第16話 クイズの答え合わせ
自分から声をかけるのも憚られ、フィオナはしゃがんだまま二人から背を向けていた。
小窓から漏れる日の光に『変装の魔導具』を当て、反対の手に桃色と黄色の光が映るように動かしてみる。
光は綺麗に桃色と黄色を映し出してフィオナの手のひらでゆらゆらと揺れている。
出来るだけ室内で聞こえる吐息から耳を背け、その揺れている光に気持ちを向けるように努めた。
「ん……はっ、しつこい」
ゴッ。
エインツの落ち着いた声と共に大きな物音。
その物音のした方をフィオナはゆっくりと立ち上がりそっと目を開く。
壁際に立つエインツ。
彼はクラスにいる時とは違い、リナルトがするような格好をしている所為かすごく大人っぽい。
(それに……なんだろう。今のエインツは色気があるのよね)
彼の前にいたはずの先生は頭を抱え床に突っ伏していた。
「えーっと?」
(どういう状況?)
するとエインツは、んんっと咳払いをしてフィオナを見た。
申し訳なさそうな表情をして彼は頭を掻く。
「……いや、悪かったな。気分悪かったろ?今日アズ学にいたリナルトさんは全部僕だったから」
「え、じゃあ授業中のリナルト様は……」
「あぁ、僕だ」
この『変装の魔導具』でエインツはリナルトに変装していたということらしい。
(すごい、シェナ!ビンゴだ)
フィオナはシェナの予想がバッチリ当たっていて驚愕した。
「先生とはどういう……それにどうやって戻って?」
フィオナは次々と浮かんでくる疑問をそのままエインツに投げかける。
「はい。そこからは僕に答えさせてね」
いつの間にか立ち上がって膝につく埃を払った先生はエインツ同様、色気のある笑みを浮かべて肩に掛かる長い髪を横に流した。
先生に促されエインツは一人掛けソファの傍にある机に寄りかかり、フィオナはさっき先生に座らされたひっくり返した何かの容器に、先生はそのソファにゆったりと腰を下ろした。
「まず。僕らの関係、だよね?」
先生はエインツに視線を送った後、彼が頷いたのを確認すると、フィオナに尋ねた。
「そうです。二人の様子を見るにかなり親しいと感じたんですが」
フィオナは素直に感じたことを告げる。
「でしょ?」
何だか先生は嬉しそうだ。
フィオナは不思議に思っているとすかさずエインツが口を挟む。
「でしょ、じゃねー」
エインツは先生に対する態度がかなり横柄だ。
口調は悪いがかなり親しい間柄なのが伝わってくる。
(でもキスするほどの仲なんだから、姉弟ってことはないだろうし、恋人か婚約者……)
フィオナがそう思っていると、先生よりも先に口を開いたのはエインツだった。
「幼馴染。昔馴染み。……腐れ縁?」
「え!それだけぇ?」
先生はさもショックを受けたかのようにアームレストに頭を寄り掛け、よよよと泣き真似している。
(先生はもしかしたらエインツのことが好きなのかしら?でもエインツも拒絶するようなことはしてないし嫌ではなさそう……)
フィオナは泣き真似と気付きつつも先生に近づき、背中を擦った。
「フィオちゃん!」
先生は感激したようにフィオナに向き直り抱きしめる、が。
「やることやってる恋人未満、だよ。早く昇格したいんだけど」
フィオナの耳元でそう囁いた先生は顔を覗き込むと微笑んだ。
その微笑みは艶っぽくて。
(——!)
フィオナは腰が抜けて床にへたり込む。
「おい、せんせー。何言った?」
「えー、女同士の話よぉ。やだフィオちゃん真っ赤になっちゃって!可愛い!」
へたり込んでいるフィオナを先生はギュッと抱きしめ、立ち上がらせる。
そしてまたひっくり返した容器の底面に座らせた。
フィオナは戸惑いながらお礼を言うと、先生も頷き再びソファに座る。
「ふ、二人の間柄は分かりました。で、キ、キスして戻ったってことは『変装の魔導具』でした変装から戻る方法はだ、唾液が関係してるってことなんですか?っちょ、ちょっと先生笑わないでください」
キスって言うだけでそんなに赤くなって!と一頻り笑って涙を拭いながら先生は答えた。
「半分正解かな。他の魔力に接触すること、が満点正解だね」
「他の魔力ってことは」
フィオナがそう言うとそれを受けて先生は頷いた。
「そう。基本的にはどんな魔力でもいい。だけど植物や動物、魔物由来のものではダメだということは分かっている。ひとまず人間であることは絶対条件だな。あとは」
その言葉を受けたのはエインツだ。
「接触」
彼がそう言えば、先生の声色は跳ね上がり語尾は女性的になる。
「そうね。この場合肌に触れるだけでは接触にならない。涙、汗、唾液、血液などには魔力が籠っているからそれ同士が触れることが最も有効な接触ね。だから」
先生はソファに座りながら机に寄りかかるエインツに手を伸ばすが、彼はピシャリとその手の甲を軽く叩き、先生とは逆の方向に顔を背けた。
「んもぅ」
先生は拗ねたような声を出した。
「じゃあ……」
変装を解く方法は他の魔力との直接接触だと言うことは分かった。
でもフィオナは『変装の魔導具』の中に入れるものがなぜ涙なのか疑問だった。先生はその理由を彼女の表情から察したかのように口を開いた。
「涙は魔力と髪の毛の中間。程よく魔力が籠ってる」
魔力を直接注ぐには強すぎるし、髪の毛では少なすぎる。
その魔力の濃さが魔導具に向かないものがあるのだ。
強すぎれば魔導具自体が耐えられない。
そういう意味で涙はちょうどいいということなのだろう。
(え、リナルトの涙が入った魔導具を使ってエインツが彼になっていたということは……)
「リナルト様を誰かが泣かせたということですか!だ、誰が!い、いつですか!」
フィオナはリナルトが泣く姿を大きくなってからは見ていない。
(えぇ!あの見目麗しいリナルトの泣き顔なんて!!)
「見たかったー!」
「ぶはっっ!!あっははは。っご、ごめん。ほんとあんた面白くて……」
フィオナが半べそで叫ぶとエインツは大笑いして寄りかかっていた机に突っ伏し、どんどんと叩いた。
ムッとしながらフィオナは愚痴る。
「リナルト様は成長してからあまり感情を表に出さなくなったので」
フィオナの寂しそうな表情に、先生は近づいてきてそっと手を握った。
さっきまでエインツのリアクションに嫉妬心剥き出しでフィオナを見ていたニコルだったが、彼のその態度がクラスメイトへの態度と近しいものだと思い直したようだ。
穏やかに先生然とした表情でフィオナに語りかけた。
「おそらく成長と環境の変化に伴い、彼の考えも変化したんでしょう。別にそこには貴女への気持ちを否定するものはなかったと思いますよ」
「そうでしょうか。そうだといいんですけど」
少しムスッとした表情で、でも先生からそう言われて納得したのか、フィオナは少し笑みを浮かべた。
「因みにね。リナルトさんはある系統の言葉を投げかけるとすぐに涙を流すから、毎回同じ手を使ってるんだ」
「毎回?そんな何度も?……それは……私が言っても泣くような言葉?」
「……あんたが言ったら相当ダメージだろうね。大泣きだと思うよ」
フィオナは困惑した。
リナルトがそんなダメージを受けるような言葉ってあるだろうか。
フィオナ自身はリナルトが大好きだから、「嫌い」とか「婚約解消」とか言われたら絶対泣く。
だけどリナルトはそうではない気がする。
リナルトも私と同じ風に思っててくれたらいいんだけどな、とフィオナはそう思った。
そんな寂しげな顔をしたフィオナの背中を先生はドンっと叩く。
「大丈夫。そんな心配はする必要ない。するだけ無駄だ。だよね?」
先生がエインツに同意を求めると、彼も素直に頷いた。
「ほんっと無駄。研究室だから言えるけどリナルトさんがあんたのこと嫌いな訳ない。僕も引くくらいにはあんたのこと想ってるよ」
エインツは口角を上げてヤンチャな笑みを浮かべた。




