7話 ある週末の金曜日
スマホの日付が五月の到来もすぐ間近に迫っていることを告げる。
俺はいつもこういう時、時間の過ぎ去るのがあまりにも早いことを肌身に感じて切ない気持ちになる。
これからあと一週間と少し程も経過すれば、入学式からはや一ヶ月。
一年に換算すると高一の十二分の一がもう終わろうとしているのだ。
同じことを考えなしにのうのうと繰り返していれば、あっという間に一年が過ぎ去ってしまう。
そうならないために、今一度原点に立ち返ってみよう。
俺が欲しいのは平穏だ。
平穏さえ保証されていれば、後は何があっても構わない。
「しかしサツキがいるんだよなぁ……」
九条皐月、普通に暮らしている分にはただの女子高校生なのだが、これが俺の平穏を乱す主な原因となっている。
これは極秘情報らしいのだが、サツキは世界の命運を握る超重要人物らしく、俺はなりゆきでそんなサツキの命を守る役回りを果たすこととなった。
お陰で、下手に目を離せずに振り回される日々を送っている。
また、彼女の美貌は学年一どころか学校一の称号にも手が届き得る。
お近づきになりたい男子たちというのはかなりの数いるわけで、しかし俺が常に傍にいるというのが気に食わないらしい。
ただ一つ言っておきたいのは、俺は目を離さないよう心がけているだけで、距離を詰めてくるのはサツキ自身なのだ。
俺たちを引き剥がそうと実力行使に出る者はさすがにいないが、羨望の眼差しは痛い。
彼女の秘められた力というのはまだ目の当たりにしていないし、実際にそんなものがあるのか半信半疑ではあるが、疑って世界が滅ぶよりも信じて何も起こらない方がいい、という信念で今までやってきた。
体もそれなりに張った。
そんな日々を送って数週間、俺の思い描く平穏を書き換える必要があるのかもしれないと、俺はついに思い始めたのだ。
静かな学校での暮らしではなく、友達付き合いがあってそれが日常になっている、そんな違う形の平穏が、このクラスに身を置く今の俺には必要だ。
丁度朝歩いている最中にそう決意したまさにその日のことであった。
――すなわち今日である……。
今日は金曜日で、つまり週の最後の授業となる日。
明日はやることもないし適当に普通部に顔でも出すか、と土日の予定がほぼノープランの状態で六時間目に挑もうとしていた時だった。
「桜木君、だよね」
サツキがトイレで席を外しているので静かになった休み時間をぼんやりと過ごしていると、誰かが俺に声をかける。
その声の主というのは俺でも名前を知っている人物であった。
長久手翼。
俺の認識では、彼はリーダーシップを発揮し自ら率先してクラスをまとめようとしている、ということになっている。
そんな物好きもいるもんだなと思いつつも、適材適所という言葉があって、その面倒な役割に自ら身を落とそうとしてくれているならありがたいものである。
そういう訳で俺は少し彼のことを買っている。
そんな長久手が俺に何の用であろうか。軽く応答を返して用件を言うよう促した。
「明後日の日曜日なんだけど、みんなで遊びに行こうと思うんだ。 桜木君も一緒にどうかな?」
彼は何の躊躇いもなく爽やかにそう言ってのけた。
長久手という男は普段からそう言うやつだ。
人との心理的距離というのをあまり考えず、関係が深かろうが浅かろうがズカズカと土足で踏み込んでいく。
しかしそこに悪意はなくむしろ善意の塊で、だから思わず心を許してしまう。
しかし今度の誘いは何か違うものを感じた。
どこか浮ついているというか、他に狙いがあって行動しているような気がしたのだ。
「まあ、いいぞ。 どうせ予定もないし」
だからといって、きっぱりと断る理由にはならない。
裏に隠した本音なんて知ったことではないし、友達付き合いを広げるという意味でも俺にメリットはある。
それに、そう言った打算的思考を除いても、実は多少の興味はあった。
「で、詳しい日時と集合場所は?」
「日曜の朝十時、トコシエモール前のつもりだけど」
トコシエモール、というのは俺の家から学校とは反対方向に行けば現れる、大型の複合商業施設だ。
駅に近いこともあって賑わいを見せているらしいが、残念ながら俺はほとんど行く機会が無かった。
少し遠いのでバスを使うことになるし、近場の店で十分だったからな。
「分かった」
これも普段行かないところに足を運ぶ良い機会だ。
俺は二つ返事で了承した。
すると長久手は一つ、条件を付け加えてくる。
「できれば九条さんも一緒にと思ってるんだけど、どうかな? 誘っておいてくれない?」
長久手の視線は俺から外されあらぬ方向へ。
その浮つき具合を見ていれば、本命がサツキであることは何となく察することができた。
だがそれは短絡的な恋心ではないと俺は思うのだ。
五月に入れば高一生でも本格的に委員が始動する。
これまでは出席番号順に交代していたホームルーム委員も、誰かがやり続けるかその役割も決めることとなる。
長久手はホームルーム委員に立候補する予定だと宣言してたし、それには相方を見つけなければならない。
眉目秀麗なサツキを相方に選びたくて、どこかで接点を持とうとしているのだ。
俺はそう結論付けて、サツキを誘っておくことを約束した。
「ありがとう。 それじゃあ明後日、よろしく頼むよ」
会話にすれば短いやり取りだったが、彼から伝わってきた想いは応援に値する。
そして長久手が一週間後を笑って迎えられるかどうかは、サツキ次第というわけだな。
そんなサツキであったが、長久手と入れ替わるように教室に戻ってきた。
授業開始の一分前である。
一分前までサツキの机に座って未来の相談を持ちかけてきていた長久手も十分迷惑な話だが、ギリギリに戻ってきたサツキも忙しない。
「遅かったな。 早く授業の準備をしろよ」
次は歴史の授業だ。
それなのにノートすら出てない綺麗なサツキの机を見つつ、戻ってきた彼女を迎える。
「すみません、私もこんなに時間かかちゃうとは思わなくて」
「……? 何かあったのか?」
苦笑しつつサツキは答える。
「春崎部長に声をかけられまして」
「高一の階にあの人が来たのか?」
「ええ。 階段下でばったりと」
「そりゃあ張り込まれてたんだな。 して、何を話したんだ?」
サツキは答えにくそうに口ごもる。
「えっと、その、ですね……」
「なんだ?」
「その、何でもないです。 そうだ授業の準備をしないと……」
少し不審な様子でカバンを漁り始める、これは何かあったと見て間違いない。
だがそれよりも、サツキに伝えなければならないことがある。
「なあサツキ、明後日のことなんだが――」
――キーンコーンカーンコーン
チャイムに話を遮られた。
歴史の担当教師は私語に関しては厳しかったと記憶していたので、遊びに行く件についてサツキに伝えるのは後回しにすることにした。
ここはひとまず授業に集中することとしよう。
話はその後でも遅くない。
そうして六限目が無事終わったのだが、終礼が済んで立ち上がった時にはもうサツキはいなかった。
「遅かったか……」
部長に声をかけられた、と言っていたのは記憶に残っている。
つまりはそういうことなのだろう。
放課後すぐに別棟に来い、と言われたに違いない。
「まあいいか、どうせ行けば会えるだろうし」
それにしても別棟か。
生徒たちが使うのは主に教室棟、部室棟で別棟は今は普通部しか使っていないらしいが、あれはもともとどういう建物だったのだろう。
昔は使われていたようなので旧校舎とかだろうか。
改めて俺たちの置かれた状況の歪さに首を傾げつつ、俺は足早に教室棟の外に出た。
「部長、どうもです」
「おう桜木か。 今日はやけに早いな」
扉を開けると教室の真ん中で、部長が寂しく一人遊びをしていた。
一人、寂しく……。
「おいなんだその目は。 何か良からぬことでも考えていないだろうな」
「ははは、ここまで勘がいいと俺も困っちゃいますよ」
「おい。 そこは否定しておくのが筋というものではないか?」
「そうでしょうか」
「真顔で何を開き直っているんだ」
ちなみに俺は毎日のように普通部に通っている。
時には来て十分も経たぬうちに帰ることもあったが、顔はちゃんと出している。
そして、部長は顔を出す度にいつもそこにいた。
言葉を交わしているうちに気付けばこうして軽口を叩けるまでに仲良く――とは認めたくはないが、どこまで踏み込んで言っていいかくらいは分かるようになっていた。
「部長、一人で何やってたんですか?」
「ジェンガだ」
「えっ……それ一人でやって面白いんですか……?」
俺はやはり分からない。
この人の目指す普通というものが。
「ってか俺、だいぶ早く来たつもりだったんですけど。 部長もしかして六限目受けてないんですか?」
「……」
部長は俺の言葉に押し黙る。
「え、まさか」
「んなわけないだろう? 私も今来たところだ。 丁度これから始めようとしていたのだよ」
部長は俺の焦り具合に満足したのか、にんまりと笑顔を作った。
「桜木も一緒にやるか? 一人ジェンガ」
「そうしたら二人になりますよね。 一人って看板降ろした方がいいですよ」
「何を心配しているのか知らんが安心しろ。 私は普通のジェンガをお前にさせる気はない」
確かに組み上がったばかりなのであろうジェンガを机の上に放置したまま立ち上がり、部長は自分のカバンを漁り始める。
「ちょっと机をもう一つ用意してくれないか」
「……まあいいですが」
机を引っ張ってきて隣に並べると、部長がカバンから目当てのものを取り出してきてその上に置いた。 ……それは二つ目のジェンガだった。
「一人ジェンガを二人でやるって、本当に何がしたいんですか?」
「一人ジェンガだが。 ちなみにもう一つ入ってるぞ」
「……あなたのカバンの中には何が入ってるんですか?」
「ふむ、その質問をしたということは覚悟ができているということに間違いないな? 女子のプライベートに首を突っ込むとは、いい度胸じゃないか」
部長は拳を胸の前で合わせてグリグリと手首を捻るが、俺はこれも冗談のうちだと分かっている。
冗談じゃなかったら一発目に威圧的な怒号が飛んできていることだろうしな。
っと、俺はこんな油を売りに来たのではない。
サツキに話があってここまで来たのだ。
ただ、その当の本人はここには来ていないようだが。
「ところでサツキは来てませんか? すぐいなくなってて探しに来たんですが」
「ふむ、九条か。 ………………知らんな」
「なんなんですか、その間は」
「まあいいではないか。 しばらくここでゆっくりしていけ」
「話逸らしました?」
「いや逸らしていないが? 九条のことだ、待っていれば直に来るだろう。 それまでゆるりとジェンガしようではないか」
普通はゆるりとお茶をするところだが、今日の気分はジェンガらしい。
何度も思うのだが、この人の目指す普通とは一体何なのだろうか。
そして始まる無言のジェンガタイム。
俺は一人で何をさせられているのだろうかと何度も思ったが、隣で同じく黙々と積み上げていく部長の姿を見ているとそんなことも中々言い出せず、そうしているうちに俺のタワーは崩れてしまった。
そして隣を見やると。
「……いや高っ!? めちゃくちゃ手慣れてますね!?」
部長のタワーはどういう目の錯覚か、元の高さの二倍ほども積み上がっているような気がした。
最初は中腰で慎重に引き抜いていたのが、今や足どころか背筋も真っ直ぐだ。
「まあな。 去年は三年の先輩が引退した後私たちだけだったんでな、一人遊びは研究し尽くしたと言っても過言じゃない」
「なんか……悲しいっすね……」
「寂しいと言ってくれ。 君たちが入ってくれなければ、私はきっとウサギのようになっていただろうからな」
「別棟を事件現場にしないで下さいね?」
ウサギは寂しくなると死ぬ。
……とは限らないが、ストレスには極度に弱いのは確かだ。
しかし、この人の生き方なら何でも楽しめて、さぞストレスフリーな道を歩けるんだろうなと思う。
そういう意味ではこの環境も、ある意味全ての部活の理想形のような気がするのだ。
ところで何で別棟を貸し切りにするのが許されているのか、という野暮な疑問が湧いて出てきたが、それをこの場で訊ねるのは止めておくこととしよう。
なぜならば――
「お待たせしました、春崎部長!」
サツキがけたたましい足音を上げて駆け込んできたのだ。
その音に驚いた俺は手元を狂わせて、三周目に入っていたタワーの増築作業にて、増築するどころか根元から解体してしまった。
「ってそれ、ジェンガですか? なんだかすごく久しぶりに見た気がします」
そんなサツキの声に混じって微かにシャラシャラという音がして振り返るとやはり気のせいなんかではなく、確かにビニール袋の擦れる音だった。
サツキはその両手にパンパンの袋を吊り下げて、懐かしそうに目を細めていたのだった。
「かく言うサツキは何を持ってきたんだ? やけに来るのが遅かったのはそれが理由なのだろうが」
「あ、はい、すみません。 遅くなることは連絡しておけばよかったですね……」
「まあな、スマホって文明の利器があるんだし。 ……あれ?サツキって確か」
サツキは確かケータイやスマホの類を持っていなかったはず。
俺と同居しているし同じクラスなんだから必要ないか、と新しく購入するという無駄な出費を抑える方向に舵を切った覚えがある。
まあもちろん、それは妹も同意の上だ。
しかし考えてみれば、今更だが何かと不便かもしれない。
学校外で連絡を取り合うことも、高校生なのだからそれなりに考えられる。
なのにサツキはその手段を持ち合わせていないとなると、そりゃあ友達もできないよな。
「……すまん、俺の責任だ」
「急にどうしたんですか?!」
いつかケータイショップに出向く機会を作ってやらないとな。
――改めて思うが今日は決意尽くしの日だ。
「わけわからんやり取りはそれくらいにして」
部長が手を叩き、俺たちの注目を集める。
「今日は何をやるのかを説明しようか。メンツも揃ったことだしな」
少し遅れて内心実は会話の蚊帳の外にされて拗ねたんじゃないかとか想像し、案外部長にも可愛いところがあるのではとか何とか考えて、
「おい桜木、また変なこと考えているんじゃないだろうな」
「……あなたはエスパーか何かですか?」
「はぁ、お前はもっと弁明というものを覚えたまえよ」
と、また心を読める超能力者のごとく鋭い目線と共にずばり言い当てられるのだった。
「さて、色々脱線していたが本題に入ろうか。 今日は何をすると思う?」
「コーラとかポテトチップスとか買うよう言われましたし、やっぱりパーティーとかですか?」
半透明のビニール袋の奥にうっすら見えた黒い塊はコーラだったようだ。
それに、色とりどりの袋はポテチ。
息を切らしていたのは、放課後急いで買いに行ったからということだった。
「パーティー、ですか。 もしや誰かの誕生日会でも?」
「私もそれすごく気になります。 もしかして安岐先輩のとか?」
サツキは最近「すごく」という言葉にハマっているらしい。丁寧語を外して「すごく」を「すごーく」に変えてやれば某紫紺の瞳のエルフになりそうだ。
なら俺はきょうび聞かないなと返してやらなければならなくなるが、残念ながら「すごく」は日常会話でも普通に使う。
おっと、これは俺の部屋の一角を占めている、とあるラノベの話だった。
「違うな。 お前たちのためのパーティーだ」
「俺たちのパーティーなのに食い物は自分で買いに行かせるんですか」
「ああ。 正確には九条皐月に、だが」
なんと恐ろしいことを。
「ふっ、そんな目をするな。 実際お前は私と楽しく遊んでいたのだから」
「それは何も言えねぇ……」
部長は話を戻すように咳払いを一つ。
「私は思ったのだ。 この教室で普段通り生活していたが――」
「あれで普段通りだったんですか?!」
そんな俺の果敢なツッコミも語り出した部長には無視される。
「――そういえばお前たち新一年生の歓迎会はまだやっていなかったな、と」
ちなみに言っておくが、もうすぐ五月だ。
されどまだ五月。
一年生の中には仮入部という、まだ入部届を出していない者たちもいるわけで。
いささかこのタイミングで歓迎会をぱーっとやるには早計すぎるのではないかと思ってしまった。
「まだ入部希望者も現れる可能性があると思いますが。 いいんですか?」
このタイミングで歓迎会をやる、というのは一度新規入部者の募集を打ち切るということだ。
一年生での最初の入部者は俺たち二人……じゃなくて四人、この事実を揺るがぬものにしようということだ。
部長がそれでもいいと言うのならいいのだが。
「安心しろ、新たな入部希望者は来る。 彼らを迎え入れてから始めようと思っているのだが…………連れてきたのではないのか、九条?」
「え、は、はい? 新たな入部希望者?」
突然の告白に戸惑いの色を隠せないサツキ。
完全にノーマークのところから出てきた伏兵に、すっかり拍子抜けしているようである。
しかしながら、俺もまたそれがどういうことなのか気になっている。
「私が言われたのはパーティーをやるから友達を呼べ、と……」
「ま、それは言葉の綾だな」
何が言葉の綾なのだろう。
黙って聞いていれば、部長の思惑はまるで独裁者のものではないか。
サツキのお眼鏡に叶った者をそのまま普通部に入部させ歓迎会までして既成事実を作ってしまう、そんなプランニングだったのだろうが、呼ばれた者の意向も無視して呼ばれた方はたまったものではないな。
「つまり歓迎会は部員を増やすという口実ということですか?」
「端的に言うならそうなる。 だが、歓迎会をしようという私の気持ちに嘘はないぞ」
「一つ聞いてもいいですか? どうしてそんなことを思い立ったんです?」
「それはあれさ。 女好きのアホコンビが最近顔を出してこないから、代わりを見繕おうと思ってな」
土佐と更科のことか……。
酷い言われようだ。
「してその友達というのは?」
「九条、そこで立ち聞きしている二人を早く呼んでくれ」
サツキは後ろを向いて手招きをする。
二人、か。
まあ何となく想像はつく。
サツキと交友関係のある人はそう多くないしな。
「えっと……私なんかがここにいて、いい……のかな……」
とは片方の女子。
「あ、桜木くん!やっほー」
とはもう片方の男子。
想像通り、二人とも俺のよく知っている人物だった。
「で、では部長に紹介します。 こちらは一ノ宮美咲さん」
「初め、まして……」
緊張からかすっかり萎縮してしまい、一ノ宮の肩は小さくなっている。
俗に言う挙動不審、良く言えば初対面でのみ発動してしまう人見知りというやつだ。
「こちらは塩野雪君です」
「よろしくお願いします」
塩野雪、それが初めての体育の授業でショタボ美少年として認識したクラスメートの名前だった。
まあもちろん名前自体は即日座席表を確認して調べたのだが、あまり接点もないもので、悲しきかなこれまでに数回しか喋ったことがない。
「じゃあそういうことだから」
部長はもちろん承諾するよね、と自信の籠もった謎の目配せを二人にして、それからジェンガの片付けに入った。
「手伝いましょうか?」
「いや、いい。 それよりも桜木、適当に話に花でも咲かせておいてくれ。 菓子の準備でも構わんぞ?」
「お菓子を用意しながら事情を説明しておけってことですね。 スッと言えばいいのに……」
こういう意図を汲み取れるかこちら側に一任してくるところ、部長にはつくづく頭を悩まされるものだ。
困った人だな。
「ねえ桜木くん、別棟の女王ってなんか凄いね」
「塩野も知ってるのか?」
「うん、僕テニス部なんだけど、先輩が話しててさ」
「ソフトテニス?」
「硬式だよ」
っと、それはどうでもよくて。
「普通部、だったよね。 確か」
「そうだけど」
「毎回こんな感じで人集めたりしてるの?」
「うーん、どちらかと言うと逆だな。 昔の話らしいんだが、ここを拠点に敵対勢力を叩き潰して追い出してたらいつの間にか占有権を得てたってさ」
「ふーん、なんだか物騒な話だね」
塩野が一人うんうんと頷いていると、会話にサツキも加わってくる。
「だから珍しいんですよ。 春崎部長は今まではむしろ人払いをしていたくらいなので、お二人を仲間に迎え入れるなんて言い出すとは思いもしませんでした」
「弥生の困り具合を見てたら、本当にそうなんだって分かる、よ……」
そういう一ノ宮も、さすがにこの状況には困り顔だ。
心なしか帰りたそうにも見える。
そんな二人に選択を突きつけてみることにする。
「二人はどうするんだ? このまま勝手に帰ってくれても全く構わないんだが」
無理やり連れてこられたのだから、てっきり踵を返すだろうと高を括っていた。
しかし予想に反して、二人ともすぐに答えを出して口を開く。
「僕、普通部に入ってみるね」
「私も入ろっかな……せっかくだし……」
多少強引な点もあったし二人が来るのは不本意ではあるのだが、悔しいことに結果的に部長の思惑通りとなったのである。
こうして俺たち二人……じゃなくて四人の歓迎会は、六人の歓迎会へと規模がクラスアップした。
「お前ら、準備ができたぞ。 立ち話はそれくらいにして座ったらどうだ」
そんな訳で、放課後の校舎外れで人知れず賑やかなパーティーが始まったのだった。
ところで何か忘れているような気もするのだが……。
忘れているのはここにはいない土佐と更科のことだろうかと思ったが、しかしそのことについては心配ない。
「白音、捕まえてきたぞー。 先生に住所聞くの大変だったからな」
「お疲れ、菜月」
「今度なんか奢れよ〜」
ポテチの袋もほとんど空に近づいてきた頃、悪い顔をしながら戻ってきたのは二年の安岐菜月、この普通部の副部長で春崎白音の親友である。
そして首根っこを掴まれて引っ張られてきた情けない奴は土佐と更科。
「おいアホ共。 こんな大事な日に部活をサボるとは、どういう性根をしているんだ?」
とは部長も言うが、威圧の下に影を潜めている理不尽さが隠しきれていないのには気づいているのだろうか。
前振りなく突然言い出した上に伝えたのはサツキだけで、その上サプライズとか何とか言っている。
とは言っても土佐と更科は怒られるべくして怒られており、これは言わば自然の猛威のように制御不能なのだ。
これが部長の本質なのだから、いやはや恐ろしいものである……。
さて、その翌日。
休日なのもあって時間に追われることのない優雅な朝を俺は送っていたのだが、朝日に当たりながら満喫していた寝起きの読書タイムを終えようとした時、ふと思い出した。
「……そういえば昨日、サツキを遊びに誘ってねぇな」
長くなっちゃってすみません




