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23話 つまり闇の金

 五月三日が何の日か、そう言われると前までの俺ならば答えに窮したかもしれない。

 だが今の俺なら間違いなく即答する。――海の下見と称したファミレス巡りの日、そして足がもつれて転んで初めてラッキースケベを体験できた日。



「海開きって普通七月ですよね?どうして海なんでしょう」


 そう思うのはもっともなことだ。いくらゴールデンウィークとはいえ、ゴールデンとは言っても太陽の火力がゴールデンということではないので灼熱により渋々解禁という事態は起こらないし、だから海に近づくなともならないとは思うが、しかしどうせ行っても遠くから眺めるだけにしかならない。


「海だって、波の音はヒーリングミュージックにはなる。生音演奏と思ってやれば――」

「ですが、せっかく海に行くんですから絶対入りたいです」

「別に水着じゃなけりゃいいだろ。前買ってたけどまだ着てない服あったろ?それを塩水で濡らせばいい」

「ぬ、濡れる前提……」

「もちろん、俺は濡れないように避難しておく」

「なんでですか!一緒に濡れましょうよ!」

「サツキ……濡れるのは一人で十分だ……」

「私いじめられてます?!」


 と言いつつも、実際白浜では五月の頭に海開きがあるらしい。ここの最寄りの海岸がなんて名前なのかは知らないが、そこが実は白良浜だった場合サツキの水着を急遽買いに行かねばならんな。


「お、来てるな。貴様らがラストパーソンだ!」


 ――ここは駅前入口。日曜の混雑の中、春崎部長が待ち合わせ場所にした場所だ。

 ……待ち合わせ場所になっていたはずだった。


「どうして部長が他全員を引き連れた上で遅れてくるんです?」


 現れた一団の先陣を切っているのは春崎部長。続くのは安岐副部長に一ノ宮だ。


「まず菜月は家まで迎えに行っただろう?」

「……そっすか。なるほど」

「そして一ノ宮、彼女はモール前でオロオロしていたところを保護した」

「んな捨て猫みたいに」

「塩野は昨日確か練習試合と言っていたな。ま、そういうわけさ」


 ちなみに姿の見えない土佐と更科だが、二人揃って都合良く熱が出て休むというメッセージが今朝グループラインに投下された。あんなに反感を買うのが嫌だとのたまっていたのにこのザマでは、ただ部長の歯ぎしりをむやみに増やすだけだと思った。


「今日は五人だけだが、これもまた悪くないものだな。塩野がいないのは残念だが」


 当の本人は人が少なくなって幾らかやりやすそうだ。徒党を組むのは四人か五人が丁度いいが、それ以上になるとどうも意思決定が困難になる傾向があるらしい。春崎部長はきっと心理学的観点から物事を見る側面が強いのだ。


「本来の六人ならもっと楽しかったろうが、私はもともと人が少ないのを好むタチでね。あの少年には悪いが、一人減るだけでも結構な違いが出るものだよ」


 ――ただ土佐と更科は認識されていないだけだった。可哀想に、嗚呼殴られ損のお二人さん……。


「さて、じゃあ行こうか。海の下見に」

「……あの、本当に下見なんですよね?」

「間違いなくそうだ。なにせ降りる駅は変わらないんだから」

「理由が弱い……」


 基礎工事がガバガバの違法欠陥建築並みに緩々甘々の理由で、俺たちは連休が始まって早々に連れ回されようとしていた。



 ところで昨日は昨日で、部活として連絡先の交換会を行った。そこで初めて春崎部長の連絡先を知ったのだが、アイコンが……アイコンがまさかのムンクの叫び……。

 確かに天才肌的な面があるのかもしれない。何でも卒なくこなして唯一熱中できるのは絵を描いている時、とかよくある設定だ。それが普段睡眠学習を実践しているトンデモ優等生となるとなおさらだ。

 だとしてもセンスがあまりにも……。いや、センスが悪いと言いたい訳では決して無い。ただ、部長からラインが来たと思って開けば、左端に哀愁漂う悲劇的な顔面が現れるのだ。まず驚き、次に思い出し、最後にギャップで笑う。何日経とうが何ヶ月過ぎようが慣れられる気がしない。


「部長、なんでムンクの叫びのアイコンなんですか?」


 奇跡的に部長の横に座れた俺は、電車に揺られながら直接聞いてみた。


「菜月に設定登録を丸投げしたらそうなったんだ。してやられたと思ったが、面白くてそのままにしている」

「確かに面白いですね、急に叫びが現れると」

「叫び、か。知ってるか桜木、その者は叫んでいるのではない。耳を塞いでるだけなんだ」

「へ〜、そうだったんですね」


 そして会話が終わった。当たり障りのない相槌しか返せなくてごめんなさい。


「しかしあいつ、面白いだろう」

「へ?」


 ……キャッチボール強制続行。


「ムンクはノルウェーの画家だが、菜月本人はノルウェーは寒いからとムンクを毛嫌いしている。どちらかといえばフランスの芸術家が好きだそうだ」

「寒いからって、子供ですか」

「普段はクールキャラを取り繕おうとしているが、ああ見えてプライベートでは変な女だ」

「それ部長が言います?」

「確かにな。私も部活と称して校舎一つ買い取るくらいだからなハッハッハ」


 ……今なんて?買い取った?聞き間違いじゃなければ笑い事で済ましたくないことだが。


「冗談だ」

「ですよね」


 人もまばらな車内、通路を挟んだ向こう側には安岐副部長、サツキ、一ノ宮が並んで座っている。根からの陽キャ気質であるサツキが真ん中に座り、会話を回しながら左右二人との談笑を楽しんでいた。控えめな笑みを浮かべる、座席の端に座る安岐副部長。一見すると私服姿の普通の女子高校生なのだが……私服……私服……?!


「ほう、よくやく気付いたか。あれが菜月の私服だ」


 対岸の景色に目を見開いている俺に気付いた部長はにんまりと笑う。


「別に特段芸術が好きな訳では無い。菜月が好きなのは、そう、なんちゃってアートTシャツだ」


 なんちゃってアートTシャツというのは例えば、


「今菜月が着ているのは確かマッスルモナリザ。性別が変わって男のムキムキボディビルダーになってるところがアーティスティック、そうあいつは言っていた」


 ――例えば、街中を歩いていると真面目な顔で歩いている大人が胸のあたりに奇妙なことが描いてある服を着ているのを稀に見かけるが、ああいったものだそうだ。


「ダサいを通り越して逆にセンスを感じます」

「そうだろう?私の親友だからな」


 と得意気に言うが、果たしてこれは自慢できることなのか?俺は隣で胸を張る部長にふと疑問を持った。


「他にもいくつか収集していたはずだ。気になったら聞いてみるといい。お下がりを貰えるかもしれんぞ」

「いらないですよ。……芸術に造詣が深いのか深くないのか、よく分かりませんけどね」

「おかげでテストでサモトラケのニケが書けたって言ってたぞ。多少は頭に知識が入ってるんじゃないか?」

「だとしても芸術が好きだとは言えないんじゃ」

「言っただろう?菜月が好きなのはなんちゃってアートTシャツだ、と」

「あ、そっか。なんちゃってですもんね」

「好きになりたければなればいい。なんちゃってで済ましたければそれでいい。何かに夢中になる入口なんて、皆大概その程度のものなんだ」


 まるで実際に目の前で見聞きしたような、とてもリアルで生々しい教えを示すことで、部長はこの話題を勝手に締めくくった。


「さ、あと一駅くらいだろう。と言っても新幹線でもあるまいし準備するものは何もないが、心の準備はしておくんだぞ、桜木」


 斯く言う彼女はどことなく頼りがいのある姉の雰囲気で、一年分の差も伊達じゃないんだなと思った。



 ちなみに俺は、何をやるつもりなのか詳しく聞かされていない。だから部長の赴くままに今日は過ごそうと思う。無意義といえば無意義だが、有意義にすることはできる一日だ。

 ただ一つ、連休最終日に行く海の下見とは聞いた。にしては降りた駅は電車一本の近場なのだが、もしかして海水浴ができるのか確認するための下見なのだろうか。分かったのは、白良浜ではないので水着を買う必要が無くなったということだ。


「……思いっきり遊泳禁止じゃねぇか」


 スマホ片手にちょちょっと調べると、まあ、そういうことだった。


 では何しに来たというのか。どこに行こうというのか。分からぬまま迷いなく商店街を突き進む部長の後に従って十分後。

 気付けば俺たちはファミレスで飯を食っていた。


「食いすぎるなよ」

「どんな注意ですか。朝ご飯抜いてこいって言われてるんですから食うしかないでしょう」


 せっかくファミレスに入ったのに、そもそもファミレスで言ってはいけないあり得ない注意を俺は聞いてしまった。ファミレスというのは低価格高品質という庶民の味方、すなわちモヤシであり、たった今ファミレス業界をモヤシ産業と勝手に名付けたくらいには、量食ってなんぼの場所である。


「それでもだ。食べるのは腹二分目まで、それ以上食べることは許さん」


 しかし頑強な春崎部長は相応の食事すら阻止しようとしてくる。


「だいぶ厳しくないですか?」

「ですよね。春崎部長、さすがにサイドメニューだけなのはちょっと……」


 空腹で変な音がし始めた胃に海老入りサラダを丁重に頬張りつつ流し込みながら、俺はサツキと共に部長に抗議をした。しかしそうは思いつつも、追加注文する部長が頼むメニューは王道を押さえていた。

 シェア用の大盛りポテト、ミニサイズのピザ、変化球のトッピングのされたサラダ、ミニサイズのスパゲッティ、バターコーン。五人分なので結局サイドメニューが机に大量に並び、メインディッシュも頼まずに何がしたいのかよく分からない卓になってしまっているが、皿のメンツにハズレが無いどころか朝の縮小気味な胃には丁度良い量である。


 ――しかし何度も言うが俺たちは皆、朝ご飯を抜いているのだ。


「やはり足りんな。菜月、お前も適当に好きなの注文してみろ」


 安岐副部長は自由にやってよいという言質を得て今まで見たことのない顔の綻ばせ方をして、サラダうどんを自分の分だけ注文した。


「腹減ってたんだよ。ほんとに」

「はぁ……これから大量に食うことになるんだから腹いっぱいにはするなよ」

「大丈夫だよ、白音。サラダはご飯じゃない」


 ……思いっきり炭水化物入ってるんですけどね。

 ベジファーストだからうどんはノーカン理論が通用してたらおそらく、この世から肉食系が淘汰されてそこら中の男女が皆草食系になってしまうことだろう。


「こんなに食べていいんですか?――全部安いサイドメニューですが」


 美味そうに麺をすする安岐副部長を見ていた俺はふと気になって、ついに部長に訊ねた。


「構わん」

「お金の方はどうするんですか?こうなるとは思っていなかったので、さすがに今手持ちが……」

「割り勘じゃないから何も心配するな。ここに五万がある」


 部長はひらひらと周りに見せびらかすかのように振る。


「や、闇金……?!」


 確かにドラマに出てくる悪い金貸しのようだ。一ノ宮はそういった類いのものを好むのか、ビクッと震えてそう呟いた。


「金の出どころについては安心しろ。部活の予算から持ってきた」

「横領にならないんすか」

「私は普通部部長・春崎白音ぞ?何を恐れることがある」

「お咎めなしってことですか……」


 誰かこの女を引っ叩いて欲しい、そして勝手に予算から金を引き出して持ってきたことを咎めてキツく叱って欲しい、そんなことができる強い大人がいつか現れてくれるのを、俺は心から願った。

個人的なことですが、海岸といえば前は第一に白良浜でしたが、最近その座を七里ヶ浜が奪っていきました。

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