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15話 こうして日曜日は過ぎる

 そういう訳で、では済まないことは自覚しているのだが、成り行きでこうなったとしか表現出来ないのでこの表現を使わせてもらおう。

 そういう訳で俺はサツキと手を繋ぎながら、上下階がエスカレーターで連結する吹き抜け構造を横目にトコシエモール二階の専門店街を歩いていた。なるほどこの辺りは大衆向けの店も多いらしく、ウニクロなど聞き馴染みのある名前もあるおかげで俺たちのような庶民も手を取りやすくて、こうして見て回るハードルが下がっている。


「さっきの高そうなところの服も似合うと思うが、ああいうカジュアルな服も良いんじゃないか?」

「そ、そうですか……?私上手く着こなせるか不安なんですけど、弥生君がそう言うなら入ってみようかな……」

「……もしかしてウニクロは初めてか?」

「実は、そうなんです」


 別に恥ずべきことでもないのだが、サツキは恥ずかしそうに肯定した。しかしさっき入った全体的に価格帯が一回り上で庶民が手を出すには少し抵抗のある高級洋服店には、サツキは躊躇いなく入っていったのだが。

 この便利な日本という国に生きている以上そんな人物はごく僅かであるに違いないし、稀に考えさせられるがこのサツキという御仁はどこのお嬢なのだろうか。


「店員さんもおしゃれですしお店も清潔感があって、私なんかが入っちゃってもいいのかな、と思って緊張するんです」


 ウニクロはむしろサツキの抱いているイメージとは全く逆だ。高嶺の花ではなくむしろ親しみやすいくらいなのだ。


「私なんかがってなぁ、ああいう店はお前みたいなのを歓迎する側だろ」

「そういうものでしょうか」

「そういうもんだ。店員もコーディネートのしがいがあって嬉しいんじゃねぇの?」


 重ねて言うが容姿端麗の権化と言うべきサツキがそうまでして自信を無くす必要はないのに、こういうところでは珍しく謙虚になって、むず痒そうに視線を逸らす。


「まあ、あれだ。入ってみないと分からん世界がそこにあるんだ。怖がるよりもまず一歩足を踏み入れて歓迎されてみろ」


 というか冷静に考えて、俺はさっきから何を自然体で手なんか繋いで歩いているのだろうか。エスコートしようと手を引いて、こんな中途半端なところでふと我に返った俺を一思いに殴ってしまいたい。今更後戻りはしたくないが、どうせなら勢いでそのまま行ってしまいたかった。

 そう思ってちらりと横を見る。するとサツキも同じタイミングでこちらを見ていて、視線がぶつかる。


「……」

「……」


 同じことを考えていそうな表情だとお互いに分かってしまうのは気まずいものだ。かといって自分から行動を起こすわけでもなく、何となく手を離すタイミングを見失っていると、


「あれ?えっと……あ、桜木くん!」


 振り返ると、意外と近くに声の主はいた。むしろこの広い空間でここまで近くにいて、どうして気付かなかったんだというレベルで――という誇張をすれば塩野は忍者を本職に生きていることになってしまう。まあ、要は俺たちの数歩後ろに塩野がいたのだ。

 華奢な身体つき、サツキに負けずとも劣らない整った顔立ちは目立ち過ぎるくらいだが、案の定サツキと塩野が並べば道行く人の目を多少なりとも引いていた。であればその二人に付き添う俺は何なんだ、という話だが。しかしそういった目も気にすることなく、塩野は清々しい笑みを浮かべている。


「うわ、本当に桜木くんだ!それに九条さんも一緒!二人とも偶然だね!」


 嬉しそうに近づいてきた塩野は、そこで俺たちの繋がった手に気付いたらしい。俺の方からするりと手を解放するが、塩野はちゃんと見逃したことにはしてくれず、加えてなぜか少しだけテンションを上げる。


「わ、仲良しだ」

「あーいや、これは――」


 弁解をしようとしたのだが、サツキがそれに被せて言う。


「そうなんですよ!」


 そんな食い気味で言ってしまえば本当のことを伝える余地がなくなってしまうと思うのだが…………まあ、サツキがそれでいいならこれでもいいか。


「別に隠さなくてもいいのに。なんか羨ましいな〜」


 塩野はサツキの言葉に文字通り目をキラキラ輝かせる。


「だから違うんだ。俺とサツキは塩野が想像しているような関係ではない」

「そう、かな。僕はいいな〜って思うよ」

「だといいんだがな」


 塩野は俺たちの関係を羨ましく思っているらしい。それは嬉しいことなのだが、実際は世界を守るためにボディガードをやっているに過ぎないのだ。もちろん高校生でしかない俺は微力なもので、果たして役割を完遂できているかと言われれば首を素直に振ることはできない。

 負い目を感じながら遠い目をする俺の思案の渦中にいたサツキは、対して隣でのほほんと俺たちを見守っていた。事情を知らないって、楽だよなぁ……。


「して、塩野はどういう用事でここに来たんだ?一人みたいだが」

「ん、えっとね、僕も服を買いに」

「何の服なんですか?」

「テニスウェア、かな。中学の時のがキツくなっててそろそろ変えようと思ってたんだ」


 何を意味しているのか、塩野はおもむろに自分の尻に手を当てた。


「中学もやってたのか」

「硬式じゃなくてソフトだったけどね」

「感覚とか違うのか?」

「もう慣れたけど、最初は飛び方とか違ってて戸惑った、よ」


 自分語りをするのが楽しいのだろう。はにかみながらも俺の質問にはちょっと考えつつ答えていく塩野である。


「えっと、たくさん僕のこと聞いてくれた、ね」


 そう言いながら、塩野は困ったように笑う。あるいは照れているのかもしれない。その仕草がまた妙に絵になるせいで、通りすがりの女子高生二人組が「え、可愛くない?」とひそひそ話しているのが聞こえた。まあ、分からんでもない。


 塩野も合流したことだし、一度腰を落ち着けようということになってウニクロへの用事は後回しに、どこか喫茶店にでも入ることになった。そして今は手頃な喫茶店を探しに歩き回っているところである。しかし流石の専門店街。飲食店の「い」の字もありやしない。


「塩野くんは、お買い物はもう終わったんですか?」


 会話が一瞬途切れた直後、抜群の反射神経でサツキがそう切り出した。しかし買い物がまだなことは手ぶらの彼を見ていれば分かることだ。


「ううん、まだ迷ってる最中。九条さんってこういうの詳しい?」

「私はあまり……。スポーツは嗜む程度なので」

「そっかー。じゃあ今度一緒に選んでほしいな」


 そんな穏やかな会話を眺めながら、俺は背筋がひりつくというか、嫌な予感というものに襲われる妙な感覚に陥った。


「ね、桜木くん。桜木くんも一緒に、どう?」


 塩野は俺の腕に手を絡める。これが女子であったなら、という密かな欲望が脳裏にチラついたのだが、すぐにそんな幻想は雲散霧消した。


「――お兄ちゃあああああん!!」


 凄まじい勢いの声が吹き抜けに響き渡った。次の瞬間、人混みをかき分けながら小柄な影が一直線にこちらへ突撃してくる。


「げっ」


 見間違えるはずもない。俺の妹、六華その人の登場である。

 六華はそのまま俺の腕に抱きつく勢いで飛び込んできた後、じとーっとした目でサツキと塩野を交互に見比べた。


「お兄ちゃんを誘惑しないでください!」


 そう言って塩野を睨めつけた六華。その小さな身体を見ていると、他のことがすべて吹っ飛んでどうしてここにという疑問だけが残る。


「お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。六華を除け者にしてこんな楽しそうなことしてるんだし」

「それはお前、六華は行かないからってこの前言ってただろ」

「そうですよ、六華さん。別に除け者にしてたわけじゃないです」


 昨日のことだ。長久手に遊びに誘われて、サツキも一緒にどうだと勧誘した時。丁度その場で聞いていた六華はひとしきり羨ましがった後不機嫌になり、骨の折れる弁明で機嫌を取り戻したかと思えば、その後にした遊びの誘いをあっさりと断ったのだ。強がりでそう言ってしまったのだろうとは容易に想像がつく。


「んで、この人は誰?皐月さんがいるのに更に美少女増えてるじゃん。あ、お兄ちゃんさては、ハーレム作ろうとしてる?」


 ムスッと頬を膨らませる六華の不満と愚痴は止まらない。


「大体何で自然に出会ったみたいな感じになってんのよ。尾行してたんだけど、この人しょっちゅう見たよ?」

「あっ、それは……!」


 焦る塩野。しかしそれはもはや俺の眼中にはなく、ただ今絶賛六華の爆弾発言に眉をひそめてるところである。


「お前尾行してたって言ったな?いつからだ」

「最初から」

「おいとうとう自白しやがったか」


 とするなら、荷台にサツキを乗せて自転車を走らせているときも、後方では六華が同じように距離を保って自転車を漕いでいたということか。


「お前、俺のことどんだけ好きなんだよ」

「いやだって気になるじゃん!ついに皐月さんと出かけるって言うから!」

「別にいいだろう、それくらい。好きにさせてくれないのか」

「好きにしていいよ。ただ六華はそれを見てたいの」

「監視的なやつか」

「見守り、だよ。人聞き悪いなぁ」


 膨らませた頬はいつの間にかしぼんでおり、多少拗ねている以外はもう普段通りだ。六華は思ったよりも怒っていなかったようで、胸をなで下ろす。――というか、別に前もって伝えてるんだから怒られる筋合いは無いんだよな?

 すると、六華は今度はフッと笑う。


「お兄ちゃんも隅に置けないね」

「どういう意味だ」

「だっていつの間にかこんな可愛い女の子捕まえてきて、友達になってるんだもん。前は六華だけが――みたいな感じだったのに」


 すると塩野がきょとんとした顔で首を傾げる。


「え?女の子?」

「えっ?」


 六華が固まった。その様子を見る限り、どうやら盛大に勘違いをしているらしい。

 塩野は不思議そうに自分を指差す。


「僕、男だよ?」

「……………………えっ!?!?」


 トコシエモールに本日二度目の大声が響いた。


 六華は数秒硬直した後、信じられないものを見る目で塩野を凝視した。


「う、嘘……こんな可愛いのに……?」

「あはは、桜木くんと初めて喋った時もそんな感じだったなー。やっぱり兄妹なんだねー」

「ぐぬぬ、それは不本意……。それに、お兄ちゃんにモテ期来たとか思っちゃったのが馬鹿みたいじゃん……」

「実際馬鹿だろお前」


 俺が呆れながらそう言うと、六華は悔しそうに裾を引っ張ってきた。


「だってしょうがないじゃん!ぱっと見どう見ても女の子だもん!」

「だが服装は男だ」

「今どき服に男とか女とか無いから!ズボン履いてる女の子もいるし!」

「あ、ああ、そうか。今のはコンプラ的によくないか」

「その発言、なんかおっさん臭いんじゃない?」

「チッ、そっくりそのままその言葉返してやるよ。その発言、ウザい妹キャラそのものじゃねぇの?」


 サツキと塩野は置いてけぼりにして、俺は六華としょうもない言い合いを繰り広げた。サツキに聞くところによると、この時塩野は先程以上に羨ましがっていたとのことだ。……なんだろう、塩野は人肌が恋しいのだろうか?


 休日のショッピングモールに騒がしい連れたち。美少女みたいな男子と、やたら目立つ同居人と、妙に勘の鋭い妹。


 ――今日はもう、静かに過ごせる気がしないな。


 穏やかでない日曜日の残りの数時間を過ごす羽目になった。だが、まあ、このメンツならば穏やかでないのを気にする必要もあるまい。全員ほぼ身内みたいなものだしな。



 こうして円満とは言い難い形で終わったとある日曜日の出来事であったが、いくつかその後について語らせてほしい。


 まず、一つ分かったことがある。塩野の家が俺の家とそう離れていなかったのだ。もちろん隣同士ではないのだが、全く徒歩の圏内である。それにアパートに一人暮らしだそうで、高一にして立派なものだと思う。

 これからはお互いに家を訪問し合う仲になるんじゃないかと勝手に期待している今日この頃だ。


 そして、長久手のことについて。もともとのこのお誘いのメインテーマはサツキをホームルーム委員に勧誘することである。だがサツキは答えを出さなかった。そして、答えを伝えずにバックレた。

 再合流無しでそのまま帰ったことは若干申し訳なく思っている。それはもう……。サツキが言うには、彼への返答は俺を通してやりたいとのことである。まあ、ここまでやったら直接会って話すのも気まずいだろうが、俺への負担も考えて欲しいものだ。奴の取り巻きから疎ましく見られたらそれはそれで面倒くさい。「気にするな、私が側についてる」くらい言ってくれるなら喜んで負担を請け負うが、サツキなのでそこまで期待はしていない。

 とどの詰まり、俺自身も長久手の反応が気になって夜も眠れていないのである。抜け出して戻らない俺たちに、長久手はどんな形の拳を握ったのだろう。


「はぁ、寝れねぇ……」


 布団で声が漏れないようにしながら俺は天井や左右の壁を順序よく眺め、あるいはサツキや塩野、六華とのことを思い出しては惚けて、そうして夜が半分くらい過ぎていったのだった。

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