も出来ませんでした」

 フィオナがそう言ってしょんぼりとするとリナルトは大きなため息を吐いて言った。


「あのな。今日フィオナの身に起こったことをよく考えてみろ。君は一つ間違えたら死ぬかも知れない危険な目に遭ったんだぞ。それなのにきちんと休まないで。また危険な目に遭ったらどうする。次はないかも知れないんだぞ」


 きゅぅぅぅぅん。


(怒られた!!どうしよう。リナルトが私の為に怒ってる。嬉しすぎて嬉しすぎて……)

 フィオナは感激し過ぎて失神しそうだ。

 鼻の奥が痛い。

 鼻血が出たかも知れない。

 

 それでもフィオナは何とか意識を保って「でも」と言いかける。

 だがその言葉はすぐにリナルトに打ち消された。

 

「でもじゃない。今日は休んで明日に備えろ」

「……あ、はい」


 リナルトにこう言われては仕方がない。

 フィオナは素直に言うことを聞いて寮に帰ることにした。


(今日できなかったことは明日。明日確認しよう)

 フィオナは気持ちを改めた。


 リナルトと保健室で別れ、フィオナは教室に鞄を取りに戻った。

 教室は誰もおらず、フィオナは自身の鞄を手に取ると足早に教室を出た。


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