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6話 男友達

「弥生君、さっきは凄かったですね!」

「……まあな」

「バシッとキャッチするところとか、かっこよかったです!」

「だろ? ……ま、とりあえず次の試合だな」

「ですね」


 ――二戦目。

 総当たりではあるが三戦のうち既に一戦で黒星をつけた俺たちは、もはや後がなく一戦でも負けられない状態である。

 何としてでも勝ち越さなければならないと、チームの皆の闘志は燃えていた。

 故に、俺はサツキに一つの提案を持ち掛ける。


「サツキ……悪いけど、初期外野行ってくれないか……」

「はい。 ……え?!どうしてですか?!」


 初戦を切り抜けてみて分かった。

 この役回りは俺の想像していた以上に負担が大きく、現時点でもう既に疲弊し切っている。

 ボロ雑巾のごとく……というのは当たらずとも遠からず珍妙な例えだが、俺の心持ちはボロ雑巾でいようと思えるくらいにはなっているのであった。


「理由を言うとするなら、俺の体力不足だ」

「なら、どうして私が初期外野に行くことになるんですか?」

「……その方が俺が楽できるからだ」

「それ、単に弥生君が頑張り過ぎなければいい話じゃないですか?」

「まあそれもそうなんだが、やむにやまれぬ事情があってだな」

「ちなみに事情というのは?」

「秘密だ」

「教えてくれないんですか?!」

「おいサツキ、そう声を張り上げるな。 ……皆の視線が痛い」


 痴話喧嘩、なんて生易しい評価ではないだろうが、時にはしかめっ面と共に明らかな敵意を向けている者がいるのを見ると、今はこうするのも抑えた方がいいのかもしれないと思うのである。

 ただサツキがこの敵意に気付いていればいいのだが――。


「コートの真ん中で、うるさかったですかね」

「そういう問題じゃないな」

「違うんですか?」

「違うとも」


 俺は無言でサツキを外野へ送り出した。

 背中を押す時に不満げな声を上げていたので後々文句を言われそうな気がして、この試合に勝って機嫌を取り戻してくれたらいいなと思いながら配置につく。


「桜木、なんか元気ないな」


 サツキを見送って静かになり、やることもなくなって立ち尽くす俺に声をかける者がいた。


「……ああ、高橋か。 やっぱりそう見えるのか?」

「なんとなくそんな気がしたんだけど」

「まあ、さっきので結構消耗したからな。 元気が無いといえば、無い」


 浮かない顔の高橋は俺の肩に手を置いて言う。


「……疲れたなら休憩してもいいんだぜ」

「体は資本って言うしな。 そうしたいところだが」


 松下幸之助の格言の引用にはピンとこなかったのかちょっと首を傾げ、そしてまた肩に置く手に力がこもる。


「とにかく、先生に代わりに言ってきてやろうか?」

「いや、大丈夫だ。 問題ない。 だが気持ちはありがたく受け取っておくよ」

「そうか、あんま無理はすんなよ。 何なら桜木が出る前に俺が終わらせてきてやる」


 そう豪語してくれるのは頼もしいことだ。

 少なくとも俺が疲弊している今は、な。



 ホイッスルが鳴り響いた。

 高橋の宣言から丁度五分後のことである。

 内野の数は三対四で、接戦の末俺たちが負けたのだった。


「くそ……なかなか手強かったな……」


 捨て台詞を吐き捨てる高橋はもちろん内野に残っている。


「てか、今回は二球目のボールとか無いのかよ……」


 思いの外試合の合間で時間を食っていたらしく、無理やり切り上げて時間を巻く決断をしたのだろう。

 高橋の落胆と無念の矛先は、そんな非情な体育教師に向けられていた。


「まあそんなに気を落とすなよ。 次確実に勝てばいいんだ」

「……そうだな、ありがとよ」


 ちなみに高橋の肩をさすって慰める俺は最後まで内野に残った。

 体が思うように動かないので最小限の動きで回避することに専念したが、その必死の悪足掻きのおかげか相手は俺を当てるのを諦めてくれたのだ。


 ただしそのヘイトがチームメイトに向いたのは不運なことである。

 そこを俺が無理してでもキャッチしに行っていれば敗北の道は回避できたかもしれない。

 しかしこれは断じて俺のせいではない。

 人数有利を取った瞬間に外野のパス回しで遅延行為を働いてきた向こうが悪いのだ。


 さて、内野に残った者はもう一人いる。

 ――サツキだ。


 サツキは初期外野のはずであるが、最後には内野に移動してきていた。

 これはすなわち、最低でも一人は相手を外野送りにしたということである。

 サツキの性格から考えると、今からそのことに関する自慢祭りが開かれるのは明白であった。


「負けちゃいましたね、弥生君……。 でも、見てましたか? 私の活躍を!」

「ああ、しっかり当ててたな」

「それに、相手の人はちゃんと捕ろうとしていましたからね? 捕る態勢に入っているところを肩にバシッ、ですよ!」

「そうだな」

「しかも跳ねたボールが斜め後ろにすごい勢いで飛んでいって、ダブルアウトになったんですよ!」

「ダブルアウト……? そうだったのか?」

「――んと、あれ? ちゃんと見てたんじゃないんですか?」


 いかん、ボロが出た。


「あ、ああ、もちろんちゃんと見てたぞ? ……そう、ダブルアウトのルールって今回は適用されてるのかなって思ってな」

「……なんだ、そういうことだったんですね」

「だが、何も言われなくても自分で外野に行ったなら、きっとそういうことなんだろうな」

「いえ、無かったことになってしまいました……。 私はダブルアウトでいいと思うんですけどね?」


 うん、ボロを出しすぎた。

 サツキの中でダブルアウトルールを適用して負け惜しみしていただけらしい。

 安易に言葉を重ねたせいで、広大な平原の中で的確に地雷を踏み抜いていっている。

 最悪だ。


 だが俺が失言をしたというのにサツキは気づいていない。

 それどころかこの話題にも興味が失せたらしく今度はキョロキョロと俺の横で何かを必死に探している。


「――あ、次はあっちみたいですよ? さっきのところに戻るみたいです」

「らしいな……ちなみに聞いておくが、その根拠は?」

「美咲を見つけたので」


 お前はひとまずもっと友達を作ってくれ。

 あと体育教師の指示もちゃんと聞いておいてくれ。

 あの体育教師は俺たちの三戦目の位置まで丁寧に教えてくれたぞ。


 心の中で会話をそう締めくくって、二戦目の舞台となったコートを後にした。


 こうしてやってきた三戦目。

 先ほどよりも辺りの空気は熱を帯びており、次こそは勝たなければならないという思いで俺たちのチームのテンションはもうじき爆発しそうだ。

 さながら噴火したばかりの活火山のようなのである。


 さて、今回俺はサツキを守るという職務からは離れることにする。

 俺の体力面とサツキの身体能力を考えて脳内でよく協議した結果、そうした方がよいという結論になったのだ。

 傍観者として振る舞うべく、俺は自ら外野へと足を向けた。


「おっと」

「――桜木くん、大丈夫?」


 よろけたところを近くにいた男子に支えられる。

 その声は女子のものと言っても遜色ない可憐な声、世間の言うところのショタボというやつだろうか。

 声に心当たりが無いので、多分彼とは話したことなかったな。

 まあどのみち俺は外野に行くので関わることもないだろう。外野と内野で談笑するというわけにもいくまい。


「大丈夫だ。 心配かけたな」


 短くそう答えて立ち去った後、顔くらい近くで確認しておけばよかったと少し後悔した。

 恋愛対象にとかそういうのではなく、純粋にショタボを話す男の顔がどのようなものか興味が湧いたのだ。

 声と顔の印象が一致しない人も世の中にはいるそうだしな……。



 ボールのラリーを早回しにして観察していると、気付けば相手の内野は残り一人。

 時間を一分以上残しての完勝ができそうな状況であった。

 こちらのチームの盛り上がりは凄まじく、初勝利を目前としてテンションが爆発寸前まで高まっている。


 一方相手チームは健気に取り残されたその一人に声援やら何やらを飛ばす。

 無駄な抵抗とは分かっているだろうが、そこで吹っ切れて囃し立てた方が気が楽というものなのだろう。


 この状況で丁度俺にボールが回ってきた。

 ここは決めて終わらせなければならない。そう思うと気力がもう抜け切ったと思われていた腕に力が漲る。


「そういえば、死ぬ間際に一時的に元気になる現象ってのがあったな」

「おお、何言ってるか分からんけど決めちゃえー!」


 隣にいた同じく外野の女子が思いっきり背中を叩いてきた。


「名前、なんだったっけな……」

「え? わ、私?! 私の名前は――」


 死ぬ間際に一時的に元気になる現象。

 ふと頭に浮かんだその現象の名前は何と言ったか。

 一度耳にしたことあるはずのその単語を思い出すため知恵を絞りながら、俺は生まれて以来一番速い球を投げた。


「アウト!」


 誰かがそう叫んで、そしてテンションは爆発した。

 初勝利に歓喜の雄叫びが各所から上がる。


「よっしゃあああ!!」

「勝ったぞ!!」

「ナイス桜木!!」


 そんな歓声もまた、どこからか聞こえた。


「……あれ?」


 内野に集合しつつあった自チーム、そこに俺も混ざろうとして一歩踏み出し、どうしてか視界が傾いた。

 一瞬なぜそうなったのか理解できなかったが、すぐに疲れによるものだと悟った。

 そもそも俺はそんなに運動ができる訳じゃない。

 運動神経はそれなりにあるという自覚はあるものの、体力がそれに追いついていないのだ。


 勝利に沸く音が徐々に遠ざかっていく。

 意識を保つのも限界のようだ。

 腹部への衝撃、これのダメージがおそらく一番大きかった。


 そんな中一つの単語が頭に思い浮かぶ。

 ――終末期覚醒。

 幸運にも名前が分からずにもやもやしていた現象の名前を思い出せて、疲労なんて感じられないほどに澄み渡った気分で俺は地面に倒れ伏したのだった。


「――弥生君?弥生君!?」


 サツキの俺を呼ぶ声が、意識が暗転していく中やけにはっきりと聞こえた。



 夢とは浅い眠り、レム睡眠時に脳が記憶を整理する過程で生じる、記憶の断片が結合したショートストーリーである。

 従って訳の分からないものを高い確率で見ることになるのだが、夢を見ている当の本人はそれが夢であると気付かない。

 しかし、夢を夢と知覚できる場合がある。

 いわゆる明晰夢だ。

 とするなら、今この状況を鑑みると俺は明晰夢を見ているということになる。


 薄く開けた目から見える景色。

 見知らぬ天井の下、仕切りで閉ざされた空間に俺は寝かされている。

 ベッドの横には九条皐月の姿。

 そわそわしていて落ち着きがないのは彼女らしくない。

 すると、ほのかに頬を染めながら顔を覗き込んでくる。

 そして白雪姫みたく目覚めのキスを……


「って、こんな夢があってたまるかよ!」

「ひゃっ!」


 俺が跳ね起きるとサツキは慌てて飛び退いて、その勢いの余り後ろのパーテーションに衝突した。

 正確にはキャスター付きのパーテーションはスライドしただけで倒れず、サツキもパーテーションに当たったところで踏み止まり、被害は特には出ていなさそうだ。


「おい、大丈夫か? こんなところで怪我されちゃ困るんだが」

「軽く打っただけなので大丈夫みたいです。 すみません」


 焦りからかいつもより殊勝な態度で反省の弁を述べている。


「ところでさっきは何をしようとしてたんだ?」

「え? いえ、何も……というか、いつから起きてたんですか?」

「顔を近づけた辺りだ」

「えっとですね、顔にゴミがついてて、それを取ろうとしました」

「ちなみにゴミは取れたか?」

「うーんと、取れてますね。 さっき飛び起きた時に落ちたんですかね……?」


 疑わしいが、それはまあいい。

 サツキもこう言ってるし俺の勘違い、というか思い違いだったみたいだな。


 ちなみにこれが夢じゃなく現実と気付いた理由だが、いたってシンプルだ。

 どうしようもなく消毒液臭くて、逆に寝ているままでいられなかった。


「ここは保健室、だよな?」

「そうです。 三試合目が終わった後倒れたので、急いでここに運び込みました」

「そうか、手数をかけたな」

「いえいえ、気にしないでください。 それよりも倒れた理由、宮本君ですよね?」

「ああ、別に宮本が悪いってわけじゃないが――」

「あの威力の球を何発も受けたらさすがにダメージは来ますよね」


 サツキは俺の腹部を心配そうに見つめるので気になって体操服をたくし上げてみると、湿布がシックスパックの代わりになるかのように、縦向きに二つ貼られていた。

 隙間から見える俺の本来の腹筋は、どうしてそんな色になるのかと疑問を抱くほど青くなっていた。


「これはまた凄い色だな」

「宮本君、さっき様子を見に来てましたよ。 起きたら代わりに謝っておいてくれって言ってました。 熱くなっちゃってすまん、と」

「別に謝らなくてもいいのに。 律儀なことだな」


 そこに思わぬ横槍が入る。


「あ、桜木くん! 起きたんだ!」


 聞き覚えのあるショタボがサツキの奥から聞こえた。

 声の主を探してサツキの衝突によってできたパーテーションの切れ目に視線をやる。

 すると、華奢で男にしてはやや小柄な美少年が向かいのベッドの上に座り、足をぶらぶらさせながらこちらを見ていた。

 彼がさっき同じチームだったやつなのは声からして間違いないが……。


「男装?」

「…………っ! 女の子じゃないから! もう!」


 しばし考え込んだ後俺の言わんとしたことが分かったのか、ところが実際全く怖くないのだが語気に怒りを含ませて、口をとがらせる。

 その表情の変化を遠目に眺めつつ、下半身に視線を移すと。


「ん? その足、お前もそうなのか?」


 半ズボンから出ている色白の足には青痣ができており、彼は少し前かがみになりながら氷を当てて患部を冷やしていた。


「うん。 僕も宮本くんに当てられてね。 その時は大丈夫だったんだけど、段々腫れてきちゃって」

「分かるぞ、その気持ち。 当たったときは大丈夫なんだけど、積み重なるとなぁ……」

「積み重なるのは桜木くんだけだと思うよ。 大体が一発KOじゃないかな」

「まあ、そう言えるのは宮本が別格だからだろうが」


 ふと負のオーラを感じてサツキの方を見ると、負傷者同士の会話に混ざりたいから私も怪我しておけば良かった、と下手したら言いかねない恨めしそうな視線をこちらに送ってきていた。


「というかお前ら、授業に戻らなくていいのか? もう始まってる頃だぞ」

「言いにくいんですが弥生君、今昼休みですよ?」

「ああ、そっか。 あとそれは全然言いにくくないと思うぞ」

「体育が四時間目で良かったね、桜木くん!」

「おいおい、それはお互い様だろ?」


 なんて言いながら体を起こし立ち上がってみると、唐突に空腹感に襲われた。

 そういえば今はもう昼休みに入っているのか。

 こうも腹が減ると、その実感が改めて湧く。


「じゃ、俺はとりあえず帰って飯にでもしようかな」

「そう言うと思いました。なら一緒に――」


「ごめん、九条さん。 ちょっと話したいことがあるから残ってくれない? 時間取らないからさ」


 サツキの言葉を、彼は顔の前で手を合わせながら遮った。

 サツキに対してそんな積極的になれるとはなかなか稀有だなと思いながら、立ち上がりかけたサツキを俺は無言で座らせる。


「桜木くんありがと、ちょっと九条さんを借りるね。 じゃ、また後でね!」

「おう、またな。 足ちゃんと冷やしとけよ」


 眩しい笑顔を見せる彼に背を向けて、保健室から出る。

 スライドドアを閉めつつその閉まる音を耳で拾いながら、ここでふと思ったことが二つ。


「そういえばあいつの名前、結局聞いてないよな」


 それが一つ目。

 そうなのだ、結局俺は彼の名前を知らないままなのだ。

 聞かずじまいだったのは悔やまれるので、後々再会した時に訊ねることとしよう。

 そして二つ目。


「しかしあいつ、サツキと仲良さそうに喋ってたなぁ……」


 保健室から出る間際後ろをちらりと見ると、彼は楽しそうにサツキと言葉を交わしていた。

 サツキも乗り気なようで、逆に積極的に話しかけていたようにも見えた。

 友達二号にして記念すべき男友達の誕生の瞬間を、俺は目の当たりにしたのかもしれない。

 もちろんそれは俺以外で、の話だが。


 だけど、これは喜ぶべきことのはずなのに、少し物寂しいのはどうしてだろうか。

 わだかまりの残るまま歩く廊下は普段よりも暗かった。

あの、ifとssも読んであげてください……。幕間閑話とはいえ割と本編に繋がってるやつもあるので……。

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