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第19話 隣室の住人


 フィオナは自室に入り扉を閉めると徐にキョロキョロと室内を探索した。


 当然だ。シェナからあんなことを聞いたら確認せずにはいられない。


 チェストの下から天井裏まで隅々まで調べたが何一つ出てこなかった。


 そこまで確認したところで、フィオナはようやく安心してベッドに腰を下ろす。


(最後にもう一回)

 と、フィオナはぐるりと部屋を見渡した。

 

(うん。大丈夫!)

 今度こそ確信を持った。

 リナルトが何か仕掛けているということはないだろう。

 

 この寮は全員が同じ部屋で同じ間取りだ。

 

 室内は貴族のご令嬢がメインで住んでいるので質感はいいがこざっぱりとはしている。

 クローゼットも引き出しがいくつか付いていて、実家では侍女にさせているであろう片付けも自分たちでできそうだ。


 貴族令嬢であれば、人とは違うお洒落な空間を創意工夫するところであろうが、流石に全てを自分自身でするとなるとそういう選択肢はないようであるものをあるままに使用するのがこの寮での通例となっていた。


 だから、どこの部屋が誰の部屋かは入ってもパッと見では区別がつかないのである。

 

(それにそもそもリナルトが私の部屋を知っている訳がないじゃない?私のことなんか……)


 そう思うと無性に寂しくもなるのだが。

 

 リナルトがフィオナのことをどれくらい知っているのか。

 知りたいかどうかすら怪しいと本人は思っている。

 

 だから部屋のことなど全く知らなくてもおかしくはない。

 フィオナ自身よく部屋を間違えるくらいだし、興味のない女の部屋など覚える気すら起きないだろう。


 考えていて段々悲しくなってきたフィオナは寮の部屋位置のことに意識を戻した。


 扉に名前が書いてある訳でもないから、皆なんとなくで部屋の場所を覚えている。

 

 覚え方は人それぞれだろうが、奥から何番目とか少し扉に傷がついているとか。

 意外にもほとんどの生徒が間違えないのだ。


 フィオナはベッドにいくつも置いているクッションのうちの一つでアッシュピンクのものを手に取り、ギュッと抱きしめた。


(今日のシェナは何か変だったな)


 何か不安に思うことがあるのか、ただ単に私の心配をしてくれているだけなのか。

 よくは分からない。


(でも大切な友達がこうやって親身になってくれている。その気持ちは無碍にはできない)


 フィオナは最大限彼女の不安を取り除いてあげたいと思う。

 そう思ったところでふと音に気づく。


 コンコン


 ノックの音だ。

 この部屋ではないみたい。


 耳を澄ませば隣の部屋の扉をノックしているように聞こえる。


 そして隣室の扉を開ける音がして、話し声が聞こえた。


「————」

「——————」


 何を話しているかは分からない。

 けど、男性と女性の声に聞こえる。

 

 二人は声を顰めているが僅かに漏れる声はお互いを想い合っていることが分かる。

 相手を気遣うような甘い声色だ。


 女性はおそらく隣室の住人、リアナ伯爵令嬢だ。


 彼女の儚げな容姿は男女問わず人気があって、メイクや香水を真似るご令嬢も多い。

 

 確か彼女には婚約者がいたはず。

 この声の主がその婚約者なのだろうか。

 

 だけど、その前に。

 

(え?待って。ここ女子寮ですが?!)


 さっきまでシェナと話していた『女子寮』という言葉が頭に残っていたからスルッと出てきてしまった。

 

 本来なら、二人の甘い会話に聞こえないフリをするところなんだろうけど、いらない正義感が先に立って何か言わずにはいられなかった。


「あのう」

 フィオナは自室の扉を開けて音のした部屋の方を見た。


 隣室の二人もキョトンとした顔でこちらを見ている。


「ここ女子寮なので、男性はちょっと……」

 

 フィオナは男性をチラリと見て言葉を濁す。


「ここでは何ですので、一階の応接室をご利用になっては?あそこでしたら問題ないはずですので」


「フィオナ様。ありがとうございます。あの……」

 リアナはフィオナの前に進み出た。

 

 彼女が言葉を濁し俯くので、フィオナは彼女の表情を覗き見て、戸惑わせないように注意を払いながら問いかける。


「なんでしょうか。私に出来ることでしたら協力しますわ」

 フィオナは優しく微笑んだ。


*


 女子寮内、一階応接室。


 そこにフィオナとテーブルを挟んで向かいにリアナ伯爵令嬢と男性が座る。

 まぁこの部屋に男女二人きりでは確かに問題がありそうね。


 先ほどリアナが言いかけたことは同席してほしいという要望だった。


 リアナはそのことでお礼を言う。

 

「フィオナ様。同席いただいて本当にありがとうございます。密室に男女二人だけではと……」

 リアナは頬を赤らめた。


(可愛い……この妖精のような儚げな笑顔……あぁ尊!!)

 

 フィオナはリアナから隣の男性へと視線を移した。


 彼もまた、リアナを見つめていて彼女へ愛おしげに視線を送っている。


(この二人、恋人同士なのね。婚約者の方ってこの方だったかしら?)


 フィオナが彼を見ていることに気づいたのか、リアナはハッとして口を開いた。


「申し訳ございません、フィオナ様。彼は友人のカルロ・レンツィ子爵令息です。で、カルロ。こちらが隣室のフィオナ・アレリール侯爵令嬢です」


 二人はお互い紹介されたタイミングで軽く頭を下げた。


(あれ?友人?それにレンツィ子爵令息ってことは婚約者の方じゃないのね?ん?てことは二人でいたらやっぱりよくなかったんだわ)

 

 フィオナは自分も応接室に一緒に来て欲しいと言われた理由を理解した。


 ローズ伯爵家にはリアナ嬢の他に男兄弟が三人いたはずだ。剣術や武術に優れ、三人ともその道に進んでいると聞く。

 

 それに対してカルロのレンツィ子爵家は、植物の栽培で名を馳せ、この家の子ども達も育てている植物のように温室育ちらしい。


(それにしてもこの二人。好き合ってるよねぇ?)


 二人の様子を見ていれば、互いが想い合っていることは見てとれた。


 二人とも俯きがちでチラチラと相手の方を見ては赤くなっている。

(こーれーはー。両片思いっていうやつね!)


 今日一日でフィオナは三組ものカップルを目にしてきた。

 

 ブルーノ様とレイリー先輩。

 この二人は互いの意見を戦わせて本心で語らうタイプなのだろう。

 ブルーノ様の気持ちは分からないけどレイリーには押されている感じがある。

 

 エインツとニコル先生。

 こちらはニコル先生の一方通行かと思いきやエインツのツンデレだった。

 

 そして最後はリアナ様とカルロ様。

 この二人はすごく初々しくてキュンッてなる甘酸っぱい雰囲気のするカップルだ。

 見守っていたい。ずっと見ていられる。

 

 でももうお腹いっぱいだ。

 そろそろ自分もイチャイチャしたい。出来るなら。

 フィオナはそう思い始めていた。


(リナルトに会いたい!!)

 フィオナが思っていると、カルロ様は先ほどまでリアナを見つめていた深緑の瞳をこちらに向けていた。


(?)

 フィオナが不思議に思っていると、彼はフワリと微笑んだ。


「あぁ、貴女がフィオナ嬢か。噂には聞いていたが、これはこれは」

 そう言ってカルロは口元を抑えた。

 

「えっと?それはどういう噂?」

「私は、リナルト君のクラスメイトだったんです」


(え——!!リナルトの同級生!!これは聞かなくては。彼の学生時代の話を!!——って噂って?リナルトから何か聞いてるってこと?)

 フィオナは目を剥いた。


 そんなフィオナの勢いに、カルロは少し引き気味になるが、フィオナのその態度を瞬時に理解したかのようにコホンと咳払いをした後、悪そうに口角を上げた。


「じゃあ、約束してくださいますか?」

「内容によります」

「私がここに来たことを秘密にしてほしいんです」


(え、出来るかしら?)

 とフィオナは思った。

 

 ここの部屋借りる時に貸し出し記録に三人と書いてリアナの名前を代表者として記入した。

 確かにカルロの名前は書いていないし、今誰かがここに入ってきたり、退出する時に会わなければバレることはないだろう。


「ダメよカルロ。そんなこと」

 リアナはカルロを止めようと彼の手を取る。

 

「いえ、私が名前を出さないようにすることはできると思いますが」

 チラリとカルロの深緑の瞳を見つめ、暗に状況や経緯から察する人はいるかも知れないと匂わす。


「十分です」

 カルロはそう言ってリアナに取られている手をそのまま握った。


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