第17話 弟子と孫
「そ、うなんだ?」
嫌われていないことは過去二回のキスでも分かっているけどそんなに?とフィオナは思う。
(でも今度は『嫌われていない』ではなくて『好かれている』とか『愛されている』という情報が欲しい!)
そう考えながら、もやんとリナルトの顔を思い出す。
次々と浮かんでくる彼の顔に紛れて第二王子殿下の顔も浮かんでくる。
(いやいや、違う違う)
と首を横に振ってそれを否定する。
そうしてしばらく考えていたがふと気づいた。
リナルトの変装は魔導具を使っていなかったということになるのでは、と。
フィオナとリナルトはキスした時にお互いの唾液に『接触』している。
お互いの魔力が『接触』したはずなのだ。
二人の魔力が『接触』したにも関わらず変装が解けなかったということは、『変装の魔導具』を使用していなかったのではと思ったのだ。
とすれば、本当にただの変装をしていたことになるが、ただの変装にしては本当によく似ていた。
それに彼がリナルトだとはその時気付かなかったのにも関わらずフィオナはときめいてしまっていた。
(私は殿下のことも好きなのかしら?少なくともあの見た目はタイプってことよね?)
ただの変装だったのか、それとも『変装の魔導具』の使い方に何か裏技みたいなものがあったのか、結論は出ない。
当事者がいないのだから。
(いざとなったら本人に聞こう)
フィオナは一旦このことを考えるのをおしまいにして、続けて三問目の問題の解説を聞くことにした。
「——では属性についてですが」
「それについては僕が説明しようか」
そう言ったのはエインツだ。
(エインツは魔導具についても詳しいのかしら。護衛騎士見習いのはずなのに)
そんなフィオナの疑問に答えるかのようにエインツは続ける。
「僕が、説明しよう。僕の祖父でせんせーの師匠であるエイドン・ランバードについて」
エインツは深い笑みを浮かべ、フィオナを見つめる切長の紫紺の瞳を一層細めた。
*
エインツの祖父でニコル・ケラーの魔導具師としての師匠であるエイドン・ランバードは元々はステンドグラス職人だった。
彼の作るステンドグラスは陽の光を浴びると濡れたように揺らめき、薄汚れた壁や床を華やかに彩る。
大聖堂や講堂などの為に大きなステンドグラスを作って取り付けるのが彼の主な仕事だった。
ところがある事件をキッカケに彼はその職人を辞めることになったのである。
「聞いたことあるでしょ。アンカレラ聖堂の襲撃」
それはアズロプロフォンドの南部に位置するアンカレラという地域にある聖堂を襲った事件だ。
その事件が犯人の思惑通りに行われていたら襲撃ではなく大虐殺になっていたかもしれない。
この事件はある密告により襲撃はあったものの、死者・負傷者はゼロで、対人に関しては完全に防ぎ切ることができたのだ。
「当時職人の中でも大きな仕事を任されるようになっていて、そこのステンドグラスもじいさんが作ったものだった。だけど」
その襲撃でアンカレラ聖堂は瓦礫と化した。
「ガラスなんてな、すぐ壊れる」
分かってはいるが、その喪失感は半端ない。
特にものづくりをする職人たちは自分の死後も作ったものが後世に残ることを期待している者が多い。
彼もその一人だった。
「彼はアンカレラのステンドグラスが壊れた後、壊れないステンドグラスを必死に考えていた」
ただ、そこから彼はステンドグラスの美しさは儚いものだからこそだったのだと気づいた。
だからステンドグラスを改良するのではなく、ステンドグラスを守るものを作ろうと。
そこから、彼は魔導具師への道を歩むことになる。
彼が作った『結界の魔導具』、『反撃の魔導具』はまさにステンドグラスを守るためのものだった。
結果的にその魔導具はステンドグラスだけでなく国をも守ることになったのだが。
彼はその功績を讃えられ爵位と褒賞を賜ったというのは有名な話だ。
「それは魔導具師となったじいさんが亡くなる少し前に取り掛かった魔導具だ」
彼が指しているのは、フィオナが手にしている『変装の魔導具』。
「もともと別の人が作ろうとしていたものを途中で引き継いだらしい。それを亡くなる際、せんせーに引き継いだ。」
エインツは優しい眼差しで先生を見つめる。
先生は嬉しそうに微笑み言葉を繋げる。
「師匠は『変装の魔導具』の属性を長らく闇だと思っていてね。それで何度も試作、失敗を繰り返していた」
光と闇は相反する属性だ。
属性を間違えば、正しく発動する訳がない。
「ステンドグラスがヒントになって、属性が違うことに気づいたんだ。その過程で失敗作も出来たけどね」
先生は寂しそうに笑い、表情を引き締めた。
「長くなったけど、フィオちゃんをここに連れてきた理由」
「え?何ですか急に。暇潰し、あ、して欲しいことがあるって言ってましたっけ?」
先生は頷いて言った。
「伝えたいことがあったんだ」
「えっと……?」
「広報委員会の弱点……」
「え?」
フィオナが言い掛けるのとほぼ同じタイミングで先生は言った。
そして人差し指を口に当てシィーッの口をする。
「ブルーノの婚約者を調べるといい。仕返しのいい方法が思い浮かぶよ、きっと」
「なんでそれを……」
コンコンッ。
先生の言葉に驚いたフィオナが言い掛けると扉からノックする音が聞こえてきた。
(きっとレイリー先輩だわ。編集会議が終わったのね)
フィオナは扉に視線を送って立ちあがろうとするもエインツに腕を掴まれた。
「え?」
そうこうしている間に、先生が扉の方へ歩み寄る。
「はーい。ちょっと待ってー」
先生がエインツとフィオナから離れていくと、彼はフィオナの耳元で囁いた。
「ブルーノはせんせーの秘密を握ってる。脅して利用しているらしいんだ。頼む。その秘密が何か調べてくれないか?」
「私が?無理よ」
ヒソヒソ声で答えるが、エインツは首を横に振って聞かない。
その表情は——きっと先生を心配してるんだろう。
不安そうに紫紺の瞳が揺れている。
(なんだ。この二人相思相愛なんじゃない。分かりにくい態度するわね。特にエインツは)
何だか少しイラッとして言葉を返す。
「素直じゃないのね?」
フンッとフィオナが笑えば「うるせー」と素っ気ない。
フィオナが頷いたのを了承と取ったのか、彼は謝ってきた。
「わりーな」
(待て待て。了承はしてないぞ)
フィオナは眉間に皺を寄せ軽く睨むが、彼は素知らぬ顔だ。
「あとさ」
エインツはこちらには目を合わせず、扉を見つめたままだ。
「なに?」
フィオナも張り合うように扉の傍の先生を見つめた。
「ここでの話はシェナにも話すなよ」
「なんで?」
「どこに繋がってるか分からねぇからな」
「シェナはそんな子じゃないよ」
ムッとして返すと分かってるけどよと呟き、フィオナを見る。
ん!?とまた張り合うようにフィオナもエインツを見る。
「あいつがその気がなくてもってことあるだろ?」
(まぁ、彼女に悪気なくとも相手に悪意があったり本人が悪い人だったりすれば、私から聞いた話を利用することもありえるか)
そう思って「まぁ」とフィオナは答えた。
扉の外でレイリーの声が聞こえ、先生が「ちょっと待っててね」と言うのが少し離れたところから聞こえた。
「フィオちゃん行ける?」
先生はこちらに歩み寄りながら途中の本棚から紙を一枚抜き取ると、ソファのアームレストの上でサラサラと何か書き留め、それをフィオナに握らせた。
「じゃあね」
「頼んだ」
先生とエインツは同時に声をかける。
フィオナは返事も了承もしていないのに、何やら託されたようだ。
嫌な予感しかしない。
「はぁ……」
フィオナは大きなため息をついて答えた。
「レイリー先輩、今行きます」




