22話 魚か獣か
「ふざけんなって。そんな言い訳通用するはずないだろ?」
「そうだそうだ!遅刻とか一体どうなってんだ!」
「普段の学校だったら全然アウトだからな?」
「ちなみに今日もアウトだからな!」
普通部の活動教室に到着するなり第一声、威勢よく出迎えてくれたのは土佐と更科だ。遅れてきた俺の顔を睨めつけながら交互に詰め寄ってくるのはさながら長年付き合いのあるパートナーのようで、実に見事な連携を見せてくれている。
「いやだから、本当に時計が遅れてて……いや、早くて、なのか……?」
「問答無用っ!遅刻の事実は動かないっ!!」
そして更科はこういう時、めちゃくちゃ調子に乗って俺の非をこれでもかというほど追求してくる。一応非はあるのだからこういう大人げなさを突きつけられるのは厄介だ。
「あ、九条さんは仕方ないよねぇ」
「は?なんでだよ」
更に、更科はサツキをかなり贔屓する。折角部活も一緒になったのだしワンチャン気を引けないかとあの手この手を使って健気にアピールしているらしいのは見ていれば分かるのだが、しかし見事に空振りを繰り返している。しかし本人は気付かずに何度もアタックを仕掛けるので、健気というかむしろ目も当てられない。
「当然だろ?俺たちにとって九条さんは南十字星だからな!」
「おいよく分からない例えを使うのは止めてくれないかな恥ずかしいから」
更科の肩に手を置く土佐は、眉間にシワの寄った笑顔で息継ぎもせず、一息のうちに口早に更科に忠告を与えた。土佐の方はやはりサツキの前での体裁を気にしており、決してボロは出したくないという考えらしい。蹴落とし合う立場にはあるが足の引っ張り合いが結局両者共に白い目で見られる結末を招くのは理解しているようで、考えなしにああいったことを口走る更科にはたまに半ギレになることがある。
「なんだとぅ?」
「チッ、更科お前これ以上恥を重ねる気じゃないだろうね?」
「いや今のは本当に聞こえなかっただけなんだけど」
「なんだ、聞き返しただけか。それならそうと言ってくれよ」
「言っただろ?聞いてくれなかったのはそっちじゃんか」
「よし、ならもう一度言ってやる。――よく分からない例えを使うのは恥ずかしいから止めてくれないかなぁっ?!」
もともと俺たちの遅刻がどうだという話だったのに、扉の前で立ち尽くす俺たちはそっちのけで二人は取っ組み合いを始めた。基本的に扉というのは横幅があったとしても人二人がなんとかすれ違えるくらいなので、ましてやそれがこのオンボロ校舎の教室の扉ともなれば横に長い扉なぞ使われているはずがない。まあ規格はほぼ同じだろうが、どちらにせよ大事なのは、扉の前で人が二人揉め始めたらどうしようもないということだ。
正義の鉄槌でも下されないかなぁと待っていると。
「なんだ桜木、来ていたのか」
「はい。って、なんつー格好」
春崎部長は連結させた机の上で今にも眠りの世界へ向かおうとしている体勢で、首だけをこちらに向けていた。タオルケットを腹に掛けているあたり、もしかしたら夜をここで過ごしたんじゃないかとさえ疑いかけたのだが、さすがにこの学校はテント泊を許すほどセキュリティガバガバではないので流石にそれはない。それはないと信じたいが……
「してここはどこだ……?」
「普通部の教室です」
「ん……そうか、私は……」
完全なる寝起きの声と顔。寝坊助はネボスケと読むが消えたウについて誰も触れないのはさておき、あの春崎白音がたった今寝坊助として目覚めた可能性というのは十分吟味する価値がある。
「まさか昨日から寝てたわけじゃないでしょうね」
「はっはっは。……そんなまさか」
「声小さいですよ、部長」
「それはさておき」
「さておかないでください。ここで何してたんですか」
俺が強い語調で問うと、部長は開き直った。
「何って見たら分かるだろう、仮眠さ。最近よく寝れなくてね」
「というのはハッタリで」
「あ、コラ菜月」
教室の隅、俺の場所からは死角となるところから横槍が飛んできた。声の主はあの破天荒女王春崎部長の親友をやってる、安岐副部長。
「君等は知らないだろうけど、白音の睡眠時間はすごいんだ。夜九時にメールしても大抵返信は翌朝だし」
「九時?!めっちゃ寝るんすね?!」
「ああ、その分朝は早く――」
「白音は朝が弱くて、たまに遅刻する」
「部長?!めっちゃ睡眠好きなぐうたら女子じゃないすか?!」
副部長の矢継ぎ早のフォローにより、部長のプライベートが包み隠さず公開されていく。二人のザ・親しき友的関係は羨ましく思うこともあるが、互いを知り過ぎているが故に、今は部長のことが少し可哀想であった。
「さて」
タオルケットを羽織り机に座る春崎部長は部員全員を椅子に座らせて見渡すと、今日俺たちが集められたその目的について話し始めた。
「今日君たちを招集したのは他でもない。この連休の過ごし方、について話があるのだ」
それを連休初日に言うか?普通前もって話しておくことじゃないかと思ったがそれは表には出さず、不足そうな顔としてこの気持ちを表現するのに留めておいた。
「私は今年のゴールデンウィークを、春合宿として君たちを連れ回すことに専念する休みにしたいと思う」
「ねーおまわりさーん、この人連れ回すって言いましたよー」
間延びした声でリアクションする更科に、土佐がその首根っこを掴んで引っ張っていった。
「おい更科!あんまり舐めた態度だとまた縄で縛られて吊るされるぞ!」
「なんだよぅ、お前だって連れ回されんの嫌なくせに」
「九条さんと春崎先輩の反感を買うのに比べれば全然マシだ。だからマジで止めてくれ!」
そのまま丸聞こえの内緒話を始める土佐と更科は、もう無視してそっとしておいてやろうか。そもそも会話が丸聞こえだということに気づいていないらしく、部長の無言の拳骨で二人の頭にたった今立派なこぶができた。
「春合宿って具体的に何をやるんでしょうか」
サツキの抱いた疑問ももっともである。この場にいる全員がおそらく同じ事を考えただろう。急に合宿と言われても、小学校や中学校での宿泊学習がポッと頭に浮かんだくらいで全くピンときていない。
唯一例外なのが安岐副部長、彼女だけはよく言ったと言わんばかりに、首を強く縦に振っていた。
「やることはもう決めている。が、一応君たちの要望も聞いておこう。水族館か動物園、行くならどちらがいい?」
そう二択を提示されても、俺たちはただ困惑するばかりである。特に一ノ宮と塩野、比較的新米の二人はこの状況も普通のことなのだろうかと不安げに後方でソワソワしている。
対して自信に満ち溢れた横柄な態度なのは土佐と更科。ギャグ漫画みたく誇張すれば頭が瓢箪型に見えなくもないというみっともない姿になりつつも、彼らはやはりノリという、名前に反して全く黒くは無い内輪の空気に包まれていた――それ海苔ね――。
前方と後方では空気感が全く対照的である。
「どうします、弥生君?」
その中間あたりを陣取る俺とサツキはまあ、実のところ何とも思っていない。部長が普通普通と言いながら突拍子もないことを言い出すのは慣れているし、こいつらもいっそのこと流れに身を任せた方が楽なのになぁとか思う。
「そうだな、暑くなってきたし屋内の方がいいかな」
「いいですね。小動物館とか爬虫類館みたいなの、確かありましたよね」
「サツキの中では動物園が優勢なんだな」
「あれ、違いました?」
「そもそも野ざらしの水族館とか、もはや館なんて名乗れないと思うんだが」
「確かに」
「日の光を見れるのはイルカショーの時だけでいいんだ」
「イルカショー……!」
「そのイルカショーでさえ完全な屋内でやるところも多いと聞く。水族館で日の目は見れないと思えよ?」
「……って言われると、なんだか悪役に脅されてるみたいです」
「あ、別にそう言うわけじゃないんだが」
「もちろん分かっています。冗談ですから」
そう言われて安堵する。こうして普通に会話していると、サツキが繊細なものだということをついつい忘れてしまうのだ。人の心を得たガラス細工、までは言い過ぎかもしれないが、扱いに気をつけなければ「世界が滅ぶ」かもしれないのは常に頭に入れておかなければなるまい。
「はいそこ、後は桜木と九条だけだ。君たちはどちらを選ぶ?魚か、獣か」
「内容重視の選択肢?!……ま、まあ、俺は水族館ですが」
「私も」
「そうかそうか、これで一年諸君の意見は三対三で割れたな。菜月はどちらを選ぶ?」
「私は動物園かなー」
「ああ、菜月の推しはカピバラだったな、そういえば」
この時俺の脳裏には、普段は関心のあるものが何も無さそうな安岐先輩がカピバラを前にして目をランランと輝かせている光景が浮かび、少し口元が綻んだ。
「残念ながら私は水族館だ。これで四対四」
生憎の展開だ、と部長はわざとらしく肩をすくめる。
「という投票には関係なく、私たちは海に行く。連休最終日、予定は空けておくように」
「「関係ねぇのかよ!!!」」
俺とサツキも加わって、涼しい顔をする部長副部長を除く全員の猛抗議が行われた。
海に遊びに行くのは連休最終日。しかし、他の日程も部長の独断で次々にイベントが詰め込まれていった。おかげで中間試験の勉強どころではない。コツコツやるつもりだったのだが、結局それが無くなって気付けばもう二週間前になっている。
ああ、よく分からないが何かの腹いせに、今日の晩ご飯は刺身にしてもらおう。そう思った俺は早速六華にメールすべくラインを開いた。
最近書き溜めがすごい勢いで減っている事実。まあ、忙しくて書くペースが落ちてるだけなんですけどね。




