第15話 キスを賭けた三番勝負③
(合っているような気もするけど、違う気もする。でもとりあえず、消去法で削っていかないと答えが出ないわ)
フィオナは自分の考えが正しいと思うことにして、選択肢から涙を外した。
因みに、リナルトが変装の魔導具を使っていたかは定かではない。
それに涙と唾液では体の中にある水分という意味では確かによく似ているが、似て非なる物である。
その成分も役割も違う。
よって今のところ、フィオナが選択肢の一つを取り除いただけで正解かどうかは未だ不透明である。
そしてフィオナの中では取り除いた選択肢は正しくないものとして扱われている。
(あと二つ)
フィオナは残りの二つの選択肢からさらに一つを選ぼうとしていた。
魔力と髪の毛。
(魔力と髪の毛?!分からないよ!そんなの!)
フィオナは心の中で絶叫する。
(時間も分からないし、もういいや。直感に従う!)
リナルトのことはもちろん大切だしいい加減になんて考えていない。
だけど、それとこれとは別だ。
あまり深く物事を考えることも得意ではないし、苦手なことを率先してするタイプでもない。
リナルトのことは大切。
でもそれは彼の前では自分が自分らしく振舞えているからであって、そうでなかったらリナルトのこともそうと思えなくなってしまうと思う。
そう無理やり理由をつけてフィオナは勢い込む。
だから。
「魔力!魔力でお願いします」
フィオナは叫んだ。
ソファでうとうととしていた先生はいつの間にか頬杖をついたままこちらを見ていてニヤニヤとしている。
「ハズレ」
先生の口から出てきた言葉は無常にもフィオナの答えを否定するものだった。
「正解は涙、だよ」
それを聞いてフィオナは自分の答えを導き出した経緯を思い浮かべる。
(まぁ、仕方ないか。途中からは面倒臭くなってたし)
深く考えられなくなっていたから仕方ないと平静を装っていたが内心穏やかではなく、リナルトの唇が賭けられていることを思えば胸はざわついた。
だが、答えが分かれば後は分かりやすい。
リナルトは変装の魔導具を使っていた訳ではなかったか、変装を解く方法が別の手段だったかだ。
「解説は、後にしようか。じゃあ次の問題ね?」
ニコル先生は説明を聞きたそうにしているフィオナを放置して次のクイズに移った。
「変装の魔導具は長らく完成に至らなかったが、僕の代でようやく完成に漕ぎ着けた。さて時間がかかった理由は?」
先生は続けた。
一つ目は涙を入れる形を作るのに時間がかかったから。
二つ目は術式が決まらなかったから。
三つ目は属性が分からなかったから。
「さぁ、どれだ?」
形は球状だ。
ステンドグラスで作るには確かに板状に作るよりは時間がかかりそうだけど、そんなに何年もかかるものなんだろうか。
(職人ではないから詳しいことは分からないけど。術式や属性については全く知識がないから……)
と思っていたら先生が少し解説してくれた。
「属性は光。光のフォーマットと公式を使い、多くの光を取り込むことで僅かな魔力と涙で発動することが出来る」
フィオナは手のひらにあるその魔導具をコロコロと転がした。
「この光のフォーマットと公式をどのように記述するかが決まらなかった、というのが二つ目。属性が光だと判明するのに時間がかかったというのが三つ目だな」
と先生は補足した。
正直、それでもよく分からない、というのが本音だ。
でも……。
(今分かることだけででも答えてみよう……一つ目ではないような気がするから二つ目か三つ目)
フィオナは球状に作ることはそこまで時間がかかることではないと判断して二つに絞った。
少し考えると先ほど見た別の魔導具のことを思い出した。
(あの魔導具もステンドグラスだった)
ということはあれも属性は光なのだろうか?
聞いても答えてはくれないだろうと思ったフィオナはそのまま考えを進めた。
(もしそうなら属性自体は早い段階で分かっていたけど記述の仕方が決まらなかった、というのが正解な気がする)
フィオナはもう悩まなかった。
時間はだいぶ経っている気がしたから仕方がない。
仕方がないけど。これが間違っていればリナルトの唇は先生に奪われてしまう。
落ち着かない胸の鼓動を何とか手で押さえつけてフィオナは先生に告げた。
「二つ目の記述の仕方が決まらなかった、でお願いします」
フィオナは目を瞑る。
胸の鼓動で室内の埃が舞いそうなくらい激しく胸を打っているように感じた。
「……残念!正解は三つ目の属性が分からなかったからだよ」
「え」
フィオナがショックを受けたような、少し怯えたような声を発すれば、先生は少し弾むような明るい声を出し、解説を始めた。
「僕の師匠の前の代で取り掛かった『変装の魔導具』。完成までは三代も掛かってしまった。僕の師匠は『変装の魔導具』の属性を長らく闇だと思っていた。それで何度も試作失敗を繰り返していた」
光と闇の属性は相反する。
(それは失敗もするか……)
ようやく三問目も終わり、フィオナは複雑な思いを抱えていた。
結局、この三番勝負。一番難しいと思われた一問目だけしかフィオナは正解できなかった。
だからリナルトが研究室を訪れている理由を知ることができないし、先生に彼の唇が奪われてしまうことになってしまった。
(頑張ったのになぁ……)
リナルトの為と思って頑張ったけど、結果的には自分が彼の動向を知りたかったばっかりに嫌な思いをさせてしまうことになってしまった。
(嫌な思い?いや、もしかしたら彼の方も嬉しいと思うかもしれない。先生はあんな綺麗な人なんだし?)
そう思ったらフィオナは一層しょんぼりして落ち込んでしまった。
「あとは、『変装の魔導具』の変装の解き方、なんだけど?せっかくなんだし、彼に来てもらったよ!」
先生は研究室の扉を勢いよく開く。
そこにいたのは……うん。リナルトだった。
ただ、フィオナにはキラキラと見えない方の。
確かに容貌は彼そのものだが、何か違う。
いつものリナルトが貴公子というかスマートな感じだとしたら、こっちのリナルトはワイルドな感じというか、粗暴な雰囲気が漂っていて、格好いいとは思うがフィオナのタイプではなかったのだ。
フィオナは違う、と首を横に振った。
「ほらせんせ。バレてますよ。この魔導具じゃあ、かのじょさんには分かっちゃうんじゃないっすか?多分もっと調整しないとダメっすよ?」
「えぇぇ?そっかなぁ?」
顔だけリナルトの彼は粗野な口振りで先生に問いかけると先生も軽い口調で返す。
(この口調……もしかして)
親友が怪しいと言っていた。
「エインツ!!」
「ご明察」
顔だけリナルト、もといエインツはフィオナを指差す。
「じゃあややこしいから、変装も終わらせちゃおう!」
そう言って先生は嬉しそうにエインツを壁際に追いやり——。
(はぁぁぁぁ!!)
あまりに急な展開にフィオナは慌てて両手で顔を覆った。
あのまま見ていたら、フィオナは多分二人のキスを目撃していただろう。
そして今まさにしているはずだ。
男女のそういう場面を貴族令嬢であるフィオナが目撃することなどこれまでは当然なかった。
だから免疫は全くない。
今は顔を両手で覆っているから見えていないが。
見えていないが。
気になって指の間から覗いてみる。
(——!!)
濃厚なやつだった。
(えぇ?リナルトとのキスを賭けたはずだったんだけど、これでいいの?)
フィオナはよく分からなくなっていた。
(あんなに必死にクイズを解いて。それも全部リナルトの為だと思っていたのに。その結果は、リナルトじゃなくてエインツだったの?)
これは、ちゃんと話してもらわないと。
そう思ったが、あまり追及して今度は本当にリナルトの唇を奪われることになっても困る。
本当だったらきちんと説明してもらいたいところだけど時間もないし、とフィオナは様子を見ることにした。
(それにしても……)
小さく聞こえる吐息に、恥ずかしさで真っ赤にした顔を両手で覆ったままフィオナはしゃがみ込んだ。
そして目の前の埃の積もった本棚を指の隙間から静かに見つめていた。




