第22話 先生の秘密
「あぁ!よく寝……寝過ぎた!!今何時?」
朝、目が覚めると下半身がベッドの下に落ちた中途半端な姿勢でいたことに気づいた。
フィオナは慌てたが。
ベッドのサイドテーブル上にある目覚まし時計を見るといつもより少し早い。
ホッとしてフィオナはベッドに腰を下ろした。
昨日あのまま眠ってしまったから、服装は制服のままだ。
(あぁくちゃくちゃ)
フィオナはシワのついた制服を撫でるがそれでシワが消える訳もなく。
クチャッ。
(ん?)
スカートのシワを撫でた拍子にポケットに入っている何かを潰した音がした。
手にもスカートの生地だけではない感触が残っている。
フィオナは手を見てハッと思い出した。
(先生のメモ!!)
フィオナはポケットに手を突っ込むと、勢いよくそのメモを取り出した。
しわくちゃになったそのメモは、先生の部屋に沢山あった本と同じ紙質のようで、少し黄ばんで時間経過を感じさせた。
フィオナはそのメモをテーブルに乗せ、ゆっくりとシワを伸ばす。
(あ、裏返し)
あの時先生が慌てたように書き記したメモは裏面にまで文字が滲んでいた。
フィオナはそのメモを裏返して、ゆっくりと文字を追う。
『入れ替わり』
そこに書かれている文言は、ただその一言。
『入れ替わり』とだけ。
フィオナは戸惑い、困惑した。
(これはどういうこと?……先生はあの瞬間に何を伝えたかったの?)
ただその言葉の真意を探れば、段々と薄ら寒気がしてくる。
色々な疑問がフィオナの頭の中に浮かんでは消え浮かんでは消える。
ビ————————ッ
突然の爆音にフィオナはハッと我に返った。
魔導具の目覚まし時計がけたたましく鳴り響いている。
フィオナはサイドテーブル上の目覚まし時計に飛びついてスイッチを探す。
その間にもフィオナの頭の中はその言葉に縛られている。
そして目覚まし時計はまだ鳴り続けていた。
(これはクイズのヒントなの?)
目覚まし時計はまだ止まっていない。
(先生からのクイズ?)
目覚まし時計は止まらない。
フィオナの頭の中を埋め尽くすその言葉の隙間を縫うように、エインツの言っていたことが頭をよぎる。
(!……もしかして……これが先生の、秘密?)
フィオナは目覚まし時計を止めた。
今日はレイリー先輩とブルーノ委員長と面会する約束がある。
約束は放課後。
それまでに心の準備をして、万全の状態で面会に臨まなくては。
メモに書かれた言葉を思い返せば、また胸がざわついた。
(でも、今は————)
フィオナは無理やりそのざわつきを奥底に押し込めて、気持ちを引き締めた。
*
登校中。
フィオナは頭の中を整理しようと、歩きながら昨日のことと今朝のことを順序立てて考えていた。
(まずは昨日のこと)
『「ブルーノの婚約者を調べるといい。仕返しのいい方法が思い浮かぶよ、きっと」』
先生はそう言っていた。
(ブルーノの婚約者ってリアナ様だってリナルトは言ってたわよね?リアナ様には恋人がいるからこのまま正当な手順を踏めば婚約は問題なく解消されるはずだけど)
あの二人がそういうことを考えられるだろうか。
フィオナのように浅慮でも気づいちゃうようなことにも気づかない。
そんな二人が無事それぞれに婚約を解消して、新たに婚約を結ぶなんてこと出来るのだろうか。
(それに、シェナの妹のカレン・ミルディア男爵令嬢もカルロ様の婚約者で。出会いのキッカケになった彼の背中を押した女性のことも気掛かりだわ)
とりあえずはシェナにそれとなく家族のことを聞いてみようとフィオナは思う。
そこまでは順調に頭の中を整理できた。
やはり引っ掛かるのは、今朝のメモ。
先生は何故フィオナにそれを伝えようとしたのか。
フィオナには分からなかった。
「はぁ」
フィオナはため息を吐いた。
校門前まで来て、一旦足を止める。
まだフィオナの腹は決まらない。
授業を受けながら考えられるだろうか。
あぁつらいしんどい。
あんな姿勢で寝てたから夢見が悪かった所為もあるんだろう。
フィオナがその場で赤茶色の煉瓦造りの校舎をぼんやりと眺めると、背中をポンっと叩かれる。
「おはよっ!フィオナぁ。うっわ。スカートしわっしわ」
シェナが横から覗き込んで声を掛けて来た。
「おはよぅ。シェナはいつも元気だね」
「何なに?何かあった?」
シェナはイシシと笑う。
「昨日ねぇ。リナルト様と話したんだけど、話し終わってすぐに寝ちゃったから制服のままだったのよね。だからくちゃくちゃなの」
「え?あの後会ったの?」
シェナは驚愕の表情を浮かべ、フィオナの体をあちこちチェックする。
「いや何もされてないから。て言うか、会ってない」
「え?じゃあ、どうやって話したの?あ、もしかして新しい魔導具とか?」
シェナのその問いにフィオナが惜しいっと言うとシェナは顎に手を当て、真剣に考えている。
「シェナが昨日言ってた通り、彼こわぁい人だったよ」
フィオナが冗談めかしてそう言うとシェナはなになに?と腕に捕まって来た。
「これ」
フィオナがシェナに掴まれている方の腕を肩くらいの高さまで上げると、シャランとブレスレットが手首と肘の間くらいの位置まで下がる。
「魔導具だったよ」
「え。まじ?」
「まじ」
横目でシェナを見る。
シェナは、目を見開いてブレスレットを見つめていた。
「ぶっふ。そんな変な魔導具じゃないよ」
フィオナは思わず吹き出して弁解する。
「へ?」
「これは『通話の魔導具』っていうらしいよ」
*
殆どの生徒が登校し終わっているのか、教室内は賑やかだ。
シェナと『通話の魔導具』について話しながらフィオナは教室に入り、二人並んで席につく。
「じゃあ、ずっとそれで話していたのに、フィオナの部屋に入った時のことは何一つ聞いてないのね?」
「そうなのよね。もう彼と話が出来ただけで舞い上がっちゃって。まぁ昨日は色々ありすぎて疲れてたのもあるんだけど」
シェナが言っているのは、新入生歓迎会の日のことだ。
リナルトがフィオナがいる部屋に鍵を開けて入った姿をシェナが目撃したということ。
「私、今思ったんだけど。その日、部屋に戻ってからどう過ごしてたかよく覚えてないのよね」
教室に着いてから何度か思い出そうとしているのだがフィオナは思い出せないのだ。
寮の自室に帰って鞄をクローゼットにしまったところまでは覚えているのだが。
問題はその後だ。
鞄をクローゼットにしまった後のフィオナの記憶は翌朝ベッドから体を起こしたところから始まっている。
自分一人で過ごした覚えもないのに、ましてやリナルトと過ごした覚えなどある訳ないのだ。
(そもそも彼と過ごしてたら忘れる訳がない、というか脳内アルバムにしっかり何冊にも残して……)
フィオナの思考がだんだん脇道に外れて行くと突然シェナが立ち上がった。
「ど、どうした?」
フィオナは立ち上がって鋭い目つきで遠くを見るシェナに戸惑いを隠せない。
フィオナがシェナをしばらく見上げているとそんな彼女にシェナは気づいたのかあっと小さい声を上げ、再び座った。
「……シェナ?」
「ご、ごめん。……本当に何もされてない?」
シェナは、めそっとした顔をしてフィオナの体を気遣う。
「うん。たぶん。……シェナこそ。昨日といい今日といい、情緒不安定だな?大丈夫?」
「うん。ありがと」
シェナがそう言った後、ちょうど担任が教室に入って来て朝礼が始まった。
長い朝礼の間、フィオナは担任の話を聞き流しながらまた頭の中を整理し始めた。
(あの言葉の意味を知りたい)
とフィオナは思う。
ニコル先生に聞くのが一番間違いないとは思うけど、とても素直に教えてくれるとは思えない。
次に知っていそうな人で言えば、エインツだろうか。
でもエインツもニコル先生のことなら何でも知っている訳ではなさそうだった。
現に秘密が何か知らなかった。
ブルーノに秘密を握られていて脅されているということまでは知っていたけど。
ということはブルーノは秘密が何かは確実に知っている。
(じゃあブルーノ様に話を聞くのが正解?)
他の人に聞いたとしても余計なことを言って下手に情報を漏らしても良くないし。
(他に聞ける人って……)
リナルトはニコル先生が何か隠していることは知っているようだったがその内容までは知らない。
エインツはニコル先生がブルーノに脅されていることは知っていてその理由、先生の秘密を知りたいと言っていた。
(昨日のことはエインツに口止めされている所為で大っぴらに言えないから面倒なのよね)
フィオナがそう考えている間に朝礼は終わっていた。
(あれ?何にも話聞いていなかったけど、大丈夫だっけ?)
隣の席を見てみればシェナもいつの間にかいなくなっている。
(?あれ)
フィオナが首を傾げていると、エインツがフィオナの机の前に立ちはだかった。
(——!!)
驚いて見上げるも、速攻で首根っこを掴まれ、廊下に連れ出される。
エインツは顔を真っ赤にして怒っていた。
「え、ええ?」
その表情は、昨日教室で会った時よりも。
(何か、すごい色気がダダ漏れじゃない?)
胸元はシャツがはだけている。
(そんな格好で学校にきちゃダメだよ!!女生徒の格好の餌食だよ!)
フィオナは驚きながらも、何とか平静を装った。
「ど、どうし……」
「おま!何でせんせーと僕が付き合ってることになってんだよ!」
コソコソと小さい声だが、強めの語気でエインツはフィオナを威圧する。
「あ。あ——っ、ごめんなさいぃぃぃ」
威圧された意味を瞬時に理解したフィオナが素直に謝る声が廊下に響き渡った。




