5話 難敵
結構長めになっちゃいました。
女子の体操服姿をこうまじまじと見る機会はそう無いのだから、この体育という授業は実に素晴らしいものであると思う。
というのは一般論であるのだが、かく言う俺もこれには反対しかねている。
やはりこう意識してしまうと、自然と目が吸い寄せられてしまうものなのだ。
特にあれだ、サツキが良くない。
女優かアイドル的な存在としてちやほやされたり持て囃されたりしているので自明なのだが、俺はやはりプロポーションお化けという言葉がとても似合うと感じた。
あいつは何なんだ?
人体の黄金比とやらを全て兼ね備えているのか?
特筆すべきは顔だが、身体も華奢なようで肉付きもあり、同年代の中では特に光っている。
女の命と言われる彼女の明るめの黒髪もやはり美しく、今日は体育だからかポニーテールにしているがそのせいなのか多くの男子の視線を集めているような――
「っと、これ以上はダメだ。 これではまるで俺がサツキファンクラブの熱狂的な会員みたいじゃないか」
というか、そもそもそんなファンクラブなぞあるのだろうかという疑問はあるが。
まあサツキのことだし、俺たちの知らないところで実際作られていそうだよな……。
でもそういうのは、俺の知らないところにあるままで終わって欲しいものだ。
あまり耳に入れたくない話だし。
じゃなくて、今は目下に迫ったドッジボールの一戦目のことを考えよう。
サツキはコート内で先に待っており、俺に気付くと小さく手を振っている。
「考えるべきは、サツキを無傷で切り抜けさせること、か……」
ドッジボールの特性上、真っ先に狙われるのは女子だろう。
チームは十人で初期外野が三人であることを考えると、サツキには大人しく外野に行ってもらったほうがいい。
だがあの楽しそうな顔を見ていると、勧める気も起きんな。
さて、作戦会議の時間である。
「最初に外野行きたいやつ、いるかー?」
開口一番にそう言い放ったのはバスケ部の高橋である。
勝手に仕切りだしたのはいささか自意識が過ぎるとは思うのだが、率先してやってくれる点については敬意を表したい。
この場ではむしろ、そうしてくれる方がありがたいのでな。
「私、行きます……」
控えめに挙手をした一ノ宮がまず外野へと向かった。
しかしそれに続く者はなかなか現れない。
俺はサツキの方に視線をやったが、サツキは素知らぬ顔で視線を俺から外しやがった。
「いないのか……。 じゃあ俺が」
「なら僕も行きましょう」
リーダーを買って出た高橋だったが、初戦は自ら外野に志願したのである。
結構な志だ。
それはいいとして、これはつまりサツキが内野に残ったということ。
俺も、迂闊には当たれなくなった。
「作戦会議、と行きたいところだけど、最初の相手は例のとこだ。 当たってしまったからには運の尽きだな」
高橋はハハッと自虐的に笑った。
「要注意なのはあいつだ。 中川と宮本。 中川は野球部でもう一年のエースになったって噂だし、宮本はバレーを小学生の時からやってるらしい。 ほら見てみろよ、あのゴツさ。 あの腕で投げたボールなんて、どれくらいの威力になんだろうな……」
高橋はまたハハッと笑ったのだが、目が笑っていなかった。
そのボールを腹か股間で受けて悶絶する未来の自分を想像してしまったのだろう。
「高橋、バスケ部はどうなんだ? 運動神経良い奴が多いってのは相場だろ?」
と、そんな声が上がった。
しかし高橋は首を振る。
「今年は外れらしい。 俺が今のところフィジカル的にはトップだし、それ以外はぼちぼちだってよ」
「そうなのか。 じゃ、あんまし警戒する必要ないな」
「ただし、それはこのクラスに限った話だ」
ふむ、口ぶりからすると他クラスには化け物がいるということか。
いずれ戦うことになるかもしれないし、このことはぜひ覚えておこう。
まあもちろん、そうならないことを願うばかりだが。
殴られて無様に死ぬのは勘弁してくれよ。
「あ、そろそろ始まるらしい」
体育教師が使用するボールを持ってきたことで、この会議はお開きとなった。
実質的にはほとんど何も話し合っていないような気もするが、ひとまず俺の役割はきちんと遂行するつもりなので、議論に多少中身が無くても俺は何の問題ない。
さてその役割であるが……。
「弥生君、頑張りましょうね」
なんて言いながら手に拳を作り目を輝かせるこのサツキを、体育の授業が終わるまで無傷で守り切ることだ。
「そうだな。 にしてもサツキ、今日はいつになくやる気なんだな」
「もちろんです! 私の良いところをようやく見せられるので!」
「……え、今なんて?」
思考が一瞬フリーズしたのが自分でもよく分かった。
サツキは俺に、あるいは皆に良いところを見せようとしている?なぜだ?次々に浮かんだ疑問に答えるかのように、サツキは儚げに語り出した。
「気付いてると思うけど私、勉強があまり得意じゃなくて……。 授業中も何言ってるかさっぱりだし、帰ってから弥生君に教えてもらってようやくって感じで……」
最後はまた目に輝きを取り戻し、両手に拳を作りながら俺に迫る。
「運動は昔からできる方だったから、だから! ここが、私の! 見せ場なんです!」
「……そんなこと考えてたのか、お前は」
「へ?」
どうやらサツキは、要らぬところで思い悩んでいたらしい。
「あのなぁサツキ、最初に出会った時お前は言ったよな。 命を助けてくれって」
「はい」
「あれ以来俺とお前を結んでるのは、言わば契約みたいなものだ。 問題の根本が何とかならない限り、こればかりはどうにもできない」
「……?」
「だからな、サツキ。 お前の見せ場は俺の後ろだ。 俺の後ろで最後まで生き残れ。 当てられるな」
「……!」
「ほら、最後まで生き残ったやつが一番目立つだろ?」
もとよりこんなことを言うつもりではなかった。
本当にカッコつけるなら、ピンチに陥るギリギリ待って、颯爽と陰から飛び出した方がいい。
だがもう言ってしまったのでな。
そういうことなので、冷静な思考とは真逆の強引な手段を取ってしまったのは、別棟窓破壊事件があって異様なハイテンションになっている所為、ということにしておくことにした。
いつまで経っても終わらぬサツキの説得を急かすように、甲高いホイッスルが鳴り響く。
教師という強権によって、無理やりに試合が始まったのである。
俺の言葉が響いたのかどうかは知らないが、笛の音が聞こえた瞬間、サツキはボールを持つ敵の射線を切るように俺の背中にさっと隠れたのだった。
開始の合図がされて、難敵ばかりのチームと事実上の最終決戦が繰り広げられようとしていた。
しかし敵には驕りがあるのか、ボールを手で遊ばせながら誰を狙おうか品定めしている。
「サツキ、作戦を伝える。 目標はお前が一度も当たらず生き残ることだ。 そのためには隅に固まらなければいけない」
「だからこんな左に寄ってるんですね」
「後ろの外野にボールが回ったら前後をスイッチする。 問題は左側の外野だ」
「どうするんですか? 真ん中に退く……と間に合わないかもしれませんね」
「ああ。 だから、俺が全部パスカットする」
「……本気ですか?」
「まあな。 少なくとも俺に飛んできた球は全て捕るつもりだ」
とは言ったものの、これが最善の策であり最難関でもある。
一番の問題は俺一人の負担がデカすぎることだ。
時間的に考えると全三試合なので、五分ちょっと耐えればいい。
だがその分人数が少ないので人の減りも速い。
サツキが腐るということも考えると、終始大変な立ち回りになるだろう。
ボールが飛び交い出した。
最初はまだ様子見かウォーミングアップなのか、球足は緩い。
外野が攻撃に転じたが、自チームの男子が上手くキャッチした。
こちらの攻撃するターンだ。
同じように外野に回し揺さぶりをかける。
「あの宮本っての、見てみろ。 体の大きさをうまく使って仲間を守ってる」
「どこに投げてもキャッチされそうですね……」
後ろ側に立つ高橋を軸に、三面を使って揺さぶっている。
だがそのメンツを見るに、高橋にボールが回った時しか攻撃できないのは明白だ。
敵もそれを弁えているのだろう、キャッチが得意なのであろうメンバーを前に据えて上手く守っている。
「内野に戻せ!」
高橋の指示に、一ノ宮が山なりのボールを投げた。
今度は前後のパス回しで削る気なのだろう。
しかし……。
「止められたか」
「あの動きはさすがですね」
甘くなったパスを捕りに行ったのは、さっき皆の盾になっていた男子だった。
確か名前は村井……だったか。
そういえば試合開始時にボールを持っていたのも村井だったような気がする。
「中川や宮本に続く三番手ってところか」
「そうみたいです」
そんな村井も三番手に恥じぬ中々の実力者のようである。
切れ味の鋭い直球を飛ばし、速やかに後方の外野へパス。
逃げ遅れた一人が当てられた。残りの内野は六人。
「まずいですね、ボールが跳ね返って外野に行ってしまいました……」
敵チームに当たった者はいないため、初期外野はまだ戻れない。
一人を外野送りにした敵の外野はそのままその場に残り、転がるボールを拾う。
「内野に再び送る、か。 堅実な判断だな」
再びボールを戻して展開していく、というのはもしかしたら、俺たちが作戦会議をしたのと同様にあらかじめ決めていたのかもしれない。
あの短時間でよく考えたものだ。
あるいはチーム決めの列を作っていた時から作戦を練っていた者がいたのかもしれない。
その策士がこちらのチームに来ていたら、どれだけ気分的に楽になれるだろうか。
と、あることないこと考えているうちに、また一人当てられてしまった。
これは単純に、村井の速球をキャッチし損ねたためのようである。
体の芯から少しずらして捕りづらくしていたあたり、コントロールがとても良いのだろう。
「投げるのは俺か……」
譲り合いの精神で持ち主が現れなかったボールが俺の足元に転がってきた。
サツキの護衛に徹しようと思っていたがまあ、これは仕方ない。
俺は立ち止まって考える間もなく外野へとパスを回した。
今は外野のメンバーを、特に高橋を帰ってこさせるのが先決だ。
司令塔があんな遠くにいたのでは、内野としては同じ囲いの中で個人競技をやっているような気分になる。
高橋も俺の意図に気付いたのだろう。
積極的な素早いパス回しでより苛烈に揺さぶりをかける。
そして攻めた。
「……宮本がようやく動いたな。 あんなに軽々と止めるとは思わなかったが」
「どれくらい速い球を投げてくるんでしょうか?」
「何気にあいつ、今回初めてボールを持ったよな。 割と未知数ではある」
――が、その威力は容易に想像できる。
「よっ!」
威勢のいい掛け声と共に、剛速球が飛んできた。
そう呼ぶに相応しい球だった。
軽く投げたように見えたのだが、そこから放たれたのは見た目以上に重い球。
風を切る音が聞こえ、ボールが変形したのかと思う程の威力である。
投げた瞬間にはもう乾いた音が鳴り響いていた。
こうしてまた一人が瞬殺され、内野は俺たち含めて残り四人となった。
こうなってくると展開としてはかなりまずい。
俺とサツキはセットなので、実質用意された的は三つ。
つまり俺たちが狙われる確率は単純計算で三分の一。
しかも二人が一緒にいて目を引きやすいため、確率は三分の一以上である。
モンティホール問題でも解かされている気分だ。
そろそろ本気で守りに入らないと、と丁度思い始めた時、跳ね返ったボールを回収した宮本の視線がこちらを捉えた。
ここでなぜ俺が左側を選んだか説明しよう。
このクラスは大抵が右利きで、左利きはいても数人だ。
右利きがボールを投げる時、自分より右側に勢いよく投げるためには、前もって体を少し右へ向けておかなければならない。
体を捻る必要があるからだ。
一方自分より左側へは、投げるモーションに入ってからでも体を捻れば何とかなったりする。
すなわち、敵から見て右側、俺たちから見て左側にいた方が、敵の予備動作で自分に飛んでくるかどうか判断しやすいということだ。
しかしそんな小細工も役に立たず、宮本は俺を捕捉した。
これはもはや俺に宣戦布告したようなものだ。
俺へ投げる、とはっきり宣言したのだ。
その上で止めてみろ、という挑戦でもある。
大きく振りかぶって、そして足が前に出てくる。
俺の腹へと照準を定めた弾丸は真っ直ぐに放たれ――
「ふっ!!」
腹から空気が押し出されて変な声を漏らしつつも、止めた。
止めてみせた。
サツキを守ることだけを一心に考えていたのが功を奏したのかもしれない。
「……お見事です! 弥生君、やっぱり弥生君は凄いです!!」
べた褒めだ。
「それほどでも。 さっ、残り時間はあまり無い。 反撃と行きたいが……」
宮本を見ると、投げた姿勢のまま固まっている。
まさか止められるとは思ってもいなかったらしく、ショックでも受けているのだろう。
その顔が悔しさによって歪んでいくのを真正面で目の当たりにし、冷や汗の滲む思いである。
酷く嫌な予感に襲われ、この予感がボールに乗ってどこかに飛んでいけばいいのになと思いながら、外野にパスを回した。
どうやら俺は宮本のプライドを傷つけてしまったらしい。
逆恨みというのか、宮本は執拗に俺を狙ってくる。
とても迷惑な話だが、その原因の一端が俺にあるのは、まあなんとなく分かる。
「ふぐっ!」「うっ!」「はぅっ!」
そりゃあ、お得意の剛速球を計四回もキャッチされたら、ヒートアップもするだろうしな。
確かに宮本の球はあり得ないくらい速い。
だが、所詮それだけだ。
怒りに身を任せているのか真っ向勝負を挑んできているのかは知らないが、毎回俺の腹のど真ん中に狙いをつけてきているのだ。
後はタイミングよく腹で抱え込むだけ。
言うなれば痛みの伴うリズムゲームである。
心配そうなサツキ。
ああ、俺も心配だ。
ここまで体の動きが冴え渡っているのだから、今日は本当にどうかしている。
代わりに腹がすげぇ痛い。
「高橋!攻めろ!」
狙いは全て俺だ。
ということは、宮本の球を俺がキャッチすれば後はこちらが攻撃するターンになる。
終始一貫して高橋を内野に戻したい俺は、とにかく外野へとボールを送る。
しかし宮本のガードが堅くて高橋の攻撃は誰にも当たらず難なく取られ、以上のプロセスを繰り返しているのだ。
一進一退の攻防。
しかも慣れてきたからかパス回しが速くなり、このコートは局面は変わらないのにボールだけがスピーディーに動き回っているという、稀に見る状況にあった。
そろそろ作戦を変えなければ千日手が成立しそうになってきた四度目のキャッチ後の外野へのパス。
宮本も徐々にギアを上げてきていて、重い一撃を食らいまくって腹に限界が近づいてきていた。
他の面々も狙われなくて、気が抜けてきた頃合いだろう。
今度宮本にボールが回ったら、次キャッチするのは難しいかもしれない。
そんな気の緩みを、高橋は読んでいた。
狙いが宮本から他に移った。
「あいつ、温存してたのか……!」
「かなり速かったですね! でもこれで状況が変わりました」
「だな」
高橋は過去最速の球をここで繰り出した。
狙いは宮本から少し逸れて、村井だ。
まさか自分がこのタイミングで表舞台に引き摺り出されるとは考えてもみなかったのだろう、その油断によって捕り損ねた。
こうして盤面が大きく変わった。
高橋がようやく内野へ戻ってきたのだ。
「桜木、凄かったじゃねーか! なんであれ取れるんだよ!」
「高橋も、あそこで攻めたのは上手かった」
高橋は照れて頭をかきながら、俺の後ろに目をやった。
「あ、九条さん。 ……そういうことか、桜木は九条さんを守ってたんだな」
「まあな」
「宮本の球まともに食らったら普通に死にそうだしな、うん」
「ちょっと待て、それは俺がまともじゃないということか?」
「ちょっと二人とも、まだ試合中ですよ?」
言い合いに発展しそうな不穏な空気が満ちたところで、サツキが仲裁に入った。
もちろん言い合いなんてするつもりは無かったが、大人しく言うことを聞いておく。
しかし、丁度盤面が変わったのに、ここでもう二転三転しそうなアクシデントが転がり込んできた。
「ここはまだ終わってないのか……。 ほら、これ追加のボールな」
折角反撃の機会がやって来たのに、体育教師の奴がボールを追加で一つ投げ込みやがった。
しかも、敵のコートの方に。
向こうはこれでボールを同時に二つ持っている。
そして内野の数は五対六。
この理不尽さと不公平感だけは何とかならないものだろうか。
追加された二個目のボールを拾ったのは土佐。
ボールの数で優勢になって、ようやく戦の場に姿を現した。
もう一つ、村井に当たった後地面を転がっていたボールを拾ったのは宮本――ではなく、宮本の陰に隠れていた更科。
「ようやく俺らの天下が来たなぁ、桜木ぃ」
言っておくが更科、ボールを持つだけで天下を取れるなら宮本と俺は今や天下を争う仲ってことになるぞ。
「おうおう、そんな必死に九条さんを守ってよぅ」
「ちょっとそこを退いてもらおうか」
「いや退かねぇよ? お前ら敵だろ」
アホ共はめげずに言う。
「別に僕たちは君を当てたいわけじゃないんだ。 そこを退いて、九条さんの姿を見せてくれれば命は保証しよう」
「そうそう、その後に当ててあげるからさ」
どうやら二人の御目当てはサツキらしい。
どうしても九条皐月を狙いたいのは、入学直後に出会って早々発揮していた下心によるものなのであろう。
何を期待しているというのだ。あるいは純粋に気を引きたいのか。
どちらにせよ、俺にここを動く気はない。
「どうせ俺を当てるならお前らの譲歩も聞く意味はないな。 二人まとめて相手してやる」
そう言い切ったものの、身体は既に悲鳴を上げている。
少し休めば一試合くらいは何とかなりそうだが、休ませてくれる状況でもないし。
せめて呼吸を整えさせてくれれば。
「ほーん、そういうこと言うんだ」
「なら大人しく」
「「九条さんごと当てさせろ!」」
息ぴったりなセリフとともに二つの球が同時に放たれた。
一つは確実に捕れる。
だが俺の後方に逸れたもう一つは……。
俺に手が二本足りなかったことが悔やまれる。
四本腕に生まれていたらこのピンチも苦もなく突破できるのに。
かく言う俺は別に化け物志望ではないが、翼があればだとか尻尾があればだとかいうのと似た、ただのありふれた願望を走馬灯のように脳に走らせた。
まあ、つまりこれは完全なる詰みなのだ。
未だに俺は実際に目にしたことがなくて半信半疑なのだが、こんなボールが当たるだけでも世界が滅亡する可能性があるらしい。
ここで俺に与えられた選択肢は二つ。
一つはどちらも捕りに行くというものだ。
今俺に向かってきているボールは避ければ外野の手に渡るだろうし、それを考えれば捕るしか方法は無い。
幸いにも角度と球速の問題で時間差はあるので、捕った後すぐに動き始めたら間に――合わなさそうだ。
だからといって二つ目の選択肢を即決するというのも。
「私は大丈夫ですので!」
もう一つは、サツキがキャッチしてくれるを信じるというものだ。
しかしこうした敢えて捨てるという選択を、サツキの前ではあまりやりたくない。
だが、信じる、か……。
俺が更科のへなちょこボールをキャッチした直後。
「私、運動それなりにできる方ですし! このくらいなら心配いらないですから!」
事の結果が心配になって振り返ったが杞憂だった。
ボールを手にしたサツキが自慢げに笑みを浮かべていた。
前を向くと、このくらいと言われて複雑な表情をしている土佐。
俺が投げる構えに入るとハッと我に返って逃げ惑う。
「サツキは外野に回してくれ。 俺はひとまず土佐を狙う」
時間はそこまで無さそうだしな、このタイミングで攻めに転じた方がいいだろう。
そう思いながら、心の内ではサツキが無事キャッチできたことにひどく安堵した俺であった。
二個目のボールが追加されて、火力で押し負けているこちらが否応なく劣勢に立たされるのは言うまでもないだろう。
宮本や中川、外野からは村井が容赦なく砲撃を浴びせてくる。
守勢に転じると俺はやはりサツキを守ることになるのだが、今度はキツかった。
多段攻撃の危険性、というレポートを書く課題が出たなら五十ページは確実に書いてみせる。
それ程までに苛烈だった。
というわけで、一度は攻撃に転じたもののすぐにボールを奪われ、ジリジリと追い詰められて結果試合には負けた。
ホイッスルが鳴った時点で俺とサツキとあと一人が残っていたため全滅による惨敗を避けることが出来たのは、本当に不幸中の幸いであろう。
さて、ここに一つの教訓を得るとするならば。
警戒すべき真の難敵は賢き相手より愚かな味方、とはよく言ったものだが、今回俺たちのチームの中に難敵はいなかった。
この団結力ならば次はもっと上手くやれるだろう。
俺は痛む腹を押さえ疲労した足を若干引き摺りながら、体育教師の指示のもと次のコートへと向かった。




