24話 ファミレス巡り
「ここのコーヒーが美味いらしい」
そう言って入っていったのは、またしてもファミレスだった。
結論から言おう。海の下見と言いながら、俺たちはまだ一度も海を見ていない。ファミレスを出たあと春崎部長は「よし、次だ」とだけ言って迷いなく商店街を歩き始めた。その背中を見ながら、俺は今さらになって思う。この人は本当に海に行く気があるのか?
いや、別に海に行くと明言していたわけではなかった。今回の小旅行、お出かけは実際ただの下見だ。しかし、それにも「海の」という接頭語がついている。「海の」は部長の住む地域では「海に行くために降りる駅の周辺の」という意味なのだろうか?そう思わざるを得なかった。
あるいは下見というよりは、どちらかと言うとファミレス巡りだろうか。今のところファミレスにしか入っていない。それならそうと言ってくれればいいのに、ここで騙し討ちのような真似をして振り回してくるのが、部長という人であった。
「食後少し歩いたことだし、何か甘い物でも頼みたくなっただろう」
案内された席に座るやいなや、メニューも開かずに勝手に俺たちの胸の内を決めつけてくる。
「そう言うと思ってさっき頼んでおいたから安心したまえ」
「いや行動早すぎません?」
案内される時に店員さんに何か話しかけていたので不思議に思っていたが、そういうことだった。だからあんなに驚いた顔をしていたのだ。目を丸くして、何度も部長の顔を振り返りながら先導していたあの店員さんも、さぞ度肝を抜かれたことだろう。
「ここはあくまで休息地に過ぎない。まあ、腹が減ってるなら食べてもよし」
とは言うものの、実のところさっきのファミレスでサイドメニューとはいえ結構食べてしまったので、あまり腹は減っていない。そして部長もそのことについては配慮してくれていたのだろう。間もなくコーヒーが一人二杯ずつ運ばれてきた。一つはマグカップに入っている少し高価そうなもの、もう一つはコーヒーフロート。
「多くないですか?こんなに大量に頼んで、さすがに飲み切れないかもしれないんですけど」
「コーヒーはいくらあってもいいだろう。朝イチはコーヒーが鉄板だしな」
確かに日本のファミレスはアメリカのコーヒーショップを元にしたらしいが、それでも他所は他所、うちはうち。ファミレス巡りを勝手に喫茶店巡りに変えさせる気はない。
「もう朝一と呼べる時間じゃないんですけど」
「そうか?……まあ、そう言えなくはないか……」
部長は首を傾げて自分の腕時計をちらっと見た。だが外の明るさを見れば今が何時かは一目瞭然。別に時間確認をわざわざする程のものでも無いだろうに。
コーヒーフロートの、上に乗ったソフトクリームを崩し始めた時、サツキがそっと耳打ちをしてきた。
「私、コーヒーって飲んだことないんですよ」
「そうなのか?」
「そうなんです。初めてです」
「シロップとミルク持ってこようか?苦いものはとことん苦いから必要だと思うんだが」
サツキは意地を張ったのか小さく首を横に振り、カップを手に取った。
「いえ、飲んでみようと思います。ですが……苦くて諦めてしまったら、その時は弥生君にお任せします」
「へっ?」
「えっと……私の、飲んで、くれますか……?」
サツキを振り回すどころか、振り回されたサツキを使って間接的に俺をも振り回す部長、恐るべし。
こういう時、どういう顔をしてどう答えればいいのだろうか。俺は問いには答えず顔を背けることしかできなかった。言葉に詰まってしまった俺の横から、ホットコーヒーに息を吹きかける小刻みで柔らかい音が聞こえてきた。
さてさて、地獄のコーヒー時間も思ったほど長くは続かず、ラストになった一ノ宮が最後の一滴を飲み干すと、高一軍団の間には安堵が広がって霧が晴れたような気分になった。唯一不安なのは二杯も飲んだのでコーヒーの利尿作用がどれだけ今後に影響を及ぼすかということであるが、今はただ忘れてひたすらくつろいでいる。
代金は相変わらず部長の奢り、というか部活の予算から天引きだ。俺はこんなことにあっさりと使われる五万円が本当に清廉潔白な金なのか怪しんでいるが、
「普通部は予算だけは潤沢だからね」
と会計担当も兼ねているという安岐副部長にはぐらかされてしまった。もともと部員数が二人しかいなかったという部活にそんなに予算がつくとも思えないが、結局のところ真相は闇の中である。
「さ、落ち着いたことだし二軒目のファミレスへレッツゴー!……二軒目?いや、三軒目か?」
「三軒目だよ白音。確かに企画書にこの店は入ってなかったけど」
コーヒー時間を経て浮かない顔の俺たちを盛り上げようと、部長は明るく声を張る。しかし案の定、本来の目的はファミレス巡りであったようだ。しかも企画書まで作り、綿密に準備を重ねていたらしい。加えて安岐副部長は部長とグルだ。
このやり取りを耳にして、ようやくサツキと一ノ宮は隠されていた今回の事の顛末を知った。
「えっ、海へは行かないんですか?」
「ほ、本当に、食べる……だけ……?」
「お前らが何を想像していたのかは知らんが、もちろん食べるだけだ」
「おい白音、それは無いだろう。自分で海の下見って言ってたろうに。説明くらいはした方がいい」
「あ、そうか。それはすまない、気が変わったんだ。夜マップでこの辺りを調べていたら想像以上にファミレスがあってな」
俺が言いかけていた部長の言葉を継ぐ。
「だからファミレス巡りに急遽舵を切った、と」
「おや桜木、君はあまり動揺していないようじゃないか。ということは、勘付いていたんだな?」
「なんとなくですけどね――いや誰だって分かるでしょう。海に行かずに二軒もファミレスに入ったんですから」
思わぬ方向からの口撃に、サツキと一ノ宮は「うぐっ」と声を漏らして狼狽えた。
「分からずに呑気にコーヒー飲んでてすみません……」
「弥生、ごめん……私ちょっと一人で舞い上がり過ぎてたかも……」
「謝らなくていいし、俺そこまで言ってないから」
「弥生は今、分からず屋の私を腹パンで分からせようとしている……!?」
「そこまで言ったかなぁ俺?!」
一ノ宮は基本的にいつも自信なさそうにしているが、稀に行き過ぎたネガティブな発言がポロっと飛び出ることがある。しかもそれは全然的を射ていない発言なので、全力で否定しなければ知らぬ間に風評被害に遭うこととなる。
「そうなんですか、弥生君?!」
「いや違うから」
――こんな風に。
「それはともかくさっさと次へ行くぞ。存外まったりし過ぎた」
「え、何ですかそんなに急いで。もしかして予約でも入れていたんですか?」
「いいや、単に私のお腹が減ってきただけだ。もしかしたら、私には大食いの素質があるのかもしれない」
「普通に朝食をあんなんで済ませてきたからですよね?腹二分目って自分で言ってたじゃないですか」
自分で腹二分目で済ませろと言っていたくらいなのだ。おそらく部長自身は有言実行して本当にそうしているはずで、なら今の部長はあんなに食っていたにも関わらず相当腹が減っているのだろう。
「あんなんとか言うな。私の計画では今日あと五軒回る予定なんだ、そもそも時間が足りない」
「「五軒も?!」」
これには流石に驚きを隠せずに、サツキとも一ノ宮ともハモってしまう。
「次のファミレスはここから割と近いところだな。確かパスタを主力商品にしているチェーン店だ」
「有名なところですか……」
「トコシエモールの中にも入っていたな、そういえば」
「あ、それならあそこかも。飲食店街の――」
どうやらこの情報だけでも一ノ宮には思い当たる節があったらしい。ということはやはり知名度の高いかなりの有名店ということで、俺たちは何の心配もする必要がないということなのだ。
「まあひとまず行ってみましょうか」
サツキはもはや諦めてしまったのかそれとも吹っ切れたのかはたまた乗り気になったのか、屈託のない笑顔でこちらを振り返った。




